第7話 落ちこぼれ二人組


「レクシーが受けてる授業、魔物討伐実践だっけ? その授業の後って必ずぐったりしてるね。そんなに厳しいのー?」


 何も知らないキャロルが、砂まみれの私を見て質問した。

 授業中に着ていたジャージは着替えたが、髪も顔も砂で汚れてしまったようだ。


「今日は魔物退治でぐったりしてるんじゃなくて、校庭を耕してぐったりしてるの」


「そんなことまでするの? なんで? 筋トレ的な?」


「ジェイデンの馬鹿が校庭に穴をあけたからよ」


 私はジェイデンを恨めしそうに睨んだ。

 ジェイデンを恨むのは筋違いだと分かってはいるものの、恨まずにはいられなかった。

 なぜなら魔物を倒した後、まともに校庭を耕すことが出来たのは私一人だけだったからだ。

 他の生徒たちは全力疾走をした後のような息の上がった状態で、弱々しく校庭を耕していた。

 つまり、全く戦力にならなかった。


 このままでは次の授業に間に合わないと判断したマチルダ先生が一緒に校庭を耕してくれたおかげで、マチルダ先生が校庭を耕す凛々しい姿が見られたことだけは良かったけど。

 マチルダ先生の鍛え上げられた筋肉は、思わず見惚れてしまうほどだった。


「私も筋肉ムキムキになりたいなあ」


「マジでー? じゃあ筋肉ムキムキになったら私のことお姫様抱っこしてね」


 キャロルが私の二の腕をプニプニと摘まみながらウインクをした。


 これは、私に筋肉ムキムキは無理だと思ってるな!?


「そういえば。穴と言えば、町の結界に穴があいたんでしょ? 最近町に魔物が入り込んでるのはそのせいだって噂になってるよ」


 キャロルは筋肉話には興味が無かったのか、すぐに別の話題を振ってきた。


「ただの噂だよ。正式な発表は無かったはず。まだ兵士たちが結界を点検してる最中だからね」


「その点検っていつ終わるわけ? 結界ってかなり広範囲でしょ」


「さあね。一通り点検が終わったら、新たな点検が始まったりして」


「それあるかもー」



 最近、町は騒がしい。

 町に魔物が入り込むようになったからだ。

 国に張り巡らされた結界のどこかに穴が空いているのではないかと、もっぱらの噂だ。

 幸い入り込んでいるのは小さな魔物だけのため、今のところそれほど大きな被害は出ていない。


「でももし小さくても、毒の棘を持つタイプの魔物が入り込んだら……」


 先程の魔物討伐実践の授業は、それを見越してのものだったのかもしれない。

 もしアレと同じタイプの魔物が町に現れても対処が出来るように、あらかじめ練習をさせてくれた可能性がある。


「でも……私一人じゃ対処できないよ」


 今日の魔物討伐実践で私は何も出来なかった。

 それどころかジェイデンには足手まとい扱いまでされてしまった。


「私も早く魔法のコントロールが出来るようにならないと……」



   *   *   *



「はあ。声楽の授業は憂鬱だわ」


「レクシーに憂鬱じゃない授業なんてあるの? 私には無い!」


 私が溜息交じりに愚痴を言うと、キャロルは胸を張りながら胸を張れないことを言い出した。


「それって元気よく言うこと?」


「だって勉強嫌いなんだもん。レクシーもでしょ?」


 私は嫌い……ではない。苦手なだけで。

 それに好きな授業だってある。


「基礎魔法実践の授業は好きよ。基礎的な魔法なら多少リズムがおかしくても使えるし」


「この前、卵割ってたじゃん」


 図星をつかれて、ぐぬっ、と声が漏れた。

 私は先日、唯一得意だと思っていた基礎魔法実践の授業でも落ちこぼれてしまったのだ。


「卵の浮遊魔法は応用だと思うのよ。絶対に基礎魔法じゃない。だって難しかったもの」


 私以外の生徒は卵を割らずに浮遊させていたが。

 正直、私以外にも失敗する生徒がいると思っていたのに、みんな器用だった。


「レクシーのリズム感じゃ、卵を浮遊させるのは難しいかもね。レクシーはいつも魔力量でゴリ押してるだけだし」


 キャロルがあごに人差し指を当てながらそんなことを言った。


「私、魔力量でゴリ押してる……かしら」


「楽器学の先生の言葉を借りるなら。いくら肺活量があっても正しい吹き方をしないとフルートの音は出ないけど、大量に息を吹きかければその中の少しは上手い具合にフルートに当たって音が出る。って感じ?」


「つまり……どういうこと?」


「レクシーは、一の力で出来ることを百の力でやってるってこと。最高に効率が悪いけど、出来はする。みたいな」


 な、なるほど?

 大は小を兼ねる、のような魔法の使い方をしている感じだろうか。

 通りで細かい調節が苦手なわけだ。

 そんな無理やりな魔法の使い方で、魔法のコントロールなんて出来るわけがない。


 それにしても。


「もしかして、キャロルって頭良い?」


 私が自分で理解していないことを、こうも簡単に説明するなんて。

 落ちこぼれ仲間のキャロルが、まるで優等生みたいだ。


「今頃気付いたの?」


 キャロルは何でもないことのように言った。


「は!? じゃあなんで落ちこぼれなんかやってんのよ!?」


 私とキャロルは、影で「落ちこぼれ二人組」と呼ばれているのに。

 頭が良いなら、キャロルは何故そんな地位に甘んじているのか。


「私は努力と勉強が嫌いなんだよねー。授業をサボるからおのずと成績が悪くなるってわけ。テストとか課題は割と出来るタイプだよ」


 しっかり授業に出ても成績の悪い真の落ちこぼれは私だけだったことを知り、私はがっくりと項垂れた。




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