トリッキーな鶏と

camel

トリッキーな鶏と

 タクシー運転手の平川は街で鶏の被り物を被った男を乗せた。


 頭の上の赤い鶏冠とさかくちばしの下の皮膚が垂れたような部分はかなりリアルな作りで、鋭い眼光と合わさり人々の目を引いた。普段なら、不審者情報として上がっていたかもしれない出で立ちだが、今日はハロウィンであり、珍妙なものほど評価される日と言える。鶏頭の男が若者内で受けているのかどうかの判断はできないが、奇抜なスタイルだと平川にもわかる。本当は乗り込むときは頭を外してほしかったのだが、あまり関わり合いになりたくないので指摘はしない。道にはもっとふざけた仮装の若者が歩いている。金を払ってくれるなら。会話ができるなら、それでいいと平川は常に心を無にして運転手に徹している。





「どこまでいきましょうか?」


「シンオオサカまで」


 落ち着いた青年の声だ。メトロに乗れば安く、かつ早く着くのだと思いつつも、平川は口を挟まずタクシーを走らせた。ドウトンボリからシンオオサカまで、そう遠くないドライブだ。つけっぱなしにしていたラジオから、新曲を出ることを伝えるアイドル歌手の声が聞こえた。ハロウィンで仮装をしているらしいのだが、ラジオではなにもわからない。平川は軽い雑談のつもりで、鶏頭の男に話しかけた。



「もうお帰りですか? ハロウィンは今からが本番だと思ってました」


 時刻は十六時。ハロウィンは夕方から夜が盛り上がりそうなのに、鶏頭の男は熱気溢れるドウトンボリから離れることになる。他のパーティーでもあるのだろうか。


「ハロウィンとは?」


 本物のような黒くて小さな目がばちぱちと動いている。本当に知らないかのようだ。後部座席からはあまり見えないのをいいことに平川は眉を潜めながらも、話に乗ってやる。


「仮装をした子供が、お菓子をくれなきゃいたずらするぞと言って、いろんな家を回るんじゃなかったですかね?」


 この国では好きな仮装をした大人が酒を飲んだり、羽目を外す日として根付きつつある。秋頃に盛り上がりたいイベントを無理矢理に作り出したような、取って付けたような感じもする。「ハッピーハロウィン」という浮かれた挨拶も中年の平川にはピンとこない。それなら、オバケのようにブーと口にしてやりたい。驚かすバァの意味ではなく、ブーイングの意味としてのブーだ。



「この盛り上がりは仮装するお祭りだからなんですね。でも、この通りは大人ばかりに見えますね」


 君もだろうと思っても、平川は声には出さない。目的地の大通りは混んでいて、いつもより動きが鈍い。仕方なく、プロとしてさらに会話を続ける。


「その頭はどうやって作ったんですか?」


 好奇心とともに、少しだけ皮肉を込めた。この1日がどれほど楽しく、着飾るべき日であるのか問いかけたのだ。平川にとっては同日に盛り上がるより、別の日に分けてパーティーしてくれたらいいと考えていた。そのほう仕事が途切れずに済みそうだし、都合がいい。


「ドライバーさんも人の頭をどうやって作ってるんですか?」


「ははは、生まれつきですよ」


「僕もですよ」


 鶏頭の男には重要な設定があることを察した。平川もうんざりし、もう黙った方がいいと思い始めていたところで、何故だか男のほうから話しだした。平川はため息を口の中にしまいこむ。もう慣れている。長年この仕事をしていても、人の気持ちは読めない。


「この時期の地球観光がうちの星で人気だったんで、思いきって僕も旅行許可証を取ったんです。思い思いの仮装をする人を見るのは面白いですね。今からシブヤというところも見学します。ここよりも大きなお祭りだと聞きました」


 なんだかスケールの大きな話題の広げ方だが、客の話に水を差したくないため、平川はソウデスネと鳩のように首を縦に振った。


「シンオオサカからシブヤとなると、新幹線で二時間四十分くらいですかね」


「え、そんなにかかるんですか」


「むしろ、早いほうでしょう」



 遠出をするとき、自分で車を運転したくない平川にとって、ジェイアールは有難い存在だった。また終電を逃した人が乗せられるため、タクシードライバーにとっては飯の種でもある。持ちつ持たれつ、と勝手に平川は思っている。


「やっぱりガイドの言う通りに動いたら時間が勿体ないですね。そこの筋を曲がって、降ろしてください。飛びます」


「……はい」


 もう少しで目的地なのだが、降ろせと言われたら降ろすしかない。横道に入り、車を止めた。


「3160円です」


「移動時間とハロウィンを教えてくださり、ありがとうございます。それでは!」


 ちょうどの金額を出して、鶏頭の男は車から降りた。その数秒後、爆音とともに赤い光の筋が東の空へ消えていくのを平川は見送った。






***



 平川が仕事を終え自宅に帰ると、シブヤのハロウィンの様子がテレビに映っていた。ラジオで聞いたアイドル歌手は魔女の格好で、ご機嫌な若者たちのインタビューをさせられている。小柄な女性なので、もみくちゃにされないように近くのスタッフが必死に守っているようだった。仕事を選べないのは同じだと、平川は苦笑する。その映像の端に今日タクシーに乗せた鶏頭の男がいた。旅行を楽しんでいるようで何よりだ。一息ついた平川は耳の裏側を指でくいとつまみ、中年男の顔のマスクを引っ張って剥がした。漆器のような球体の黒い顔には凹凸がない。本当の姿を知る者は平川をのっぺらぼうと呼んでいる。





「最近の若者は旅行先もまともに調べやしない」


 口がないのにぶつくさと文句を言った平川はテレビのチャンネルを変えた。


(了)

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