第3話 ささやかな復讐
翌日、私はタイムリープの検証を午前中から始めた。夫の悠真は出かけていたので、家で実験することができた。
ろうそくを変えたり、血の量を変えたり、何度も試してみた。ろうそくはどんな種類のものでも機能するということ、血の量は冊子に書いてあったとおりにタイムリープできる時間が異なるということがわかった。
まだ検証が足りないと思い、私は夫の不倫相手に連絡をとることにした。昨夜、夫の入浴中にこっそりと彼のスマートフォンをチェックし、女の電話番号、SNSを確認してメモしていたのだ。
『初めまして。あなたがお付き合いしている悠真の妻です。お話がありますので、来ていただけないでしょうか』
SNSでダイレクトメッセージを送ってみた。無視かブロックされる可能性が高いと思ったが、返信はすぐに来た。
『どのような内容でしょうか』
『二人きりで話し合いをしたいです。来ていただけない場合は、裁判沙汰に発展することをお忘れなく。住所は東京都M区六丁目のTタウンというマンションです』
10分ほどして、相手から返信がきた。近くに悠真がいて相談したのかもしれない。
『わかりました。今から向かいます。一時間ほどで到着します』
午前11時13分にインターホンが鳴った。
「さきほどDMをもらった斉藤玲奈です」
カメラには二十代女性が映っていた。一度こっそり尾行した時に目撃した女だ。間違いない。
「いま、開けます」
私はエントランスのオートロックを開錠した。数分後、玄関のチャイムが鳴ったので、私は扉を開けた。
ロングウェーブのダッフルコートを着た女がいた。顔は今風の若者メイクで、睫毛はエクステしたかのように長い。街を歩けばナンパされるレベルの女性といえるだろう。ショートカットで化粧っけのない私とは逆のタイプだ。
「どうぞ。入って」
中に招くと、女は「お邪魔します」と言って入った。スリッパはあるが渡していない。私のささやかな嫌がらせだ。
手で指示し、リビングの椅子に座らせる。部屋の中をあまりきょろきょろと見ないのは、緊張しているせいなのか。それとも夫と二人で過ごした記憶のある部屋だからなのか。
「あの。どのような用件でしょうか」
いじらしい態度で斉藤玲奈は言った。そのような態度をとっていても、内心はほくそ笑んでいるに違いない。
「私の夫と遊ぶのは楽しい?」
電子ケトルでティーカップにお湯を注ぎながら聞いた。中にはアップルティーのパックがある。
「あ、その、えっと」
楽しいと答えても楽しくないと答えても自分の首を絞めると思っているのだろう。しどろもどろだ。
「まず、落ち着いて、これを飲んで」
私はティーカップを差し出した。
「いただきます」
彼女は一気に飲み干した。早く帰りたい表れだろう。
「薬が効いたみたいね」
数分後、斉藤玲奈はテーブルに突っ伏して寝ていた。私が渡した睡眠薬入りの紅茶の効果だ。
「さて」
私はあらかじめ用意していた魔法陣の紙をテーブルの上に置く。ろうそくを四隅に立てる。
次にキッチンから果物ナイフを持ってきた。ナイフで斉藤の右手親指を切り、魔法陣にねじつける。
「プッザイラ」
私は唱えた。五分待ってみたが、私自身に変化はなかった。
私は左手親指をナイフで切り、魔法陣に血を滴り落した。
「プッザイラ」
唱えた瞬間、暗転した。
ジイイイという音で闇が無くなった。毎度のタイムリープ音だ。
時計を見ると、午前10時06分だった。約一時間前に戻っている。予定どおりだ。斉藤玲奈は電車でこちらに向かっている時間だ。
一時間後、元のシーンと同じ午前11時13分にインターホンがなった。
「さきほどDMをもらった斉藤玲奈です」
「いま、開けます」
全く同じやり取りをしたのち、家に上げた。斉藤は不思議そうなきょとん顔で部屋を見回していた。
「私の夫と遊ぶのは楽しい?」
彼女が座るタイミングで聞いた。私は電子ケトルでティーカップにお湯を注いでいる。
「あ、え、その」
斉藤玲奈は狼狽していた。同じシーンが繰り返されていることに恐怖を感じているようだ。反応を見る限り、彼女はタイムリープしたと思って間違いない。
検証のひとつをクリアできた。タイムリープは血の持ち主に発生するが、呪文は誰が唱えてもいいということだ。
斉藤は私の出した紅茶に一切手をつけなかった。
「どうぞ。飲んで」
と勧めても、震える手でカップを持ち、すぐに離すだけだった。
「なんで出されたものを飲まないのかしら」
「あ、えっと、お腹痛くて」
斉藤は奥歯をガチガチと鳴らしていた。
「生理? それなら、今は、うちの夫と性交渉はできないのね」
私は女の座る席の後方に立った。ゆるりと振り向く彼女に、私は電気ショックを与えた。スタンガンだ。
魔法陣を用意し、斉藤の親指を切り、呪文を唱える。
「また、一緒にタイムリープしましょうね」
私は赤子をあやすように優しく言った。
ジイイイという音で暗黒が無くなった。二度目のタイムリープだ。
時計を見ると、午前10時03分だった。約一時間前だが多少のズレはある。
「さて、斉藤はくるかな」
いくら待っても、斉藤玲奈は現れなかった。
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