第5話 家での特訓


 魔法学校には部活動もあるが、私はまっすぐ家に帰ることにしている。

 部活動をしていては、魔法の練習をする時間が取れないからだ。

 ……私の場合は、魔法というよりもリズム感習得のための練習だが。


「“汝、浮き、重力、忘れよ”」


 呪文を唱えながら杖を振ってみる。

 すると私の魔法によって浮いたフライパンがテーブルの上へと移動する。

 決して失敗はしていない。しかし魔法が万全の状態で出力できている気もしない。

 おかしい。今のリズムは完璧だったはずなのに。


「“汝、浮き、重力、忘れよ”」


「……ねえ、レクシー。魔法を使う練習の前に、正しいリズムを刻む練習をした方が良いと思うわ。呪文を唱えながら手を叩いてみるとか」


 リズム感皆無の私を見兼ねた母親が、遠慮がちにアドバイスをしてきた。

 自分では完璧だと思ったリズムは、周りから見るとちっとも完璧ではなかったようだ。


「お母さん。今の呪文のどこが変だったか教えて」


「うーん。今のは浮遊魔法のリズムよね? 間違ってはいないのだけれど、リズムが、何と言うか……ところどころでのんびり屋さんが出ているわ」


 母はかなりオブラートに包んだ言い方をした。

 要約すると、複数箇所が本来のリズムから外れている、ということだ。

 ……こんなに短い呪文なのに?

 我ながら、ちょっと信じられないレベルのリズム感の無さだ。


「レクシー、よーく聞いてね。浮遊魔法の“汝、浮き、重力、忘れよ”のリズムはこうよ。タン、タタン、タンタン、タンタン」


「さっき私が唱えたのと同じよね?」


「全く違うわ。レクシーの呪文は、ところどころ遅れていたもの」


「そうだったかなあ?」


 私が小首を傾げると、母は頭を抱えてしまった。


「やっぱり私のリズム感、ダメダメなの?」


「正直に言うなら、どうして魔法が成立しているのか不思議なレベルよ。レクシーが魔法を使うようになってから、案外魔法の起動条件は緩いのだということを知ったわ」


 私のリズム感、ダメダメなんだ……。


「お願い、お母さん。教えて。リズム感ってどうすれば身に付くの? こんなに練習してるのに全然身に付かなくて挫けそう」


「ゆっくりだけど、上達はしているわ。最初はもっと聞くに堪えなかったもの」


 聞くに堪えなかったんだ……。


 母は言ってから慌てて自身の口を押さえた。


「いいよ。正直に言ってもらった方がありがたいもん。そっか、これでも一応成長はしてるんだ」


 短い呪文の中で複数箇所のリズムが外れているのが成長している状態なら、最初はどれほど酷かったのだろう。

 考えただけで恐ろしい。



   *   *   *



「レクシー、これは提案なのだけれど」


 夕食をパクつく私に、母が言いづらそうに切り出した。


「ジェイデンくんと一緒に特訓をするのはどうかしら」


 思いもよらない発言で喉に詰まらせそうになったパンを水で流し込む。


「なんでジェイデンが出てくるの!?」


「だってジェイデンくんは優等生だって風の噂で聞いたから……彼に教えてもらえばレクシーももっと上達すると思うの。あなたたちは幼馴染で知らない仲でもないから、彼ならきっと協力してくれるわ」


 ジェイデンに頼んだところで、彼が優しく指導してくれるとはとても思えない。

 どうせ私の魔法を見ながらゲラゲラ笑うに決まっている。

 学校でも散々笑われているのに、帰ってきてまでジェイデンに笑われるのはごめんだ。


「特訓は一人で出来るから、ジェイデンに協力なんてしてもらわなくていいよ。それにジェイデンだって放課後に私との特訓で時間を浪費するのは嫌だろうし」


「そう? ジェイデンくんは喜ぶと思うけれど」


 確かにジェイデンなら、楽しそうに私を嘲笑いそうだ。

 それが分かっていてジェイデンに頼もうと言い出す母も母だ。


「そりゃあジェイデンは私の滑稽な姿が見られて楽しいだろうけど、私は嘲笑されながら特訓をしたくはないの」


「嘲笑じゃなくて普通に喜ぶと思うわよ。だって傍から見て分かるくらいジェイデンくんはレクシーのことが……」


「ごちそうさま。ジェイデンのゲラゲラ笑いを思い出したら腹が立って来たから、シャワーを浴びて怒りを洗い流してくる!」


 私は食器をキッチンへ持って行くと、すぐに熱いシャワーを浴びにバスルームへと向かった。




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