第6話 小さいからって弱いわけじゃない


 楽しみにしていた「魔物討伐実践」の二回目の授業の時間がやってきた。


「今日は前回よりも強力な魔物と戦ってもらう」


 マチルダ先生が合図をすると、前回と同じく怯えた上級生が魔物の入った箱を持って校庭にやって来た。

 箱の中にいるのは、前回よりもだいぶ小さな魔物だ。


「今回の魔物は毒を持っている。死ぬ類の毒ではないが、刺されると炎症を起こし、しばらくは痛みでのたうち回ることになる。痛みにより気絶する者もいるほどだ。そのため前回のような力業は安易に使うなよ」


 マチルダ先生が私のことを見ながら言った。

 今回も私が魔物にタックルをすると思っているのだろう。


「今回の授業では魔物はこの個体しか使わないが、実際の現場では他にも魔物が隠れている可能性がある。毒で動けない状態になるのは致命的だ」


 確かに授業と実際の現場では話が変わってくる。

 マチルダ先生の言うように、虎視眈々と人間が弱るのを待っている魔物がいるかもしれないし、そもそも魔物の群れに出くわすこともある。

 そしてどんなことが起ころうと、魔物を倒した後は町まで自力で帰らなければならない。

 毒を食らうことは、百害あって一利なしだ。


「今回も私が結界を張る間に、魔物を退治するシミュレーションをしておくように。さらに今回は攻撃を避ける方法も考えておいた方が良い。こいつは好戦的だからな」


 言われた通りに箱の中を凝視する。

 箱の中の魔物は、身体中に棘が生えているようだ。

 きっとこの棘に毒があるのだろう。


 すぐに生徒全員が用意されていた盾を手にした。

 今回は上級生の生徒たちも盾を持っている。

 私も例に漏れず盾を構えて、スタートの合図を待つ。


「では、箱を空ける。全員箱から距離をとるように」


 マチルダ先生の言葉に従い、全員箱を注視しつつ一歩後ろに下がった。

 緊張で手汗が吹き出る。

 一度盾から手を離し、ジャージで汗を拭ってから再度盾を持つ。


「今ここには仲間と呼べる生徒が自分以外に六人いる。そのことを忘れるな。実際の魔物討伐も複数人で行なうからな。では、討伐開始!」


 マチルダ先生の呪文を受け、箱が開いた瞬間、中から魔物が飛び出した。


「キャーーーッ!」


 魔物はまっすぐに上級生の元へと飛んで行った。

 上級生は叫びながら盾で魔物の攻撃を防ぐ。

 盾にぶつかった魔物は方向を変え、今度は魔物討伐実践の生徒の一人を目がけて向かっていく。


 あまりにも迷いの無い攻撃に、私たちの反応は遅れた。

 魔物が最初に狙ったのが上級生ではなく私たちの誰かだったら、その生徒は毒の棘にやられていただろう。


「魔物に狙われていない者が拘束魔法を掛けるんだ!」


 ジェイデンの大声を聞いた生徒たちは、魔物に狙いを定めて魔法を放つが、魔物が小さいために上手く当たらない。

 前回の魔物よりも的が小さい分、厄介だ。


 それに魔法を正確に放つには、正確なリズムでの詠唱が必要だが、「魔物討伐実践」の授業では、これがとても難しい。

 いつもは正しいリズムが刻めている生徒たちも、緊張したこの場では上手くいっていないようだった。

 魔法が当たらないどころか、魔法が不発に終わる生徒も何人かいた。


 では逆にいつも失敗している私が出来るかと言うと……そんなことはない。

 基礎が出来ていないのに、本番でいきなり上手くいくわけがないのだ。


「みんなー! 個人で動かないで、力を合わせよう!」


「賛成ー!」


 私たちはそれぞれ自分の身を守りながら、大声で作戦を立てる。


「あいつに魔法を当てる方法を思い付いた奴はいるか!?」


「当たらないなら、乱れ撃ちをすればいいわ!」


「馬鹿! みんなはお前とは違うんだぞ!?」


 意見を出してはみたものの、私の力業な提案はすぐに却下された。


「まずは全員で固まって作戦を立てましょう!」


 そして私のすぐ後に出された女子生徒の意見が採用され、私たちは一箇所に集まることになった。


「私が防護魔法を張っている間は魔物の攻撃を気にしなくていいです。落ち着いて作戦会議をしましょう」


 提案した女子生徒の張った防護魔法の中で、次の行動について相談をする。


「彼女が集中できる場所をくれたから、大きな魔法が使えるな」


「ああ。馬鹿みたいな意見だが、魔法が大きければ小さなあの魔物にも当たるだろう」


 決まった案は、私の乱れ撃ちと大して変わらないものだった。


「みんなで集合魔法を練り上げてくれ。まとめた魔法を俺が魔物にぶつける」


 ジェイデンが良いところ取りをするとも聞こえるこの意見に、誰も反対はしなかった。

 良いところ取りすることにはなるが、その分責任重大だからだ。


 集合魔法は複数の魔法使いの魔力を集め、魔法を強力にしてから放つ方法だ。

 複数の魔法使いが魔力を使うものの、魔法を放つのは一人だけ。

 ゆえに普通は一番魔法のコントロールが優れた者が放つ。


「この中で一番魔法のコントロールが上手いのはジェイデンだもんな。任せるぜ」


 一人の男子生徒が言うと、周りの生徒たちも頷いた。


「じゃあ私も魔力を」


「お前はいい」


「は?」


 協力しようとした私の申し出を、ジェイデンがキッパリと断った。


「お前の魔力が入ると、制御が利かなくなる恐れがある」


「いや、でも魔力は少しでも多い方が」


「いらない」


 ジェイデンは断固として私の参加を認めなかった。


 私だけ仲間外れにする気!?


 私の味方をしてくれる人を探そうと周囲を見たが、全員が私から目を逸らした。


「そろそろ始めてくれる? 防護魔法にも限界があるから」


 防護魔法を張っている女子生徒が、喧嘩を始めそうになったジェイデンと私を見た。


 どう考えても今は喧嘩をしている場合ではない。

 私は渋々ジェイデンの言う通り、何もしないで待つことにした。


 私と防護魔法を掛けている女子生徒以外の生徒たちが呪文を唱えると、みるみるうちに大きな魔法が練り上がった。


「上級生の先輩方、自分の身は自分で守ってくださいね!」


 防護魔法の外にいる上級生二人は、練り上がった魔法を見て一目散にマチルダ先生の後ろへと走って行った。

 上級生が下級生に見せる姿がそれでいいのかは気になるところだが、ジェイデンが放とうとしている魔法は、上級生も逃げ出すほどの大きさになっているということだ。


「魔物、覚悟しろよ」


 ジェイデンが魔物に狙いを定めて魔法を飛ばした。

 魔物は魔法から逃げようとしたが、あまりにも魔法が大きいため、逃げ切ることは不可能だった。

 大きな音とともに、校庭は砂煙に包まれた。


「やったのか……!?」


 生徒たちは半信半疑だったが、どう見ても魔物は消滅している。

 その証拠に、魔物がいた一帯の地面がえぐれているのだから。


「魔物を倒したぞ!」


「全員の勝利だ!」


 生徒たちは口々にそう言ってハイタッチをしたが、私は複雑な気分だ。

 だって私だけ何もしていない。


「おーい、お前ら。喜んでいるところ悪いが、ここは校庭だ。派手に地面をえぐると他の授業に支障が出る。速やかに地面を復元するように」


 こうして魔力を消耗してぐったりしている生徒たちの分まで、元気な私が地面を耕すこととなった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る