第4話『魔を断ち斬る剣』
「・・・ふぇっ・・・えぐっ・・・んぐっ」
「・・・あのさ、無理に飲まなくても良いんだよ?」
涙をポロポロ出しながらコーヒーを飲む光癒に風馬は罪悪感を感じながら、そう言うのだが、当の光癒は頑なに首を縦に振らない。
「でも、風馬さんが折角、買ってくれたコーヒーですから・・・んっ・・・んぐっ」
「いや、本当に無理に飲ませる気はなかったんだ。それは俺が貰うから別の買って来るよ。
一応、間違えがないように聞くけれど、オーダーはある?」
「・・・あの・・・それならホットレモンを」
「ホットレモンね?・・・OK」
風馬は光癒が飲みきれなかったコーヒーを受け取って一気に飲み干すと自販機へとダッシュで向かい、ホットレモンを購入して急いで戻る。
風馬が戻る頃には泣いている光癒を心配してか、それとも別の目で見ているのか人が集まり掛ける。
そんな光癒に他の人間が何かしらのアクションをするより早く風馬は彼女に近付き、ハチミツレモンを差し出す。
「ほい。ホットレモン」
「あ、ありがとうございます」
涙をポロポロ溢しながら光癒はホットレモンを受け取ると封を開けて少しずつ飲む。
ほどなくして落ち着きを取り戻し、頬を赤らめて「ほぅっ」と一息吐く光癒を見てから風馬が周囲を見渡すと周囲の人間も再び我に返ったように二人に見向きもせずに行き交うようになる。
「立ったまま飲むのも疲れるでしょう。公園に寄る?」
「あ、はい。お願いします」
そんな小動物のような光癒の姿を見て、風馬は自然と光癒の頭を撫でていた。
そんな風馬の行動に光癒は戸惑った様子を見せてからホットレモンのボトルを両手で持って涙のあとで潤んだ瞳で風馬の顔を覗きみる。
「あっと、すまない。なんか、自然と手が出てたわ」
光癒がこちらを見ている事に気付いた風馬は我に返ったようにそう言うと光癒の頭を撫でていた手を引っ込める。
そんな風馬に対して光癒は何も言わずに俯き、手にしていたホットレモンをチビチビと飲む。
(やれやれ。子守りってのは得意じゃないんだがなあ)
そんな事を考えながら風馬は自分の頭を掻いて空を見上げ──
──赤黒く染まる空に異変を感じて刀の鞘に手を触れる。
「光癒ちゃん。スマホ持っている?」
「ふぇっ?・・・あ。持ってますけれど・・・」
「あるなら問題ないんだ。ついでで悪いけれど緊急ニュース速報があったりとかしないか、チェック出来るかい?」
風馬がそう聞いた次の瞬間、遅れて非常事態を知らせるアラームが光癒のスマホから鳴り響き、驚いた光癒がわたわたとしながら自分のスマホを落とさぬように手にして速報ニュースに目を通す。
──その間に風馬は異変の元凶へと疾走した。
光癒がニュースを読み上げるよりも早く、これまでの経験で培って来た直感がその場の近くであると風馬に教えたからである。
風馬がそこで目にしたのは異形の存在に憑依されて人間を襲う変貌した怪物であった。
──話は少し変わるが、侍と陰陽師が二人一組なのは依り代の正体を知っているからである。
怪異の類いが好んで憑依するのは憎悪や嫉妬など根幹になる負のエネルギーを持つ存在である。
異形の怪物達にとって負のエネルギーこそが現世へと肉体を繋げ、自らを構築する媒体エネルギーなのである。即ち、依り代の正体とは負のエネルギーに満ちてしまった人間である事が多い。
陰陽師の役割は怪異を現世から切り離す儀を行い、依り代を浄化する為に存在し、侍の役割は異世界から訪れる怪異を剣を以て現世との根幹を切り離す為に儀を行い、本来あるべき世界に魂を還す為に存在する。
どちらかが欠ける事は即ち、依り代の正体である人間の死を意味するのである。
故に風馬は刀を抜くか、どうするかを迷う。
今回の怪異のレベルはクトゥルーのような異形型である。このレベルは風馬でも一人で押さえ込むのは至難の技であった。
いまの風馬に出来る事は異形の怪物を撹乱し、時間稼ぎする事くらいである。
しかし、今回の場合はそれ以上に被害で残された人間が多い事が厄介であった。
先にも述べたように異形は負の感情を取り込む事でエネルギーに変換する。つまり、負のエネルギーが強ければ強いほど、憑依体も強さが増すのである。
いま、この負の感情が荒れ狂う中で異形の魂はより強さを増している。それは風馬自身の焦りすら糧にしている。
風馬は焦る気持ちを圧し殺し、己の使命を果たす為に心を無にして迷いを断つ。
侍が為すべき事は無辜の民を守る事──剣は弱き者を守る為に在る。その為なら修羅に落ちようと──
「ダメ!」
不意にそんな叫びが聞こえて風馬は振り返る。
声の主は淡い光を放つ天月光癒であった。
「・・・そんな気持ちじゃダメだよ、風馬さん」
光癒は呼吸を整え、ゆっくりと近付く。
一歩。また一歩。
光癒が近付く度に異形の存在が後退する。
異形の存在は恐れていた。たった一人の少女と言う光の存在に。
後退出来なくなった異形が恐怖のあまり攻撃するが、それを風馬が立ち塞がって剣で捌いて異形の攻撃から光癒を守る。
そんな風馬の胸中に最早、異形に対して焦りや恐怖はない。寧ろ、光癒の隣にいるだけで、とても温かい何かに護られているかのような安心感さえ覚えていた。
(・・・いまなら出来るな)
風馬はなんとなくではあるが、これまでの退魔の儀を行って来た直感で光癒に顔を向ける。
「光癒ちゃん。いまなら祓い、清められる。君の思う通りに言葉を紡げば良いから──」
「・・・風馬さん。もう少し顔を近付けて下さい」
光癒にそう言われて風馬が顔を近付けると光癒は風馬の唇にそっと唇を重ねた。
一瞬、風馬も驚いたが、光癒の顔を見て、そこに恥ずかしさや照れがなく、あるのは憂いのみであると悟る。
それを悟ってから風馬は自身が為すべき事をする。
──即ち魔を断ち斬る為の儀式であった。
「此処は汝が在るべき世界に非ず。我が一刀にて祓い、清めん」
そう告げた途端、風馬の刀から眩い金色の光が放たれる。
その光は魔を祓い清めるが為に存在し、その刃は魔を断ち斬るが為に存在する。
「──絶儀【魔斬剣】」
そう言い放ち、風馬が刀を振るうと刀身から極太のビーム状の光が放たれ、振り下ろした風馬の背後から天使の翼のようなオーラが一瞬、放出される。
さながら、それはゲームでしか実在しないだろう剣撃であった。
そのビーム状の光を受けた異形の魂は完全に浄化されると光の粒子となって空へと還って行く。
それを見送ってから風馬は刀を納め、滝のように汗を流して意識を失う光癒を抱き止めてから優しく地面へと寝かせる。
──絶儀【魔斬剣】。
異形の魂すら浄化し、現世と切り離すこの剣は明らかに従来の陰陽師の魂の返還とは異なる完全な浄化方法である。
恐らくは天使の生まれ変わりである天月光癒だからこそ、出来る魔を絶つ儀なのだろうと風馬は考える。
──とは言え、光癒の様子を見るに乱発は出来ないであろう。恐らくは一撃に膨大なエネルギーを有すると考えられる。
今回の一刀はいままであまりにも斬った時の手応えが違う。
それは風馬の刀では本来ならば、あり得ない手応えであるが、初めて魔を斬った手応えとも違う。
魔を斬った──まさにこの一言に尽きる。
いままでにない手応えには不思議とそんな実感があった。
──と、そんな事を考えていると何者かに風馬はスパンと頭を叩かれた。
何事かと顔を上げると見慣れた顔があった。
「相川さん?・・・何で此処に?」
「風馬君。いまはそんな事より、この子の回復が先でしょう?」
「──っと、そうっすね!」
風馬はいつもの調子を取り戻して、そう言うと光癒を抱き抱えて走る。
本来ならば、役場や病院を頼るべきだが、光癒の事をもっとも知る人物に見て貰った方が良いだろうと風馬は判断すると光癒の家族がやっていると言う料理屋を探しに向かう。
そんな風馬を見送りながら相川はスマホを取り出す。
「もしもし。私です・・・はい。相川朝緋本人です」
相川は去って行った風馬の背中を見詰めたまま、愛用しているスマホで連絡した相手と通話し続ける。
「はい。はい・・・ええ。私に憑依していた異形の魂はそちらでも観測された通り、浄化されました。はい。いままでの異世界からやって来る魂の返還による退魔の儀ではなく、完全浄化による負の魂を消滅させる一刀です・・・はい。天月光癒と言う存在は天使の生まれ変わりと聞いております。即ち、天使が今後の憑依体との戦いに必要な鍵となる可能性は十分に考えられるでしょう・・・はっ。今後の調査も踏まえ、我々一同精進して参ります。ええ。お任せ下さいませ──次期首相殿」
相川は冷静に状況を伝えるとサイレンが響く中、光癒を抱き抱えて走り去った風馬が目指した方角を眺め、スマホの通話機能をオフにする。
「風馬君。無事に送り届けられたかしら?」
そんな事を呟いてから相川は現場に駆け付けた警察官に顔を向け、事情を話すのであった。
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