第5話『みんな大好き!中華の満腹亭』

 市内をひたすら駆け回っていた風馬がとある事に気付くのに一時間掛かった。


(・・・住所知らねえのに意味もなく、駆け回ってしまった)


 とんでもない失態をして風馬は自分自身にげんなりする。

 光癒の呼吸は整っているとは言え、未だに熱にうなされた赤子のように蒸気している。このままでは光癒が危険であると焦り過ぎた結果がこれである。

 とりあえず、一旦、自身を落ち着かせる意味で深呼吸してから風馬は腕の中の光癒に視線を移す。


「えっと、光癒ちゃん。今更なんだけれど、光癒ちゃんのやっているお店が、どんなお店かって言うのを教えてくれないかな?──って、その状態じゃあ流石に無理だよな?──すまん。ちょっと冷静になるわ」


 そんな事を今更のように呟く風馬に応じるように光癒は弱々しい手つきで鞄からチラシを取り出す。


「・・・ここです。中華の満腹亭ってお店です」

「中華の満腹亭ね?・・・OK」

「満腹亭は品揃えも豊富・・・手作り餃子に焼売だけでなく・・・いまなら期間限定で満腹炒飯特盛が750円・・・学生さんはなんとワンコインで食べられ・・・」


(朦朧とした意識の中で自分のお店の宣伝しとるよ、この子!?)


 染み付いた宣伝告知のお蔭で光癒の店がわかり、風馬は彼女をお姫様だっこからおんぶに切り替えてると空いた手でスマホをスワイプして中華の満腹亭を検索する。するとマッピング機能で検索された結果はいまいる地点から目と鼻の先の場所であった。

 風馬は彼女を背負いながら真冬にも関わらず、走り回って汗だくになりつつ店内に入る。


「いらっしゃいませ!」

「満腹炒飯特盛一つ!──じゃなかった。ここは天月光癒ちゃんの働いている店で良いんだよな?」

「あいよ!満腹炒飯特盛一つね!光癒はうちの子だよ!

 あんた、うちの看板娘目当てで来たんかい?」

「いやいや!そうじゃなくて光癒ちゃんが大変なんだ!悪いが見てくれないか!」


 そう言われて亭主が目を細め、ようやく事態を飲み込む。


「光癒!?何があった!?」

「俺は役場で臨時採用された侍だ。詳しい話はあとでするから、まずはこう言う時の光癒ちゃんをどうすれば良いか知りたい」


 風馬がそう告げたのも聞いているとは思えぬ様子であったが、亭主は棚から琥珀色の蜂蜜を取り出して、それを白湯とレモンで割る。


「光癒。お父さんの作ったホットレモンだぞ・・・飲めるか?」


 光癒はカップに入ったホットレモンを手にするとチビリチビリと少しずつ飲む。

 呼吸も落ち着き、安定化すると光癒は自室で仮眠を取る為におかみによって運ばれる。

 そんな光癒を見送ってから風馬は一息吐くと待っている間に出来上がった満腹炒飯特盛を食しながら亭主と一対一で話し合う。


「臨時の侍って事は光癒の事は既に知ってんだよな?」

「ああ。親孝行の良い子で宣伝も上手い──そして、陰陽師見習いって事はな?」

「当たり前よ。光癒はただの看板娘じゃねえ。俺達には勿体ないくらい、優しい子に育った。

 インスタグラフィティでも話題になっていたんだぜ?・・・満腹亭の看板娘は天使だってな」


 それが言葉的揶揄なのか、実際にあの状態を知っていて言っているかまでは定かではなかったが、風馬は満腹炒飯の特盛を半分以上平らげながら更に蓮華で炒飯を口に運びながら耳を傾ける。


「あの子が正式に陰陽師見習いになったのは最近だと聞いている。才能はあるか知らんが、光癒は気の優しい子だ。恐らくはいてもたってもいられなかったんだろう。

 それに光癒は俺が言うのもなんだが、本当に天使の生まれ変わりなんじゃないかって思うくらいに出来た子だ。そんなあの子があんな状態で帰って来るなんてよお」

「気持ちは解らないでもないな」


 そう風馬が言うと天月の亭主は頭を下げる。


「あんたを侍と見込んで頼みがある。光癒を──娘を守ってくれ。頭ん中がヒヨコみたいに純粋無垢な子だ。そんな我が子が陰陽師なんて危険な道を進むとなると気が気じゃねえ。後生だ・・・頼まれてくれねえか?」


 土下座に近い頭の下げ方をする天月の亭主に風馬は「わかった」と頷く。

 それを聞いて、天月の亭主は喜びかけるが「ただし、条件がある」と言われて、すぐに笑みを消す。


「なんだ?やはり金か?」

「金もだが、もっと重要な事だ」

「金よりも重要な事だと?・・・もしや、光癒を嫁にとか──」

「いや、侍を請け負う間、中華の満腹亭の飯を250円にしてくれ。これは俺の死活問題なんでな・・・頼む」


 予想外の提案に天月の亭主は空いた口が塞がらなかったが、何を言われたのか理解し、豪快に笑う。


「がっはっは!色恋云々や一攫千金でなく、飯が第一ってか、面白い奴だ!」

「此方も金銭で厳しくてな・・・臨時採用とは言え、光癒ちゃんとの契約はほぼ確定しているようなものだし、その条件的にはそれで構わないだろうか?」

「おうよ!それくらいで光癒が無事なら大歓迎だ!宜しくな、若いの!」


 ──こうして、風馬は明日の食事の為に正式な侍稼業をする事になる。

 後日、正式に風馬景信は天月光癒の侍となるのであった。

 陰陽師見習いの女子高生が正式に役場の侍を雇うなどと言うのは例がない事であった為に話題となったが、前回の事件の怪異のやり取りがショート動画なので一部がネットに公開されて一層、話題として拡散されるようになるのであった。

 それがとある波乱を呼ぶ事となるのだが、この時の風馬達はまだ知らない。

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