第3話 魔物討伐実践の授業
授業の選択コースは、極端に人数が多いコース以外は生徒の希望が通る。
人数の多いコースはくじ引きで受講する生徒を決め、外れた生徒は第二希望のコースへと進むことになるのだ。
私の選んだ魔物討伐コースは、人数が多いどころか定員割れ。
これは毎年のことらしい。
それなのに。
「どうしてあんたがここにいるのよ!?」
数少ない生徒の中に、当然のようにジェイデンがいた。
「コース選択は個人の自由だろ」
「そうだけど、あんたは研究系のコースに進むと思ってたのに」
私の言葉を聞いたジェイデンはにやにやと笑っていた。
「そりゃあ俺は研究系の授業の成績もいいぜ。でも実践系の成績もいいんだ。つまりどこへ行っても優等生ってわけだ。どこへ行っても落ちこぼれのお前とは違ってな」
ジェイデンはいつも一言多い。
確かに私はどの授業でも落ちこぼれだけれども!
私がジェイデンを睨んでいると、校庭に魔物討伐コースの先生がやって来た。
真っ赤な髪を一つに束ねていて、服の上からも筋骨隆々なことが分かる。
先生というよりも女騎士のようだ。
一言で言うと、ものすごくカッコイイ!
魔物討伐の道に進んだら、私もあの先生みたいにカッコ良くなれるだろうか。
私は自身のプニプニとした二の腕を摘まんだ。
……今日から筋トレしようかな。
「ではこれから魔物討伐コースの授業を始める。『魔物討伐実践』の授業を担当する、マチルダ・アディントンだ」
先生は良く通る声で自己紹介をした。
そして持参していた紙とペンを取り出し、地面に叩きつけた。
「この授業では紙とペンは必要ない。お前たちには実際に魔物と戦ってもらう。頭でっかちなだけの者は、現地では役に立たないからな。ひたすら魔物の討伐方法を身体に叩きこめ」
すごい。あまりにも振り切った考え方だ。
私にはマチルダ先生の容貌も相まってものすごくカッコイイ教育方針に聞こえたが、周りを見ると他の生徒たちは困惑した表情を浮かべていた。
学校に授業を受けに来て、いきなり軍隊のようなことを言われたのでは、当然の反応かもしれない。
「あの紙とペン、叩きつけるために持ってきたのかな」
「きっと登場するなりあの演出をしようと思って準備してたんだね。意外とマメだ」
「でも筆記用具を叩きつけるのは、教職者としていいのかな」
生徒たちは、私の想像とは別のことで困惑していたみたいだ。
生徒たちがざわざわしたが、マチルダ先生は生徒たちの困惑など気にも留めない様子で、後ろを振り返って合図をした。
すると校庭に一匹の魔物が運ばれてきた。
魔物は透明の箱に入れられてはいるが、箱を運んで来た上級生らしき男子生徒は、怯えた表情をしている。
「これは教材として私が生け捕りにした魔物だ。今は攻撃を無力化する魔法の掛かった箱に入っているため大人しいが、箱から出ればたちまち暴れ出すだろう」
マチルダ先生は大人しいと表現したが、箱の中の魔物は箱を殴って脱出を試みている。
これが大人しい状態なら、箱から出したらどうなるのだろう。
「これからお前たちには、この魔物の退治をしてもらう。使う魔法は自由だ。場合によっては物理で攻撃してもいいだろう。剣と盾はここにあるものを自由に使え」
マチルダ先生の言葉で、別の上級生が武器の数々を運んで来た。
彼女もまた怯えた表情をしている。
「みんな、変な顔をしてどうした……ああ、こいつらが気になるのか。こいつらは単位を落としそうになっている生徒だ。他の先生に頼まれて、私の授業を手伝うことで単位を与える約束になっている。なぜかこの措置をとると、次からは単位を落とさなくなるらしいぞ」
それだけマチルダ先生の授業の手伝いが過酷ということだろう。
他の先生に頼まれたということは、きっと彼らは魔物討伐コースの生徒ではないのだろう。
その証拠に、魔物を見ながらずっと怯えた表情をしている。
「ではこれから結界魔法を張るからしばらく待っていろ。その間に魔物を観察し、退治のシミュレーションをしておくように」
マチルダ先生は懐から杖を取り出すと、校庭に結界魔法を張り始めた。
箱から出した魔物が校庭の外に逃げないようにしているのだろう。
その間、私はマチルダ先生に言われた通りに、魔物を観察することにした。
魔物は大型犬くらいの大きさで、正直最初の授業で扱うには大きすぎる個体だ。
しかし、この授業を受講している生徒は全部で七人。
全員で戦えば勝てない相手ではない。
そしてこの魔物のことは本で読んだ記憶がある。
羽を使って空を飛ぶわけではないが、跳躍力が高く、かなりの高さまで飛び跳ねることが出来る。
攻撃は、ひっかく、噛み付くなどのシンプルな物理攻撃のみ。毒は持っていない。
魔法は使えないが、個体によってはカタコトの人語を話すことが出来る。
つまり近付かずに遠くから魔法を放てば、怪我をすることなく仕留めることが出来る。
「さあ結界魔法を張り終わったぞ。この結界は魔物が逃げられないのはもちろん、お前たちも逃げられない。そして私は魔物を倒すまで決して結界を解く気はない。そのつもりで挑め」
そう言うなり、マチルダ先生は魔物の入った箱に向かって呪文を唱えた。
すると箱のふたが大きく開く。
「討伐始め!」
マチルダ先生の声を合図に、魔物が箱から飛び出してきた。
魔物は身軽な様子でこの場から逃げようとし、しかしその行動は結界に阻まれた。
その隙に、背を向けた魔物に向かって、次々と生徒が放った魔法が飛んでいく。
魔物は素早く振り返ると、その魔法を跳躍で躱して逃げ回る。
私の魔法も飛んで行ったが、簡単に躱されてしまった。
「全然当たらないわ」
魔物に攻撃を当てるシミュレーションでは百発百中だったが、実際には一発も当たらない。
数撃てば当たると攻撃魔法を乱れ撃ちしてみるが、どれも躱されている。
動き回る的に当てることがこれほど難しいとは思わなかった。
それに私の魔法は、私の狙った位置とはズレた場所へと飛んでいく。
きっと私の詠唱と杖を振るタイミングが良くないのだろう。
魔法自体は使えるが、リズム感の無さが細かな調整を阻害する。
「これじゃあ埒が明かないわ」
初回の授業とはいえ、逃げ回るだけの魔物相手に七人でも勝てないなんて。
「くそっ。少しの間だけでも動きを止められれば、当たるのに」
ふと見るとジェイデンが悔しそうな顔で杖を構えていた。
ジェイデンは私のような乱れ撃ち戦法ではなく、一発で確実に仕留めるつもりのようだ。
「それって何秒くらい?」
「三秒もあれば十分だ」
「そう……三秒ね」
私は跳び回る魔物を観察した。
拘束魔法を掛けようにも、そもそも魔法が当たらない。
それなら物理も視野に入れるべきだろう。
この魔物を三秒押さえつけるとしたら、反撃で受ける怪我はどの程度だろう。
……考えても分からない。実践あるのみだ。
私は地面に置かれた盾を手に取った。
剣はいらない。
片手を剣に使ったら、盾を持つ力が半減してしまうから。
「ジェイデン、三秒以上は保証しないからよろしく」
「は? よろしくって……」
「みんな、少しの間だけ魔法を使わないで!」
私は一方的にそう言うと、盾を持って魔物に突進した。
狙うべきは、魔物が地面に着地する瞬間。
この瞬間だけは、他のタイミングと比べて攻撃を躱すことが難しいはずだ。
だから生徒たちの使う「一点に飛んでくる攻撃魔法」は身体をひねることで避けることが出来ても、「突進してくる人間の身体」を完全に避けることは出来ないだろう。
「点」で攻撃するのではなく、大きな「面」で突進すれば、大したダメージは入らないが、きっと動きを止めることが出来る……たぶんだけど!
「くらえーーー!!」
私は気合いの声を張り上げながら、身体の前に盾を構え、そのまま全力で魔物にタックルをお見舞いする。
私の勢いに巻き込まれて倒れた魔物は、しかしすぐに起き上がろうとした。
だが、魔物はまた地面に倒れた。
そして動かなくなった。
「……倒したの?」
「眠っているだけだ。万が一、魔法がお前に当たったら危険だからな」
どうやら魔物には睡眠魔法が掛けられているらしい。
魔法を掛けたのはもちろん――――
「やるじゃない、ジェイデン」
「お前なあ。やるじゃない、じゃないっつーの。近付いたら攻撃されるのが分からないのか?」
せっかく作戦が成功したというのに、ちっとも褒めてくれないジェイデンに私はむくれた。
「魔物の足止めが出来ないと、いつまでも決着がつかないでしょ。魔物が自由に動いている間は、誰の魔法も当たらなかったんだから」
「それにしたって、もっと慎重にだな……」
「こっちは多勢よ。一人が足止めをしている間に、他の人が仕留めるのは理に適った戦い方だと思うわ」
私が当然とばかりにそう言うと、ジェイデンは頭を抱えてしまった。
「だからってお前が足止めをすることはなかっただろ!? 言ってくれれば俺が……」
「自慢じゃないけど、この中で一番魔法のコントロールが悪いのは私よ。それなら私が物理攻撃に出るのが一番だわ」
不本意だが、私が魔法を使うよりもジェイデンや他の生徒たちが魔法を使った方が、魔物を退治できる可能性が高い。
戦いにおいて、可能性の高い手段を選ぶのは当然のことだ。
「そこまで。今が授業中だということを忘れるなよ」
私とジェイデンの言い合いを、マチルダ先生が遮った。
「魔物が寝て油断しているようだが、こいつはただ寝ているだけだ。気を抜くのは、きちんと退治してからにしろ」
マチルダ先生の言葉を聞いた生徒の一人が、魔物に向かって魔法を飛ばすと、魔物はその場で砂になって消滅した。
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