殺るor殺られるか

 目が覚めるとそこは酷い景色だった。


 陽が差し込まない暗くじめじめとした、いかにも魔物が住んでそうな闇の世界。


 何が悲しくてこんな世界へ来てしまったのか……


 俺がそんな事を思っていた直後、腹部に強い衝撃が走った。


「がはっ……!」

 

 呼吸が一瞬止まる。


「ゴホッ、ゴホッ……」


「おら、落ちこぼれ悪魔がムカつくんだよ!!」


「出来損ないがリリスに近づくな!」


「釣り合ってねぇんだよ。お前みたいなクソチビには!!」


 罵声が浴びせられる。

 

 間違いなく今までで一番最悪な目覚め。

 訳もわからないまま、俺は地面に蹲った。


「……な、なんなんだお前ら!」

「生意気に口開いてんじゃねーぞ!」

「黙ってくたばってろオラ!」

「調子こいてんじゃねー!」


 目に浮かぶ涙を挟んで映る3匹の醜悪な見た目の魔物。


 巨体の二本足で立つ豚。

 耳がとんがっている緑色の小鬼。

 大きな口元から鋭い牙が見える狼。


 ゲームの世界から飛び出したかのような、オーク、ゴブリン、ウェアウルフが容赦なく俺を蹴りつけ地面に伏せさせる。


 そんな訳もわからない状況にパニックの波が押し寄せる。

 体に走る痛み、初めて見る魔物への恐怖心。なぜ、俺はこんな仕打ちを受けている?

 様々な感情が胸の中で渦を巻く。


 そんな時、怒りのこもった声がして、

 

「リリスの幼馴染かなんか知らねーけど。学園で仲良さそうにしやがって!調子に乗ってんじゃねーぞ!」


 ウェアウルフが吐き捨てるように言う。


 どうやら女絡みで絡まれているようだ。

しかも、このウェアウルフ。聞き捨てならない一言を残していった。


 ……幼なじみ……


 その言葉を聞いた一瞬。俺の中で何もかもが止まった。蹴られる痛みも感じなければ、恐怖も忘れるほどに頭の中で繰り返される言葉。


 ……また、幼なじみだ………


 しかも、今回は見ず知らずの幼なじみときた……!


 心がざわつきはじめる。


………なんだ、なんなんだ!………

 

(なんで俺は事あるごとに幼なじみに振り回されなきゃいけないんだ!)


 爆発しそうになる熱さ。これはきっと怒りだ。

 心をもぎたくなるような痛み。これはきっと抗えない悔しさだ。


 ふたつの感情が心を支配する。


 凜と蘭の件も今の状況も全部全部、付き纏うのは幼なじみとの関係性……


(もう……うんざりなんだよ。放っておいてくれよ……関わりたくないんだよ、惨めな気分になりたくないんだよ……)


 心の中で厳重に施錠して隠したはずの忌々しい“これまで”が見え隠れする。


 しかし、どれほどの怒りや悔しさを胸の中で抱いたところで、蹂躙される立場が変わるわけではなかった。


 ただひたすら必死に自分の体を庇う事。

 それが今の俺にできる最大の抵抗だった。


 立ち上がれ、立ち向かえ、人は簡単にそんな事を口にするが、体に刻まれた記憶というのだろうか?

 怯えや痛み、恐怖心を植え付けられたこの世界で“生きてきた”体は、芽生える反抗心をことごとく折る。

 そして、同時に蘇るこれまでの軌跡が俺の頭の中へ情報として流れる。


《アンダーランド》


 多種多様の魔物が住む。種族階級が絶対の縦社会。

 

 俺は悪魔の系統でありながら、最下級の位である小悪魔【デビル】に属する。

 

 悪魔という種族は、神や天使などの存在と並ぶ古来からこの地にいる生き物だ。


 混沌から生まれ、悪をこの世に生み出した存在。


 故に邪悪な者達の筆頭となる存在で、現魔王も最上位の悪魔である。


 このアンダーランドでは、例え小悪魔であっても、他の種族とは群を抜いて崇高な存在に位置する。

 人間で言うところの貴族くらいの地位がある。ある筈、なのだが……


 そんな俺がどうしてこんな目に遭っているのか。


 理由は単純、、、俺は、悪魔なのに魔法が

使えない落ちこぼれだからだ……

 

 本来、悪魔という種族は、醜悪な二本の角と尖った爪、鋭い牙という邪悪な見た目の割には、物理的に攻撃する手段をほぼほぼ持たない。


 その全てを魔法で片付けるビジュアル系ハッタリもいいところの種族なわけだが……


 そんな魔法にしか特化してないような種族から魔法を取ったらどうなるか?

 答えは単純。全部がお飾り同然となる。


 お飾り悪魔な俺は、悪魔よりも種族階級が何倍も底辺な奴等に馬鹿にされ、虐められる対象。まさに下の下の存在だ。


 ゴブリン族、オーク族、ウェアウルフ族なんか悪魔と比べれば魔族ともいえない野生児も同然。

 

 こいつらだって魔法が使える種族ではないくせに。身体的に特化している部分があるからって蔑んでくる。


 …………まあ、事実。種族階級が縦社会となっているこの世界で俺みたいなやつは、いい憂さ晴らしの道具でしかないよな。


 生まれた瞬間から自分の地位が決まって、上のやつが道をあけろと言えば、何があってもその道を譲らなければならない。

 

 上のやつらが死ねといえば、素直に従って死ぬしかない。


 そんな世界に生まれれば、自分より下の奴らなんて道に落ちているゴミも同然。


 それに、自分よりも種族階級でいえば高い俺なんか、こいつらからしたらこの世界に対する不条理をぶつける最上のゴミだろう。


 理解はできるし、分からなくはない。


 ………でも、だからなんだ?


 何で“俺”はそんな事を受け入れなくちゃならない?

 蹴られ続ける事を受け入れる意味も、この世界のルールを受け入れて納得する意味も“今の俺”は持ち合わせちゃいないだろう!


 根底に確かに存在する反抗心という小さな火種に薪をくべる。


 立ち上がって殴り返してやりたい!

 蹴り返してやりたい!

 どんな拙い攻撃でも仕返してやりたい!


 次第に燃えはじめる思いが胸を熱くする。


 反撃したい心は、土だらけのぼろぼろの身体を動かすと、


「ゴホッ、アッ!」


 拒否の吐血。共に耐え難い激痛が走り抜ける。

 

 もはやどこが痛むのかすらも分からないほどに感覚が麻痺し、傷つけられすぎた身体は立ち上がる事を許しはしない。


 まどろみで落ちそうになる意識を手放しそうになるが、


(………いや、まだ。だ!心は折れてない。やられっぱなしなんかあり得ない!こいつらの勝ち誇ってる顔がムカつく。………いや、それ以上に、、、見たい!みたいみたい!!やり返されて驚くこいつらの間抜け面が見てみたい!なあ、だから立てよ?最後はいつだって俺が笑ってたはずだろ?)


 精一杯の強がり、痩せ我慢を見せる。が、鼓舞する心虚しく。

 暗闇に狭まる視界。死すら覚悟した。


 まさにその時だった。


(力が欲しいかい?)


 何処からか突然届いた声。


(君が望む力をあげよう)


 甲高い声。確かに聞こえたその声に、


(誰、だ?)


 最後の力を振り絞って問い返した瞬間、世界が止まった。

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