第2話『職を失った侍に舞い降りた天使』
──戦ヶ崎市伍光地区。
戦ヶ崎うどんがと呼ばれるうどんが名物であり、怪異の出現以外にも野生動物が多く目撃される東京都内でも比較的に田舎にあたる場所である。
一見してのどかな場所ではあるが、現代の世界で侍の存在が再び息を吹き返した地とも言うべき場所であるが為、この地にて侍を志すものも多い。
侍を名乗る為には特殊な訓練と帯刀許可書による技術試験だけでなく、対になる役職である陰陽師を生業とする家系に仕える事を義務付けされている。これは怪異の討伐や撃退に陰陽師の培って来た陰陽道を称する特殊な力が必須となる為であり、侍は対に該当する陰陽師を主君として仕えねば、ならない規則があった。
風馬は身体能力こそ、人間離れしているもののまだまだ荒削りであり、とある事情で主君となる陰陽師に仕えている訳でもない。
故に伍光地区の役場にて対になる陰陽師が見付かるまでの間、役場にて仮の資格を得る事で役場に貢献しているに過ぎないのであった。
その契約有効期限も2年と期間が決まっており、風馬はこのまま侍ではなく、別の職業を探す準備を始めようかどうするかを迷っている最中であった。確かに特殊な訓練で風馬の侍としての身体能力はずば抜けている。
その気にさえなれば、他のスポーツの類いのプロの選手として成り上がる事も可能なのだろうが、風馬にはその気すらもなかった。
寧ろ、侍以外の生き方以外知らず、今後についても前々から悩んでいたが、新しい進路が決まった訳でもない。
風馬自身はほどほどの力量で安定した収入が得られれば、なんでも良かった。
しかし、当然と言うべきか、そんなに都合の良い話がある訳もなく、風馬はいつものようにハローワーク通いと役場通いを繰り返していた。
そんな彼に突然の悲報が舞い込んで来る。
この2年近く、対になっていた役場スタッフである陰陽師・相川朝緋の退職である。
「え?相川さんが辞めた?」
「ええ。一身上の都合と言うので詳しくは聞いてませんが、かなり前から無理をされていたようです。退職についても前々から考えられていらっしゃったらしくて・・・」
役場の新しい受付のそんな言葉に風馬も自分の耳を疑った。
自分の事もであったが、あの生真面目な相川が退職を考えていた事にも驚きが隠せなかった。
そんな風馬に追い討ちをかけるように新しい受付嬢が言葉を続けた。
「風馬さんにも突然で申し訳ありませんが、次のスタッフが見付かるまで侍の資格は剥奪させて頂きます」
「・・・えっと、この場合って失業手当てって出ますか?」
「残念ながら風馬さんは役場の正規の侍としての条件ではなく、臨時採用されて頂いていただけでしかありませんので失業手当てを得る事が出来るのかは少し難しいかと」
風馬は受付とそんなやり取りをした後に肩を落として役場から去って行く。明日から収入を得るのが一層難しくなる。
派遣で侍として仕事をするのもアリなのだが、場所によっては伍光地区を離れなくてはならないし、力量も解らぬ強力な怪異を相手にしなくてはならなくなるかも知れない。
下手をすると収入目的で侍や陰陽師の偽る詐欺紛いの人間と組まされる事もある。
侍として仕事を続けるにしても職場内容などの厳選が必要である事には変わらない──かと言って、このままでは困る。
はてさて、どうしたものか?と悩みつつ、風馬は役場から出て最寄りのハローワークへ向かおうとしていた。
──まさにその時であった。
「・・・あの」
そんな風馬にひとりの少女が声を掛ける。悩んでいた風馬がその声に気付き、眼前の少女に視線を向ける。
身なりから察するに少女は星女晴明学園と呼ばれる陰陽師の育成を専門に扱う学園の生徒であろう。
そして、恐らくは陰陽師見習いか何かなのであろう事は確かであった。
役場周りで仮登録の陰陽師や侍をスカウトしようとする事自体は珍しい事ではない。
今回のように声を掛けられる事もあるが、それにしては目の前の少女は若過ぎるように風馬には思えた。
「声を掛けて、すみません。お兄さんはお侍さんですよね?」
「つい、さっきまではね。いまはただのフリーターさ」
「そうですか・・・あの、良ければ、私のお侍さんになりませんか?」
やはり、スカウトの類いかと思いつつ、風馬は丁寧に断る。
「ありがたい申し出だけれど、お嬢ちゃんは学生だろう?──と言う事はまだ陰陽師見習いか何かだろう。
悪いけれども、侍の規約上、未成年の相手の侍は出来ないんだ」
「なら、卒業するまで待って頂けませんか!必ず、一人前の陰陽師になりますので!」
よくは解らないが、この少女は風馬を侍に選びたいようであった。訳アリなのは理解したが、何故に此処まで固執するのかが風馬には解らなかった。
仕方なく、少女が卒業して陰陽師となるまで待つ事を約束すると少女は花が咲いたように笑う。
これだけ見ると無垢な子どものようであった。ある意味で風馬も天使のようなその少女の笑みに少し救われたような気がした。
「約束ですよ!嘘ついたら赦しませんからね!」
「はいはい。解ったから話はこれでおしまいね。悪いけれども、こっちも今日からフリーターでさ。
明日の飯の心配もしなきゃいけない身だから、これで・・・」
「そんなに大変なんですか?」
「まあ、それなりに・・・いや、かなり大変かな?」
「だったら、うちに来て下さい!」
「・・・いや。なんで、そうなるの?」
屈託のない少女の言葉に風馬も思わず、ツッコんでしまう。
侍は主君に対して恋愛感情を抱くのも性的に手を出す事も許されない。
そもそも、陰陽師をする者は祓い、清めるが故に穢れを行う行為を極端に嫌うところがあるのだが、目の前の少女はそんな事を一切、考えてない素振りであった。
風馬は改めて、少女を観察する。
黒髪に淡い瞳を見るに生粋の日本人だが、その容姿は制服がなければ、更に幼く見えていただろう。
寧ろ、相手が純真無垢過ぎて星女晴明学園の生徒のコスプレした小中学生だとも考えられるし、Uチューバー関連のドッキリ企画である可能性も拭えなくはない。
そんな風にあれこれ頭を悩ませている風馬に対してツッコみを受けた少女は不思議そうに首を捻る。
「だって、お侍さんなのに生活に困っているんですよね?」
「いや、まあ、確かにそうっちゃあ、そうだけれども・・・普通、見ず知らずの人間と同居しようとするかね?」
「?」
「あー・・・OKOK。お嬢ちゃんがその手の話題が全く解らんのが、なんとなくだけれど解った。
けれども、ゴメンね。規則は規則だからさ」
「そう、ですか・・・」
少女が残念そうに肩を落とし、風馬が横切ろうとすると少女は風馬の後ろから出て来た刀を差した別の人物に声を掛けようとする。
「あの、すみません。おさむ──」
「ちょっと待てえええぇぇーーっっ!!」
あまりにも無知な少女の行動に堪らず、風馬は叫んで少女の肩を掴む。
少女はあまりにも無知過ぎていた。それは世の中の恐さなど知らないかのように・・・流石の風馬もそんな少女の将来が不安になってしまって思わず、止めに入る。
「え?え?・・・えっと、どうかしましたか?」
「どうかしましたか?──じゃないよ!お嬢ちゃんは自分が色々とヤバい事をやっているの気付いている?
もしや、ギャグ?ギャグか?──いや、そんな無知な顔をして裏では色々とやらかしている系のUチューバーかなんかなのか!?」
「え、え~っと、そんなに私って変でしょうか?」
「変だからツッコんでんでしょが!お嬢ちゃんはあれか!──異世界からでも来た天使の生まれ変わりか何かか!」
「え?──ちょ、ちょっと待って下さい!
な、なんで天使の生まれ変わりだってバレたんですか!?」
「・・・え?」
「・・・え?」
直後、時が止まり、我に返った風馬は彼女の手を掴んで、とんでもない拾い物をしたと内心で思いつつ、天使の生まれ変わりを自称する少女と共に再び役場へと足を運ぶのであった。
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