私たちは変わり者


『吉永へ


この前の旅行で、最後に無理やり

思い出の場所に行きたいって

わがままを言ったのに、

嫌な顔ひとつせず

ついてきてくれてありがとう。

あそこを見に行けて悔い無いわ。


今日吉永が自分を傷つけてまで

うちを守ろうとしてくれたこと、嬉しかった。

気持ちは受け取る。

けど、うちやってあんたを

傷つけることは本望じゃ無い。

面と向かっても言ったけど、

あんたを結果的に傷つけさせた

自分のことが嫌いになると思う。

やからうちのこと思ってくれとるんなら

自分を犠牲にすんのはやめて。

これからも。


他に方法がないけん

吉永からもらった宝物1度返した。

1、2日持ってもらって、

またうちに戻して欲しい。

一旦それで様子見ようや。

ずっと一緒におるんも苦やろうしな。


またこの現象の話になる。

最近この話ばかりで

ほんま飽きるよな、ごめん。


いつかこの出来事で

あんたが頭を悩ます日が

終わるといいんやけど。


名前の件、好きにしい。

うちはどっちでもよか。


話は全然変わるけど

吉永は今何になりたい?

将来の夢ってあったりする?


おやすみ。


篠田澪』





***





きーんこーんかーんこーん…。

学校全体に響き渡るチャイムが

なったと言うのに、

うちは屋上手前の階段に座って

扉に背を預けてぼうっとしていた。

隣には何故か吉永がいて、

こんな寒い場所で

縋るように片手を握っている。


澪「…授業、本当に行かんでいいと?」


寧々「はい。もちろん。」


澪「真面目を貫くんやなかったん。」


寧々「自分のことよりも篠田さんの方が大切です。」


そう言っては手に力がこめられる。

12月が進むにつれて

どんどんと冷えていきそうな細い手が

ずっと握られていた。


学校に来て早々

声を出しても人に認知されず、

吉永に触れても

もう数十分後には

見えないどころか声すら届かなくなった。

帰りのホームルーム後に

吉永に触れて家に帰ると、

既に姉には認知されなかった。

宝物も彼女に渡しており、

昨晩のうちに消えてしまうのではと

危惧していたけれど、

吉永からもらった手紙をかき集めて

抱きしめるようにして眠った。

それが功をなしたのか

なんとか今日まで存在できている。


…なんとか今日まで

存在し続けているが、

こうなれば未来のない延命治療にすぎない。


寧々「そういえばこれ。」


彼女はポケットから

白い石のようなそれを持っては

そっと手渡してくれた。

そのまま手に持っていると

宝物に込められたパワーが

すり減ってしまうからと

すぐに自分のポケットに入れ込む。


これに定期的に触れれば

とりあえずまだ延命できるのだ。


澪「宝物ありがとうな。」


寧々「昨日1日持っていたので長く持つと思います。」


澪「そっか。」


寧々「…なんだかこうしてると泊まりに行った時を思い出しますね。」


澪「あんときも2人きりやったしな。」


寧々「はい。楽しかったなぁ。」


澪「また行くんやないと。」


寧々「当たり前です。今度はどこにいきたいですか。」


澪「うーん…新幹線使うくらいの距離とか。」


寧々「良いですね。名古屋とか、熱海…少し足を伸ばせば関西や新潟あたりもいけますし。」


澪「スキーとかいいよな。」


寧々「ですね。滑れます?」


澪「いいや、全く。」


寧々「ふふっ。」


澪「なん。滑れんくて悪かったな。」


寧々「いえいえ。私も滑れないので、一緒にたくさん転びましょ。」


澪「怪我せんようにせんと。」


寧々「そうですねぇ。」


澪「その前に受験あるけんな。」


寧々「あ…忘れそうになってました。」


澪「勉強せんでいいと?今からでも教室に戻れば…」


寧々「良いんです。今くらい休んだって怒られません。これまで頑張って来たんですから。」


今くらい休んだって。

これまで頑張って来たから。

自意識過剰だが、

まるでうちに向かって

言っているように聞こえては、

自分はそこまで成し遂げていないのにと

やはり自分を

卑下するようなことばかり浮かんだ。

謙遜ではなく、本当に何もしていない。

この透明化に関しても、

前回の旅行に関しても。


もしも透明化ではなく

治らない病気を抱えたら、

うちは治療することを

選ぶのだろうかなんて思う。

結局家族の意向に乗せられて

自分のことなのに

どうでもいいと投げ出して。

その割には延命治療なんて

しなくていいのになんて

愚痴のような言葉を思い浮かべながら、

けれど内心は死ぬのが怖いと

少しばかり思うのだろう。


まるで沈んだ潜水艇で

「大丈夫、助かるよ」「頑張ろう」と

無意味にも励まし合っているようだった。

やがて食料も水も尽き、

酸素までもなくなっていく。

そして苦しくて、苦しくて。

苦しさを紛れさせるために

楽しいことを考えて、

現実逃避をして終点へと向かう。

現状はそれと同義じゃないか。


そんなことを思いながらも

吉永の誘いを断ることもできず

こうして触れ続けている。

なあなあになって引き延ばしている。


こてん、と吉永は

うちの肩へと頭を倒した。


寧々「受験が終わったらいろんなところに行きたいですね。」


澪「な。」


寧々「篠田さんって進学希望でしたよね。」


澪「一応。でも勉強しとらんけん大学生になれる気がせん。」


寧々「大丈夫ですよ。なれます。大学生になったら時間割が自由になるって聞きますよね。」


澪「な。よく聞く。実際どうなんやろ。」


寧々「さあ。高校生よりも授自由っていうイメージしかありません。」


澪「わかる。バイトしたり…ってあんたはしてたか。」


寧々「えへへ。でも初めての時はものすごく緊張しましたよ。」


澪「やっぱそうなんや。」


寧々「初めてのバイトは単発バイトとかもおすすめです。」


澪「例えば何があるん?」


寧々「野球場の手伝いとか、イベント系は多いイメージですね。他にもシール貼りとか。」


澪「あ、見たことある。この前調べとったんよ。」


寧々「そうだったんですか!そのあたりは仕事を体験してみるのであればありです。」


澪「なるほど。でもやっぱり安定してとか、人間関係とか考えると普通に面接して…ってやった方がええか。」


寧々「長い目で見るとそうですね。」


澪「なるほどなぁ。バイト先の人達と飲み会とかあると?」


寧々「あったんですけど断りました。お酒が飲めないことを表向きの理由に。」


澪「あー…家庭か。」


寧々「はい。まあお酒が飲めないのは本当ですし、すんなり受け入れてくれましたよ。」


澪「へぇー。」


どうでもいいような話を

ああだこうだとだらだら話す。

授業をさぼってただ話すだけ。

笑いそうになった時は

慌てて声を絞って笑う。

くすくすって。

クリスマスにサンタさんが来るのを

布団の中に隠れて

待っている時のように。


バイトのことから始まり、

大学の学部のこと、

大学の授業や行事のこと、

季節のイベントのこと、

これまでのイベントでの思い出、

昔運動会であったこと、

文化祭の出し物、

合唱祭の課題曲まで

いろいろなことを話した。

ただただ楽しかった。


ああ。

そうだ。

楽しかった。

これまでの1ヶ月。

最初の方はまだ不和が残っており

冷たい態度をとっていたけれど、

彼女が「真面目を貫くため」と

言った時から利害関係の信頼へと

変化していった。


けれど、今では。

これは本当に利害関係なのだろうか。

彼女は授業や未来を捨ててまで、

ここまでする必要が

あるのだろうか。

これはただの善意ではないか。

ただの善意であるならば、

うちはもう何もできない。

利害関係でなくなるのなら、

それはもう名も無き信頼になる。

そうなれば、

うちの恐れていた状況になるのだ。

どこからが勝手に信頼して

いつ勝手に裏切られるか

わからないのだから。


うちらはきっと

その恐れる関係になろうとしている。

いや、もしかしたら既に

そうなっているのかもしれない。


でも、今更彼女がうちを拒んだって

裏切られた気持ちにはならない。

そう思いたい。

むしろ、うちから離れてくれて

よかったって。

彼女の時間が無闇に潰えなくて

よかったって思うかもしれない。

それと同時に奥底では

「やっぱりね」なんて

非情にも思うのだろうか。


既に昼を回り、

隠れてお弁当を食べては

午後の授業も再び席を外した。

ただ話してた。

ずっと話していた。


寧々「なるほど、そうだったんですか。」


澪「だけん小学生時代の友達が今のうちを見たら、こんなんやったっけって思われると思う。」


寧々「そう思うと何度かがらっと変わっているんですね。」


澪「そうやね。元気っ子から大人しくなって、次は半グレ。」


寧々「ふふっ。いろいろ経験していて羨ましいです。」


澪「そんないいことでもなか。そういうあんたも高1からがらっと変わったろ。」


寧々「確かにそうですね。全部に敵意を見せてそうなあの時からは随分変わりました。」


澪「そこまでは思っとらんかったけどな。」


寧々「でも印象良くはなかったでしょう?」


澪「明るくはないって感じ。何を考えとるかわからん顔しよったけど、多分ぼうっとしとるんやろうなって思っどった。」


寧々「それはそれで失礼なような…。」


澪「あははっ、ごめんごめん。」


寧々「ふふっ。でも大概合ってるんで何にもいえません。」


澪「合っとるんかいや。」


寧々「はい。そう思うと私たち、高校1年生の時に大きく変わった2人なんですね。」


澪「そうやな。」


寧々「これは友達から聞いた話なんですが…私たちのこと、周りからなんて言われてたか知ってます?」


澪「は、何々。」


寧々「悪い噂とかではなくって。ペア的な…その、呼び名みたいな。」


澪「二つ名みたいな?」


寧々「ふふっ。なんか違う気もしますが…まぁそんな感じでしょうか。」


澪「なんて言われとったん。」


寧々「2人は変わり者って言われてた見たいです。」


澪「普通にディスやろ。」


寧々「いやいや。篠田さんの垢抜け方が素敵で真似したいって人も何人か見かけましたよ。」


澪「ふうん。うちだけやなくてあんたも努力したしな。」


寧々「真面目になるためにそりゃあまあ色々と。」


澪「変わり者、な。言い得て妙やな。」


寧々「努力家な変わり者とかにしときます?」


澪「自分らで変えるのはダサない?」


寧々「あ、やっぱりそう思います?じゃあ心の中で最強の2人って思うようにしておきます。」


澪「グレードアップしとるなぁ。」


寧々「ふふっ。それくらいがいいんです。私たちは最強なんですよ。」


まるで離れることなど

考えられないというかのよう。

うちらは最強だって。


そっか。

そうだったんだ。

そうだったらよかったな。

もっと早くに思っていれば

変わったのかな。


それとなく宝物と

おまじないのことを思う。

もう十二分に働いてくれた。

おまじないの効力はきっとここまで。


残り少ない時間を噛み締めるように

生産性のない会話に価値を見出しては

延々と吉永の声と体に

全てを預け続けた。


そうして今日は

静かに終わっていった。

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