第4話 選択コースによる明暗


「選択授業どうだった? こっちは楽勝って感じ」


 教室に戻ると、キャロルがブイサインで出迎えてくれた。


「課題提出だけで単位くれるんだって。出席率悪くてもテストで赤点でも単位くれるなんてマジ最高!」


「赤点だったら単位もらえても評価は悪いでしょ」


「私は単位さえもらえれば良いの。他に単位が危ない授業が何個もあるんだもん。単位が確約されただけで肩の荷が下りるってもんよ」


 キャロル、もうすでに単位が危ない授業があるんだ……。

 落ちこぼれの私も他人事ではないが、思わず同情してしまった。


「レクシーは……砂まみれじゃん。やっぱ授業大変だった?」


「大変は大変だったかな。やりがいはあったけど」


 私は魔物へのタックルで擦りむいた膝を眺めた。

 擦り傷とはいえ、あの授業で怪我をしたのは私だけだった。

 早くも落ちこぼれの予感がして溜息が出てしまう。


「あーあ。コースが別れちゃったから、これからレクシーと一緒なのって一般教養の授業だけかあ。魔法教育学コースにも落ちこぼれ仲間がいるといいんだけど」


「私のことを落ちこぼれ仲間って言わないでよ……その通りだけど」


「いいじゃん。落ちこぼれには落ちこぼれにしか分からない苦悩があるんだから。共有できる友人は大切だよ。だから私のことは大切にしてね。具体的には、一緒に補習受けようね!」


「テストを受ける前に補習の話をしないで」


 私はキャロルをシッシッと追い払って、自分の席に着いた。

 座ったことで、足に疲れが溜まっていることに気付いた。

 魔法使いは普段動かないから、運動不足気味なのだ。

 魔物討伐隊への加入を目標にするなら、もっと筋肉をつける必要がありそうだ。

 マチルダ先生は筋肉隆々になるまで、どのくらいかかったのだろう。

 早くああなりたい。


 私が筋肉に想いを馳せていると、授業開始のチャイムが鳴り、担当の先生が教室に入って来た。


 これから行なうのは『魔法歴史学』の授業だ。

 リズム感は関係ないため、この授業での私は落ちこぼれではない。


 とはいえ刺激的な魔物討伐実践の後の座学は、あまりにも退屈に感じてしまう。

 それにゆっくりと落ち着いた調子で話す先生の声は、安心感があって身体から力が抜ける。

 だんだんと先生の話が子守歌に聞こえてきて……。




「起きなさい、レクシーさん」


 間近から聞こえた声に驚いて顔を上げた。

 いつの間にか先生が私の机の前に立っている。


「すみません」


「まったく。僕の授業で居眠りだなんて。昨晩夜更かしでもしたのですか」


「いいえ。その、先程の授業との緊張感の落差で、つい身体が安心して寝てしまったと言いますか……」


 先生は、自分の授業に緊張感が無いと言われ、やや気分を害したようだった。


「確かに歴史の座学に緊張感は無いかもしれませんが、だからといって寝てもいい授業ではありません」


「ごもっともです」


「ちなみに、先程の授業というのは何の科目ですか?」


 先生は緊張感のある授業と評された科目を気にしているようだった。

 隠す必要もないので、正直に話す。


「魔物討伐実践です」


「ああ……なるほど」


 授業名を聞くなり、先生はそれ以上何も言わずに教卓へと戻ってしまった。


 もしかしてあの授業は、他の先生も認めるほどに緊張感のある授業なのだろうか。

 もしかして今日の授業は、初回ということで手加減をした内容だったのだろうか。

 もしかしてこれから、授業内容がどんどん苛烈になっていくのだろうか。


 果たして私はこの先、魔物討伐実践の授業について行けるのだろうか。


 うっかり浮かんできたネガティブな考えを、大きく頭を振ることで追い出した。



   *   *   *



 授業が終わり昼休みになった途端に、ジェイデンがにやにやしながら近づいてきた。

 あれは私を馬鹿にするときに浮かべる嫌な笑いだ。


「お前、ついに魔法歴史学の授業でも叱られたな。この授業でも落ちこぼれになるつもりなのか?」


「うるさいわね。いちいち絡んでこないでよ」


「座学でまで落ちこぼれたら、お前留年するんじゃないか? 俺が勉強を教えてやろうか?」


「結構よ。私にだって教わる相手を選ぶ権利があるわ!」


 何が悲しくてジェイデンに罵られながら勉強を教えられなきゃならないのだ。

 ジェイデンに教わるくらいなら、一度も話したことのないクラスメイトに教わる方がずっとマシだ。


「まーた始まった。優等生と劣等生の夫婦漫才」


 気付かぬうちに近くにいたキャロルが、私とジェイデンの言い合いを見て呟いた。


「「夫婦じゃない!」」


「わーお、息ピッタリ。レクシーさあ、意地を張らずにジェイデンに教えてもらえばいいじゃん。ジェイデンが優等生なのは事実なんだし」


 他人事だと思ってキャロルは勝手なことを言ってくる。


「キャロルは間違えるたびに馬鹿にしてくる相手に教えられたいの?」


「あー、それは嫌かも」


 キャロルはそう言って、私の腰に手を回すとジェイデンに舌を出してみせた。


「ってことだから、レクシーは私がもらった。一緒にジュースを買いに行くんだ。いいよね?」


「……勝手にどうぞ」


 ジェイデンは手をひらひらと振ると、教室から出て行く私たちを見送った。




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