第4話 セックスレスの原因
私がタイムリープをできるようになってから、一週間が過ぎた。何度も試してみたが代償のようなものはなく、あるとすれば一度逆行すると元の時間に戻れないくらいの不便さしかなかった。
血液は新鮮なものではなくても機能する。前日採取した自分の血を翌日に使って実験したところ、差しさわりなくタイムリープができた。毎日少しずつ貯めていったものを使えば、数日タイムリープすることができそうだ。
私は株と仮想通貨の取引を始めた。一時間前に戻れるので、上がる銘柄を覚えておけば難なく儲けることができた。離婚をすると財産分与で稼ぎを取られてしまうが、私は離婚をする気がないから問題ない。
「ただいま」
悠真が帰ってきた。最近、帰宅時間が早くなっていた。不倫女と会わなくなったのだろうか。
「おかえり」
私は上機嫌で対応する。彼は仏頂面でネクタイを緩めていた。喧嘩することはなくなった――厳密にはタイムリープで回避してきた――のだが、肝心の性交渉のほうは改善されていなかった。相変わらずセックスレスだ。
このまま悠真と斉藤玲奈が会わなければ、股間のモノが滾って私を求めてくれるかと期待しているが、風俗やアダルトビデオに走られる可能性もある。何かアクションを起こさなければと考えていた。
「休日に温泉に行かない?」
私は提案した。温泉で心身共にリラックスし、開放感のもと触れ合えばという浅はかな考えだ。
「ああ」
気のない返事だ。彼はたいして興味が湧いていないようだ。それならば、と私は違う手段をとることにした。
「悠真、スマフォでゲームしないの?」
予想外の言葉だったようで、彼は驚いた顔で私を見た。
「いや、今からしようと思っていたけど、それがどうした」
「ここにね、ふふ」
私はジーンズのポケットからカードを取り出した。スマートフォンのアプリで使えるデジタルギフトカードだ。一万円分が入っている。
「欲しくない?」
私が言った刹那、悠真は奪い取ろうとした。
「ダメ。やってほしいことがあるから、それができたらプレゼント」
「なんだよそれ。俺は家事やらないぞ」
悠真は不服そうだ。
「私にキスしてくれたらあげる。もちろん、中学生のようなキスではなくて大人のキスね」
私は不敵に笑った。
「なんだ、そんな簡単なこと」
悠真は私を抱き寄せてキスしてきた。
彼は久しぶりに私に興奮してくれた。これでセックスレスは解消されると思ったが、事は簡単に運ばなかった。
肝心の本番になると尻込みし、ベッドに座り、
「やっぱ止める」
と言い出したのだ。
「なんで!」
私はヒステリックに叫んだ。
「お前とは、無理なんだ」
「だから、なんで……」
私は泣いていた。涙が零れ悔しかった。あの女とは寝ていたのに、どうして私は拒否されるのだ。
「教えて、ねえ、どうして」
私は悠馬の体を揺すった。すると、彼の逆鱗に触れたようで、
「うるせえ! 黙れ!」
鬼の形相で私を睨みつけた。しまったと思った。
私は寝室を飛び出すと、リビングから紙、鉛筆、ろうそく、ライターを持ち、バスルームに向かった。
魔法陣を描き、ろうそくを立てて火をつける。私は剃刀で指を切り、呪文を唱えた。
一時間前にタイムリープし、私は再度、デジタルギフトカードから寝室までの流れを実行した。
「お前とは、無理なんだ」
戻る前と同じセリフを悠真が言った。表情は悩んでいるようにみえる。さきほどは気づかなかった点だ。
「何かあったの?」
私が聞くと、またしても彼の地雷を踏んでしまったようだ。
「はあ、お前がそれを言うか!」
私は、再度タイムリープを実行した。
二度目のタイムリープ。寝室まで同じ流れを実行する。
「お前とは、無理なんだ」
私はこの言葉の意味を考えた。無理とはなんだろうか。私だと性的に興奮できないのだろうか。いや、キスで盛り上がっていたからそれはない。
「ごめん。私がなにかやってしまっていたんだね」
思い当たる節がなかったが、彼の心の奥を引き出すには最適な発言だと思われた。
「そうだよ。お前が……」
「気づかなくて、ごめん。何かしていたら教えて」
なるべく柔和に接した。
「あれは、去年のことだけど――」
彼は語り始めた。私の性交渉中での言葉が引っかかって、プライドが傷ついてしまったらしい。それからというもの、私と対面していると言葉がフラッシュバックしたり、萎えたりするようになったようだ。
「ごめん。本当に気づいていなかった」
私は謝罪した。不倫されている私がなぜ謝る必要があるのだろうかと思ったが、まずはセックスレス解消が優先だ。
「俺も、本当は――」
彼が言うには、私との性交渉が怖くなり、若い女性に手を出してしまったという。そのままズルズルいき、一年近くが経ったようだ。
「じゃあ、その言葉がなかったら、不倫もしなかったし、私とも良好な関係だったのね?」
私は問いかけると、悠真は力なく頷いた。
「そう。わかった。じゃあ、やめておこう」
私はあっさりと引き下がった。
「これから、どうするんだよ……」
消沈した声で彼は言った。
「問題ない。なんとかするから」
私は自信満々に言った。なぜならば、私はタイムリープができるからだ。
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