妖精の愛し子

らる鳥

妖精の愛し子




「アナタなんて産むんじゃなかった」

 それは言葉の意味とは裏腹に、まるで祈りのようだった。

 私の脳に焼き付いた、ただ一つの母の記憶。

 物心も付かなかった赤子の私に捧げられた、無事を願う魂の祈り。


 アナディア・ベルクトラシュカ。

 それが母の、この王国の大人なら誰もが知る悪女の名前だ。

 国母という身分でありながら、夫である王を裏切り、故郷より連れてきた護衛騎士の子を産んだ女。

 王国の権威を著しく貶めた罪で、王都の広場で民衆に石を投げられながら、公開処刑にされた。


 当初、アナディアは無実を訴えたそうだが、彼女が産んだ子供は紫色の髪の子供だ。

 夫である王は金髪で、アナディアの護衛騎士の髪色は紫。

 彼女の不貞は誰の目にも明らかで、無実の訴えは無様な命乞いにしか見えなかったという。


 けれども、それは王家から見た酷く一方的な物言いだった。

 アナディアが連れていた護衛騎士は、ベルクトラシュカ辺境伯家の譜代の出だ。

 古い時代には、護衛騎士の家はベルクトラシュカ辺境伯家とも血の交わりがある。

 つまりその血が濃く出た場合は、紫の髪を持つ子供が産まれる可能性だってない訳じゃない。


 もちろんそれは、確率的にはとても少ない話かもしれないけれど……、それでも決して皆無ではないのに。

 母と護衛騎士は処刑され、子の私は慈悲で命のみは救われたが、塔へと幽閉されて育つ事となった。


 あぁ、塔に幽閉されて育った割には、色々な事を知り過ぎてるように思うかもしれない。

 母の事、ベルクトラシュカ辺境伯家の事、それからこの王国の事。

 生かされるのみで教育なんて受けられる筈もなかったけれど、私はそれらを知っている。

 当然ながら、自力でその知識を得た訳じゃなく、教えてくれた者がいたからだ。


「なぁ、フーチ、本当に私は、妖精の証を授かれるんだな?」

 最後に、もう一度確認を取る。

 私がそれを問うたのは、視線の高さに浮かぶ、翅のある小人。

 ……そう、この塔で古い時代から眠りに就いてた妖精だ。


 この王国は、遥か古の時代、妖精の加護を受けた一人の男が建国した。

 その加護は代々の王が受け継いで今に至るが、それを授けた妖精の事は、長い時の間に誰もが忘れてしまったという。

 大恩ある妖精が眠る塔を、厄介者を押し込める為に使ってしまう程に。

 お陰で私はその妖精、フーチと知り合えて、色々と学ぶ機会を与えて貰った訳なのだけれども。


「おいらが与えた加護を授かれる資格は、ハイリ、お前にもあるさ」

 フーチが頷いた事に私は安堵し、同時に強い怒りを覚える。

 妖精は人に嘘を言わない。

 それが気休めの為であってもだ。


 だから間違いなく、私には加護を授かれる資格があった。

 妖精の証を授かる資格は、この国の人間なら誰でも知ってるだろう。

 この国の王の座を望む王族のうち、最も優秀な者にその証は現れる。

 そして妖精の証を得た者が速やかに王座を引き継ぐのが、この国の習わし。

 通常ならば、王の子が父を超えた瞬間、その王座は引き継がれる。


 つまり妖精の証を授かれる資格がある私は、王族の一員だ。

 今はフーチの言葉しかその証拠はないが、私が今の王を、あの愚かな男を超えたならば、誰の目にも分かる形でそれが証明されるだろう。

 同時にそれは、私の母が不貞などしておらず、あの愚かな男が過ちを犯したという揺るがぬ証拠になる。


 私はこの塔でフーチに出会ってから、その為だけに彼から学び、生きてきた。

 母を殺したあの男を、母を悪女と蔑んだこの国を、滅ぼしてしまう事を目的として。




 憎しみに満ちたハイリに知識を、力を与えながら、おいらは必死に笑いをこらえる。

 可笑しくて、滑稽で仕方なかった。

 おいらはハイリに嘘は吐かない。

 間違いなくハイリには、この国の人間が妖精の証と呼ぶおいらの加護を得る資格はある。

 いや、あれも加護とは名ばかりで、本当はあの男に奪われたおいらの力の一欠けらなんだけれども。


 だがハイリは勘違い、いいやこの国の全ての人間が勘違いしてるが、加護を得る資格は別に王族である事じゃない。

 この塔においらを縛り付けた、あの忌々しい男の血を、どんなに僅かであっても受け継ぎ、王座を望む事だった。

 遥か昔に生きたあの男の血は、この国の殆どの人間が引いている。

 ただ王座を独占したかったあの男の子孫が、途中で偽りの条件を広く知らしめ、他の皆が最初から王座を望まぬようにしただけだ。


 おいらはその偽りの条件を、この国ではそう伝えられてると、ハイリに伝えただけ。

 後は勝手にハイリが考えて、母親は無実だったのだと信じ込んだ。

 ハイリは真実、アナディア・ベルクトラシュカとその護衛騎士の子供であるにも拘らず。


 実に滑稽な見世物だった。

 このまま上手くハイリがおいらの加護を引き継いで王座を得、この国を滅ぼしてくれたなら、忌々しい縛りも解けるだろう。

 別に失敗しても構わない。

 再び騙し易い愚かな誰かがやって来るまで、この塔で寝こけていればそれで済む。

 今はこの楽しい見世物がどんな結末を迎えるかを、特等席で精一杯に楽しみたい。


「ハイリ、おいらはお前を応援してるぞ」

 おいらはおいらの大切な玩具を、そう言って励まし、育ててる。

 愛情をこめて、丁寧に。



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