ただの冬の日
久々に冬の気候に当てられて
上着のポケットに手を突っ込む。
ぼけっと空を眺めてみる。
すると、随分と元気な日が
こちらを照らしていた。
今日は寧々からの誘いで
近くの図書館で勉強会を
することになっていた。
勉強すること自体久しぶりで
訛り切ってしまっている。
澪「…さむ。」
無意識に言葉が漏れる。
すると、たまたま前を通りかかった
小学生くらいの子供が
ぱっとこちらへと振り返った。
どうやら聞こえていたらしい。
けれど、かと言って指を指して
笑うわけでもなく、
すたすたと図書館を吸い込まれていく。
昨日の朝、寧々が見つけてくれたことで
うちは透明じゃなくなっていた。
家に帰っても姉に認知され、
Twitterを見ても
うちのことが誰だかわかるようだった。
みんなのツイートを興味本位で遡ってみれば、
うちのことを忘れている、
もしくはもともと知らないとも
取れるようなツイートをしていた。
幸か不幸か、本当に叶ってしまったんだと
思い知る他なくて、
あれが夢だったのかとすら
疑いたくなるほどだった。
透明になっている間、
当然のように人には見えず、
生理的欲求もなかった。
存在していないかのように扱われていたし、
世界と世界の狭間に
すっぽり落ちてしまったような気分だった。
目を閉じることはできても
眠ることができなくて、
結局最初から最後まで
ずっと寧々の近くにいた。
うちが曖昧な願いを、
忘れて欲しいけれど
少しばかりは覚えていて欲しいなんて
踏ん切りのつかない願いをしたせいで、
結果的に寧々を苦しめるようなことを
してしまった。
眠らないと決めてから
夜な夜な延々とうちの名前を
書き続ける背中を
見守ることしかできなかった。
精神的に憔悴していく彼女を、
腱鞘炎になり何度もペンを落とす彼女を、
眠った後涙目になりながら
忘れた何かを思い出そうとする彼女を。
あんなに心が苦しめられることもないだろう。
だからこそ、これから先
寧々を心配させるようなことは
したくないなと思った。
°°°°°
寧々「…私の…大切な人を、悪く言わないでください。」
澪「…。」
寧々「篠田さんはいいところをたくさん持っています。私が教えます。たくさん教えます。」
澪「…。」
寧々「あなたがあなたのことを好きになれるくらい、自分って存在していていいんだとかじゃなくって、存在してなきゃ世界は成り立たないぞくらいに思わせます。」
澪「…ぷっ…あははっ。それはやり過ぎや。」
寧々「でもそのくらい…ここにいなきゃって思わせますから。」
---
寧々「だから、消えないでください。」
澪「…。」
寧々「お願いです。」
澪「…気が向いたらな。」
寧々「絶対です。約束。」
澪「あんた約束好きやな。」
寧々「口約束でもしないよりかはマシなものですから。」
澪「どうせすぐ忘れるんに。」
寧々「そんなことありません!舐めないでくださいよ。」
---
澪「さっきも話の途中やったけど…もし耐性がつき切ったらどうするん。」
寧々「元に戻す方法を探します。」
澪「透明化し切ってしまったら?」
寧々「それでも探しますよ。」
澪「あんたの前からもおらんようなったらもう無理やろ。」
寧々「見つけるまで探します。」
澪「…ほんまようわからんやつやな。」
°°°°°
澪「…全部叶えたってわけや。」
綺麗な形で…うちがそもそも
透明になりきってしまうこともなく
という形にはならなかったが、
今日を後日談として見るならば
あながち間違っちゃいないだろう。
寧々を待っている間、
久々にLINEを開く。
そういえば透明になって以降
Twitterは開けどLINEを
開いていなかったことに気がつく。
澪「…あ。」
そこには、1件だけ連絡が来ていた。
寧々からかと思ったが
どうやら違うらしい。
見間違いかと思った。
鈴香の文字が目に飛び込んできたから。
冬休みにもなり、
学校に行くことだってほぼない。
例の…うちの悪い噂を話しているのを
見かけて以来、
ちゃんと話していなかった。
そんな中何の連絡だろうと不思議に思う。
画面を開くとたったひと言、
短いけれど「あの時はごめんなさい」と
送信されていた。
彼女の心の中でずっと
引っかかっていたんだろう。
他の誰かからも聞いたが、
鈴香は本心でうちを貶したかったわけじゃ
ないらしかった。
その場の流れという逆らい難い
何かがあったのだろうなと
今になって思う。
それでも一緒になって
あの場所にいたのは事実であって。
許すにはもちろん許すが、
少しくらい怒ってもいいだろう。
…まあ、その後しっかり2人で
話し合う時間を取らなかった
うちもうちやけど。
澪『いいよ。』
すると、返信を待っていたのかと思うほど
ものすごい速度で既読がついた。
鈴香『怒ってないの…?』
澪『少しは怒っとったけど、今は別に。』
鈴香『何かこっちの気が済まない。なんかさせて。』
澪『じゃあいつかお茶1本奢って。』
鈴香『わかった。また来年学校で会おうね。』
初めは怯えていたのか
絵文字のひとつもなかったけれど、
最後にはほっとしたのか
可愛らしい笑顔のマークをつけていた。
かと思えば、最後に重ねて
「本当にごめんね」と来ていた。
鈴香も鈴香で苦しかった1ヶ月だったろう。
うちのことを忘れている期間も
あっただろうから、
そんな長いこと
考えていたわけじゃないだろうけど、
それでも澱みが溜まり続けるのは苦だ。
鈴香の方から
声をかけてきてくれて嬉しかった。
きっと自分からは踏み出せなかったから。
そう思うと、周りの人たちはみんな
ものすごく勇気のある人ばかりだ。
鈴香も、姉も寧々も。
澪「……。」
もう少し自分以外の、
周りの人に目を向けるべきだったのかもな。
スマホをしまうと同時に、
あちらこちらへと顔を動かしている
寧々の姿が映った。
大きく手を挙げる。
すると、偶然にも気付いたようで
小動物のように走ってきた。
寧々「待たせてごめんなさい!」
澪「全然待っとらんけんよかよ。」
寧々「本当ですか…?よかった。」
澪「じゃあ冷えるけんさっさと図書館行こうや。」
寧々「そうですね。」
澪「そこで今まで借りとった分のお金も返すけん。」
寧々「あー…そんな話もありましたね。」
澪「貰わんつもりやったろ。」
寧々「澪が忘れてるならそれでいいかなって。」
澪「せこいなぁ。」
寧々「まあまあ。澪も澪できっちりしてますねぇ。」
寧々は茶化すように
小さく笑いながら言った。
受験期だからぴりぴりするけれど、
こういう何でもない時間が好きだった。
駅から外に出る。
今日は冬らしい寒さだけれど、
暖かな日差しが照っていた。
寧々「澪が戻ってきてよかった。」
澪「何、急に。」
寧々「こうして2人で並んで歩いてたら、ふと思ったので。」
澪「…まぁ、こういうのは久しぶりやもんね。」
寧々「あ、そうだ。伝えなきゃいけないことがありました。」
澪「…?」
寧々は小さく走って
まるでうちを通せんぼするように
前に立っては危ないながら
そのまま後ろ歩きをした。
寧々「もしまた巻き込まれても、私が助けに行きますから。」
澪「それはただの使命感け?」
寧々「…いいえ。多大なる好意です。」
自然と互いに笑っていたのだと思う。
寧々はもしかしたら他の
多くのところでも
嘘をついていたのかもしれない。
けど、その全てが
うちのことを思っての嘘だったかどうかなんて
考えるまでもないだろう。
街には電飾のついた木々が見える。
そういえば今日は
クリスマスだった。
ただの使命感 終
ただの使命感 PROJECT:DATE 公式 @PROJECTDATE2021
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