第3話『ヒロイン天使はお掃除が好き』

 風馬のもたらした情報に伍光地区にある役場内は慌ただしくなった。

 結論から言ってしまえば、少女が嘘を言っている訳ではないのが明白だったが、役場内で行える簡易検査の結果だけで見てもより一層、信憑性を増したのである。

 簡易検査を行った役場内での霊力測定器のデジタル測定器も従来の陰陽師よりも少女が遥かに高エネルギーのオーラを放っている事が解り、その不純物を全くと言っていい程、含んでいない聖なるエネルギーは明らかに人外のそれである事も発覚した。

 スタッフによっては少女の小さな身体に菩薩のようなものをも見たであろう。それくらい純真無垢で清らかなるオーラを少女は発していたのである。

 異世界との同化がもたらしたものなのか、このような人間は稀に出て来るのを風馬も知識として知ってはいたが、実際にこの目で実物を──しかも何らかの生まれ変わりの類いを目撃するのはこれが初めてである。

 なので、流石にどうしたものかと風馬が悩んでいると受付の女性が役場で決定した事を風馬に報告する。


「遅くなりました、風馬さん。こちらの提案としてなのですが、風馬さんには特別監視員として臨時でになりますが再度、役場のスタッフとして採用させて頂きます。つきましては彼女──天月光癒ちゃんと行動を共にする事をお願い致します」

「・・・つまりはお嬢ちゃん──天月さんと同居せよと?」

「そうなります。此方の準備不足もありますが、相川さんの引き継ぎなどで、いまは人手が足りませんので・・・臨時とは言え、侍経験のある風馬さんなら問題ないでしょう。

 天月さんが卒業し、陰陽師として登録されましたら、そのまま彼女の侍として正規登録を行わせて頂きます」

「大丈夫ですか?不純異性行為とかになったら、どうするんですか?」

「その時は風馬さんが役場が信頼出来る人物ではないと認定し、今後の斡旋出来るお仕事が限られてしまいますのでご注意下さい」

「・・・ですよねえ?」

「気休めに聞こえるかも知れませんが、これも風馬さんに侍として必要な試練だと思って下さい」

「これからこの子と同居させられる健全な男性に言う事じゃないですよね、それ?」


 風馬は「トホホ」と肩を落として深いため息を吐くと未だに状況を理解していない顔をしている天月光癒に顔を向ける。


「よく解ってないのですが・・・私って、どうなっちゃうんでしょうか?」

「とりあえずは大丈夫そうだから安心してくれ」

「そうなんですか?・・・それなら良かったです~」

「あとはさっき、お嬢ちゃんの──あっと、光癒ちゃんって呼べば良いかな?──光癒ちゃんちに行く話だったけれども急でなんだけれども、厄介になっても構わないかな?」

「──っ!はい!是非、うちに来て下さい!」


(くそっ・・・可愛いな。流石は天使の生まれ変わりなだけある)


 風馬はそんな事を思いながら一旦、借り住まいの自宅へと向かう。

 その後ろからとてとてと光癒がついて来る。


「・・・えっと、なんで、ついてくんのかな?」

「あ、すみません。お侍さんのお部屋って言うのが、どんなものか気になってしまって・・・迷惑でしたか?」

「う~む。本当にびっくりするくらいに素直だねえ?・・・まあ、うちに来るくらいなら問題ない・・・のか?・・・一応、役場の要請だし、問題ない、よな?」


 風馬はそんな事をぼやきながら素直な事を褒められたと勘違いして照れている光癒と共に自宅へと到着する。

 その光景を見て、光癒はひどく驚く。


「こ、これがお侍さんのお部屋ですか?」

「・・・うん。わかっている。凄く散らかっていて汚いって言いたいんだろ?」

「そ、そんな事は・・・」

「いや、良いから。変に気を配られるよりは素直に言われた方がよっぽどマシなレベルなのは自分でも解っているからさ」


 そう言って風馬はテキパキと掃除や整理をはじめる。

 そんな風馬を見て、光癒の世話焼きモードに火が点いたようにウズウズする。


「風馬さん!やっぱり、私もお手伝いしますね!」

「え?──いや、悪いよ。すぐ終わらせるからさ」

「お気になさらず!──と言うか、こんなに汚れてしまったお部屋は綺麗にして上げなきゃ可哀想じゃないですか!」

「・・・うぐっ!素直に言われた方がダメージ少ないと思っていたが、まさか、火の玉ストレートで来るとは・・・光癒ちゃんって綺麗好きか、世話焼きさんなんだね?」


 そんな事をぼやきながら風馬は光癒にいまは亡き母の姿を重ねるのであった。


「まずはベッドの下ですね!」

「──っ!?はい!ストップ!そこは自分でやるから、光癒ちゃんは台所とかからを頼むよ!あっちの方が汚れているからね!」

「?──よく、わかりませんが、わかりました!」


(あっぶねえ。危うく性癖を暴露されるところだったわ)


 風馬は冷や汗を掻きながらベッドの下の秘蔵コレクションをどうするかを真剣に悩む。



 ──それから程なくしてピカピカにされた風馬の部屋を見て、光癒は満足そうに頷く。


「これでバッチリですね!」

「う、うん。そうだね?」


 鼻歌交じりに風馬の洗濯物を片付ける光癒に対して風馬はぐったりと脱力しながら「ぜったい忘れているよな?」と呟く。


「ねえ、光癒ちゃん?」

「はい。まだ何かお手伝いする事がありますか?」

「・・・いや、そうじゃなくて何か大事な事を忘れているとかない?」

「・・・あ!そうでした!」


 風馬の言葉に光癒はポンと手を叩くと何故か浴室へと向かう。


「排水溝の髪の毛ですね!私とした事がうっかりしてました!」

「違う違う。そうじゃなくて俺の自宅に来たのは光癒ちゃんの家にお邪魔させて貰う為だろう?」

「・・・あっ!」


 その言葉に光癒もようやく本来の目的を思い出し、「すみませんすみません」と謝りながら掃除をする手を止める。

 風馬もだいぶ疲れたが、本来の役目も果たさねばならないので、「これからが本番だ」と気合いを入れ直す。


「それじゃあ、行くか・・・必要なものは証明書とキャッシュカードとスマホくらいだしね。あとはクロスバイクくらいか。替えの下着とかはどうするかな?」


 風馬は持って行くものを厳選していると光癒が不思議そうに首を捻る。


「風馬さんはどこかへお泊まりでも、するんですか?」

「え?何処って光癒ちゃんちだけれど?」

「・・・ふぇっ!?」


 そう言われて光癒は今更ながら顔を赤らめた。


「そ、それはちゅま──つまり、風馬さんと一緒に寝るって事ですか!?

 コ、コウノトリさんが赤ちゃんを運んで来ちゃうんですか!?」

「・・・ああっと何処からツッコみゃ良いんだ、コレ?」


 さしもの風馬もドキドキしている光癒に頭を抱えそうになる。


「よし。少し整理しよう。俺は光癒ちゃんちに呼ばれた訳だよね?──それは同居とかって意味ではないのね?」

「ちが──違いましゅ──違います。うちはちょっとしたお料理屋さんなので風馬さんもお腹いっぱいになって幸せになると思っただけでして・・・」

「ああ。そう言う事ね?・・・いや、同居とか泊まり込みについては俺の勘違いっぽいから気にせんでくれ」


 風馬はようやく、光癒の言葉の意図を理解して他意がない事に納得する。

 それから他に気になっていた事を質問する。


「光癒ちゃんの生まれ変わる前の世界ではコウノトリが赤ちゃんを運んで来るものなの?」

「え?この世界では違うのですか?」

「あ~っと、この話についても忘れてくれ。説明するのが難しい。

 大人になれば、その内に違いとかに気付くだろうし、それまでは気にせんでくれ」

「そうなんですね!なら、私も早く大人になってみたいです!」

「・・・俺はこのまま、光癒ちゃんが大人になっていく方が心配だがな。将来、悪い大人に騙されないか心配だよ」


 風馬は目を輝かせるピュア過ぎる光癒にボソッと呟くと最低限の必需品だけ持って光癒と共に再び外に出る。

 だいぶ日も暮れて来たせいか、少し肌寒さも感じるので風馬は光癒を自宅前で待たせ、近くの自販機でホットの缶コーヒーを2本買う。


「──っと、相川さんとのくせでついつい、両方ともブラックで買っちまったな?・・・光癒ちゃん、飲めるかな?」


 そんな事をぼやきながら風馬は来た道を戻ると光癒に温かい缶コーヒーを渡す。

 光癒は初めて飲む缶コーヒーのブラックに興味津々であったが、一口飲んで盛大にむせるのであった。

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