幸せの引き際
『篠田さんへ
先に言います。
私はなんとしてもあなたを助けたい。
それができるのであれば
指を少し切るくらい
なんてないことです。
でも、それで篠田さんが
罪悪感を感じてしまうのは嫌です。
だからここは大人しく
あなたの要求を呑むことにしました。
正直なところ全てに
納得することはできませんが、
ここが最善の妥協点だと信じています。
さて、将来なりたいものですが、
今は児童相談所の職員に
なりたいなと思っています。
少し前にも話しましたが、
母親のことがあったので
自分のことを考える時間がありませんでした。
でも母親が変化して、
就職する気でしたが
進学もいいかもしれないと思いました。
これまで家庭のことで
いろいろと経験して来たので、
同じような傷を持つ子供たちの
側にいたいと思ったんです。
力になれるかどうかはわかりませんし、
親や法律、その他の様々なものにも
挟まれる難しい立場ですが、
頑張りたいんです。
今の時代子供は少なくなっているのに
年々虐待件数は増加しているらしいです。
虐待を告発しやすくなった
時代背景はあると思うのですが、
それでも見過ごしたくなくって。
なので、今はそれが将来の夢です。
篠田さんは何かありますか?
なりたいと強く思っていなくても、
これいいな、面白そうだなと
思うものがあれば
ぜひ教えて欲しいです。
明日も素敵な日でありますように。
吉永寧々』
***
『吉永へ
ここのところあんたの学校生活を
壊してしまうようなことばかり
しよって心が痛む。
でもここは謝罪ばかりもあれなので
感謝を伝えます。
ありがとう。
宝物また渡してくれて助かった。
おかげでもう少し人間らしい生活ができる。
吉永は授業サボらんと
ちゃんと元の生活にしいね。
おやすみ。
篠田澪』
***
手紙では将来の夢のことについて
返答するのは自然とやめていた。
それについて考えるのが
馬鹿馬鹿しくなっていたのかもしれない。
とにもかくにも後がないことには変わりない。
何をしたって、希望を抱いたって
仕方ないとも思ってしまう。
今日も昨日も学校に行くは良いものの
屋上手前で時間を潰した。
もちろん吉永も一緒に。
どれだけ自分の生活を大切にと言っても
彼女はうちを選んだ。
選び続けた。
学校は…先生はどう対処しているのだろう。
親には連絡したのだろうか。
吉永自身、責められたり
問われたりしたのだろうか。
そのことについては
うちに一切を話さなかった。
話してもらえなかった。
寧々「なんだかんだ3日間こうしているとなると話すこともなくなるんじゃないかと思いましたが、そうも行きませんでしたね。」
澪「それが1週間続いたら流石に飽きるやろ。」
寧々「わかりませんよ。新しい遊びでも作り出しちゃうかも。」
澪「あんたは楽しそうやな。」
寧々「そうでもありません。あ、篠田さんと話すことはもちろん楽しいんですけど…そううかうかしていられない状況ですし。」
澪「まあな。」
寧々「そういえば覚えてます?両手の人差し指をこう相手に向けて、1で攻撃されたら2にしてー」
吉永は楽しそうにそう話した。
そういえばあったな、と、
けど正式名称はわからないままだなと
どうでも良いことを考えながら
時にそれを口にしながら聞いた。
楽しそうに。
それはそれは楽しそうに話す。
まるで逼迫しているようにすら見えた。
この3日間、どうにかして
時間の隙間を作らないようにしているようで、
はたまたこの限りある時間で
全てを得ようとしているようで
時折見ていて痛々しく感じる。
心臓をぎゅっと握り締められるような、
氷柱が脳を貫くような。
そんな苦しさが心に紛れる。
反面、うちの口数はどんどんと
少なくなっていった。
意図しているわけじゃない。
ただ何となく疲れてしまった。
廊下が寒いこともあるのだろう、
省エネで生きていた。
病気が進行して徐々に
話せなくなっていく事態に似ていて
自分で嫌になってくる。
何を話してももう無駄だなんて
多少は思っているのだろう。
諦めるなだとかまだ大丈夫だなんて
周囲の人はそう言う。
けれどあまりにも酷じゃないか。
救いようもないのに、
既に頑張っているのに
頑張れ、頑張れと
声かけをしているようなものだ。
あるいは理不尽な出来事なのに
「神様は乗り越えられる試練しか与えない」
「頑張ってるのすごいね、自分じゃ無理」
と知らずして棘を刺しているのと同じだ。
こんな試練元よりない方がいいし、
頑張りたくて頑張ってるわけじゃない。
何が楽しくて闘病を頑張るんだ。
…なんて思ってしまう。
こう思ううちは捻くれているのだろうか。
じゃあ、うちはどうして欲しいんだろう。
これも長いこと考えた。
でも、やっぱり答えは出ていた。
もし透明化が治るのなら
それはそれで万々歳。
うちらは受験を頑張る、
その後の関係は成り行きだ。
旅行代や他諸々のお金をちゃんと返して、
足や心の隅を引く物はもう無くす。
問題は透明化が治らなかった場合。
何度考えてもうちのことは
忘れて欲しかった。
楽しかった記憶もなくすなんてあんまりだ、
合理的じゃないという人は
少なからずいるだろう。
でも、それがきっかけで落ち込むなら、
時間を無駄にするなら、
命を落としてしまうなら。
うちは忘れて欲しい。
吉永の今を、未来を、夢を
無碍にする権利なんてない。
そんなことしたくない。
ここまでうちのことを気にかけて
一緒に解決しようとしてくれた仲だ。
大切な人だ。
だから、吉永には
素敵な明日を迎えて欲しい。
でも、わずかに。
僅か心の奥底に忘れて欲しくないなんて
思ってしまう自分がいる。
この自分勝手な自分が、心が嫌いだった。
うちだって透明になったとき
この寂しさも忘れてしまえたらいいな。
うん。
やっぱり忘れて欲しいや。
うちのことは綺麗さっぱり、
何も残らないほどに。
何の話をしていたっけ。
吉永との会話は随分と進んでおり、
束の間の無言を挟んで
また彼女は話し出した。
寧々「…そういえば今日、奴村さんのところに行くんでしたっけ。」
澪「そう。」
寧々「私もついていきます。」
澪「ううん、よかよ。もしかしたら時間かかるかもしれんし。」
寧々「良いんです。それに、いざ奴村さんと会う時に見えなかったらどうするんですか。」
澪「宝物があるやろ?」
寧々「そうですが…それも効力はなくなりつつありますし。」
吉永はうちと繋いでいた手とは
逆の方の手を開いた。
そこには白い石のようなものが
ぽつんと乗っかっていた。
こうして手を握ってもらっている間は
宝物も同時に持ってもらっていた。
うちが家に帰ってからも時々触れて
存在を維持するためだ。
けれど、宝物に一瞬触れた程度では
30分ももうもたない。
触れたとてほぼいないように、
あ、そこにいたんだと
思われる程度にしかならない。
もう、本当に…。
…。
何でだろ。
こういう時に限って涙が出ない。
こういう場面って
「死にたくない」なんて言いながら
泣くようなところだと思ったけど。
寧々「だからついていきます。そうさせてください。」
澪「…でも」
寧々「わかりました。これでわがままは最後にしますから。」
澪「…わかった。」
吉永は引く気配なく
詰め寄ってくるものだから、
そうぽつりと返事をする。
最後というのだから
それを信用したって良いだろう。
この人は真面目なのだから、
きっと悪い嘘はつかない。
1ヶ月半弱を経て得た信頼関係は
結局こんな形だけれど、
悪いものじゃないんだろう。
じゃなかったらこうして
吉永と2人きりで
何時間も過ごしたりしない。
帰りのホームルームの
終わりを告げるチャイムが
学校中に響き渡る。
同時に、生徒の声が
これでもかというほどに溢れかえる。
ああ、学校だな。
学校にいるんだなと
何故か感慨深くなりながら
荷物を取りに教室へ戻る。
すると、不幸なことに
先生はまだ教室に残っていた。
ぱっと目が合うも、
吉永と手を離して5分ほどしか
経ていないと言うのに
既にうちはほぼ意識の中に
入ってこなかったのだろう、
彼女に視線をやっては
近寄ってきていた。
先生「やっと見つけた…!ねえ、どこに行ってたの。」
歳を召していることもあるのか、
優しそうな声が静かに聞こえた。
教室が騒がしいせいだろう。
生徒のうちの何人かは
彼女と先生の方をちらと見やった。
先生「昨日も一昨日も…保健室にいたの?」
寧々「はい。」
先生「そう…何か先生が力になれることはあるかしら。」
寧々「……いいえ、今は。」
先生「…そうなのね。」
先生は何を察したのだろう。
もしかしたら、吉永がいじめか何かに遭って
それで学校にはきているものの
授業に出ていないと踏んだのかもしれない。
最近そう言う話題って
触れようにも触れづらいところがある。
最近からではなく前々から…か。
先生自身も気を張るに違いない。
自分の受け持つクラスで
いじめなんてあった暁には
今後どう対応すればいいのか
頭を悩ませ続けることになる。
周りの評判だってついて回るのだろう。
けれど、先生は一間あけて
穏やかに言った。
気を遣っているのだろう、
小さな小さな声だった。
先生「じゃあ話せるようになったら話してね。そのための先生だから。」
寧々「はい。ありがとうございます。」
先生「あと少しだけ聞かせてね。親御さんには話してる?」
寧々「いいえ。でも先生の考えているようなことではないと思うので共有しなくても大丈夫です。」
先生「しない方がいい?それともどっちでもいいの?」
寧々「…心配かけたくないので、しない方が嬉しいです。」
先生「うん、わかった。ありがとうね。」
そのまま先生は教室を後にした。
吉永もこちらにアイコンタクトしては
すぐに荷物を持って
そのまま音楽棟へと足を踏み出す。
後何回この校舎を
行き来ことになるんだろうか。
何回校門を潜ることができるんだろう。
12月にしては随分暖かい日で、
日差しがやけに鬱陶しかった。
それ以上に風が強く、
窓越しに木々がざわめいているのが見える。
ふと隣にいる彼女の方を見る。
何だか冴えない顔をしていた。
澪「どうしたん。大丈夫?」
寧々「え?はい。寒いなぁって思っていただけです。」
澪「そう。ならいいんやけど。」
寧々「…。」
澪「…。」
寧々「…やっぱり、さっきの嘘は良くなかったでしょうか。」
澪「あー…保健室に行ってます、みたいな?」
寧々「はい。それに、時期が来たら話す…みたいなことも。どうせ話せないのにって…ちょっと思っちゃったんです。」
澪「なるほどな。」
確かに彼女のことだし、
嘘をつくのは苦手そう。
罪悪感が多少なりとも積もっているのだ。
澪「うちに言えるのは、あの先生はいい先生やってことくらいかな。」
寧々「…そうですね。」
澪「吉永もあれは…何で言えばいいかな。優しい嘘やけん、先生も怒らんよ。」
寧々「…優しい嘘になり得ますかね。」
澪「…?」
寧々「自分を守りたいだけの嘘ですよ。」
澪「もしそうやとしても、人を傷つける嘘やないはずやけんさ。」
寧々「そうとは限りませんよ。」
澪「珍しいやん。」
寧々「何がです…?」
澪「悲観的な感じ。」
寧々「そんなイメージあります?」
澪「あるな。何でもできるってやってのけてそうな感じ。」
寧々「ふふっ。そんなすごい人にはなれませんよ。」
こう話していると、
吉永も吉永で自分に自信がないのかも
しれないななんて思う。
兄を見習うことで
自信のありそうな言動をしているけれど、
もしこれが核となる吉永なら
それはそれで受け入れたい。
むしろその方が安心する。
完璧真面目人間じゃないって知れるから。
人間だってようやく
理解できるような気がするから。
同じだって思えるから。
廊下は部活動をするであろう人や
音楽科の学生で溢れかえっていた。
楽器や楽譜を持った人々が
あちらこちらへと移動している。
音楽科の中には
授業で声楽をしている人もいるだろう、
遠い世界を間近でぼんやりと眺める。
そういえばそういう部活がなかったか。
そういえば、奴村ってー。
そこまで考えていた時、
待ち合わせ場所にしていた
空き教室にたどり着いた。
既に着いてから
少し経っていたのか、
スマホをぽけっと眺めている
奴村の姿があった。
あれから、あのトンネルを潜った日から
特にこれと言って
変化があるようにも見えず、
良くも悪くもいつも通りのよう。
寧々「お待たせしてすみません。」
澪「久しぶりやな。」
陽奈「…!」
奴村は座っていた席から
飛び上がるように立っては
ぺこっと頭を下げた。
寧々「驚かせてしまってごめんなさい。えっと…今日することは聞いてますよね。」
奴村は首を縦に振る。
それから、意思疎通をするために
スマホを探していたのか
左右をちらちらと見た後、
困ったように片手を差し出した。
そこではっとしては
吉永の腕をつつく。
澪「うちのこと見えとらんのちゃう?」
寧々「え…でもついさっきまで…。」
澪「もう15分は経っとうやろ。」
寧々「…!…今…もうそんなに早いんですか。」
澪「知らん、大声あげたら多分気づくくらいっちゃない。でも驚かしたら可哀想やけん。」
陽奈「…?」
奴村からしてみれば
吉永が1人で喋っているように見えたのだろう。
小さく首を傾げていた。
まるで小動物のような
反応をするななんて
呑気なことを思いながら
吉永の手を握る。
すると、突如として
奴村が目を見開く。
ついさっき左右を見ていたのも、
今の反応を見る限り
うちのことを探していたのだろう。
澪「これで聞こえとう?」
奴村「…!」
今度はうちの声に反応して
首を縦に振った。
不安げな顔をする吉永を他所に、
希望すら持たず
差し出された奴村の手を握る。
吉永と初めて握手をした時と
同じくらい弱い力で。
念の為と思い少し長めに、
とはいえ1分ほどだが握手をする。
その間、奴村は目線をどこにやればいいのか
迷っている様子が見て取れた。
結局俯いてしまったけれど、
そのまま手は握らせてくれた。
手を離すと、そこに溜まっていた温暖が
音もなく散っていった。
澪「ありがとうな、時間作ってもらって。」
陽奈「…。」
今度は首を横に振る。
どうってことないよと
言っているかのように
目を細めては笑っていた。
寧々「どうですか…何か、こう…変化とか。」
澪「自分じゃわからん。とりあえず時間をおいてみんと。」
寧々「それならこの後少し一緒にいませんか。あ、そうだ。奴村さんも一緒にお茶とか。」
澪「ごめん、姉と少し用事があるんよ。」
寧々「用事ですか。」
澪「そ。だけんごめん。また今度な。」
寧々「…わかりました。」
澪「奴村も。」
陽奈「…!」
吉永は納得いかなさそうな顔をしていたが、
踏み込むのも違うと思ったのかもしれない。
ただ、彼女だって気づいているはずだ。
そんな用事あるはずないって。
それに、吉永はうちの家を知っている。
そのまま押しかけて
姉に直接問えば
嘘かどうかなんて一目瞭然だった。
けれど、それを飲み込んだのか
それ以上言ってくることはなかった。
学校内で奴村と別れ、
2人で校門を潜っては
最寄駅まで一緒に帰る。
いつしか足が不意に止まってしまった
大通りの横断歩道や
既に16時が近づいていて
力尽きそうに点灯する街灯だとか、
様々なものが、景色が飛び込んでくる。
この全てが変化していることを
なあなあに過ごしているだけの時は
気づくことはできなかった。
最寄駅に着いて
ここで別れようと思った時。
吉永はスマホを取り出して
小さく口を開いた。
寧々「すみません。連絡先…交換しませんか。」
澪「あれ、もっとらんかったっけ。」
寧々「はい。ずっとTwitterのDMです。」
澪「そうやったかも。」
寧々「一応ボイス機能もありますが…電話できる方がいいと思うので。」
澪「わかった。」
寧々「休日、もし透明になりそうだったら…いや、そうでなくても、いつでも呼んでください。」
澪「ん。」
そっけない返事をしては
見せられたLINEのQRコードを読み取る。
そこには吉永寧々の連絡があった。
澪「なあ、吉永。」
寧々「はい。」
声が震えそうになる。
あれ。
何で呼び止めたんだっけ。
もう忘れてしまった。
けど、体は覚えていたのか、
自然と口が開いていた。
澪「使命感で…どうしてここまでできるん。」
寧々「…それはどういう意味ですか。」
澪「この前あんたがあんたのお兄さんを真似ることを否定した。もう真面目でいる必要はないはずやん。もう使命感はいらんはずやんか。」
寧々「…。」
澪「まだあんたの中で引っ掛かっとるところはあるんやろうとは思う。…っていうか、それが全部か。」
寧々「そういうことにしておいてください。」
澪「ずるいやっちゃな。」
寧々「ふふっ。」
多くは話したくなかったのだろう。
彼女にしては珍しく
早々に話を切っては小さく笑った。
けれど、いつぞやと同じように
目元は笑っていなかった。
時々あるのだ。
笑っているけど、笑っていない時が。
遠くを見ているような目をしている時が、
彼女にはあった。
それを見ないふりをして改札を通る。
寧々「明日、勉強会をしませんか。」
澪「ん。」
寧々「10時とか。」
澪「わかった。」
寧々「絶対来てくださいよ。」
澪「あんたこそ遅れんでな。」
ああ言えばこう言うように
可愛くないことを口にする。
そして手を振っては
別々の電車に乗り込んだ。
1人で車窓を眺めると、
そこには僅かにうちが反射していた。
こうしている間にも
どんどんと見えなくなっているのだろう。
奴村とのことで
何か影響があったのなら、
今も見えているのだろうけど。
ポケットの上から手を重ねる。
吉永からもらった宝物がひとつ、
眠るように入っていた。
澪「…。」
ため息すら吐かずに家に帰る。
おかえりもただいまもなく、
閑散とした家はまるで動物の死体のよう。
玄関から進んでリビングに行くと
ちゃんと電気がつけられていて
ようやく人の気配がした。
食卓にいた姉の前に座る。
それでも姉からは何の反応もない。
澪「なあ。」
雫「…。」
澪「うちのことずっと気にかけてくれてありがとな。」
雫「…。」
澪「うちと和解して、うちのことを世話…っていうか…して、うちが好きなことができるようにって…目標にして頑張っとったっちゃろうね。」
雫「…うーん…このスケジュール…きついかな。」
澪「ずっとうち関連のことをゴールにして生きていよったけど…これから1人でやってけると?」
雫「……やっぱりちょっとここのバイトはきついかぁ…。」
澪「あははっ…最後の話も聞かんって。しょうがない姉やね。」
雫「…。」
澪「もうあんたにココアを入れてあげられる人はおらんくなるけんな。」
雫「…。」
きっと、これまでの2年間で
姉が感じてきたようなことを
うちが今経験しているのだろう。
そこにいても話しかけても無視されて、
まるでいないように扱っていた。
なんだ、ただの自業自得か。
自室に戻っては
便箋を引っ張り出す。
なんだかんだであと
5枚ほどしかない。
『吉永へ
短くて長いつきあいやったけど
今までありがとう。
でもな、もうそろそろ無理やと思う。
四六時中あんたとおらんと
人には見えんくなってしまった。
吉永から離れて1日もすれば
人にすら触れん時が出るようになった。
実はな、最後渡してくれたビー玉。
あれ、この2日間くらい
持っとらんかったんよ。
何でって思うよな。
うちもわからん。
諦めとったんかもしれん。
だけどとっといて良かった。
これを持って遊びにいってくるわ。
これで文通はおしまい。
なんだかんだ言って楽しかった。
ありがとう、おやすみ。
篠田澪』
澪「よし、あとは耐久戦やな。」
吉永がこの数日間
宝物にこめてくれた力が
どの程度持つのかによる。
こうして透明に近づく中で、
そうなればなるほど
外気温の影響を
つけないだろうことに気がついた。
寒いと思わなければ、
お腹が空くなんてことも
なくなってきた。
ただ、宝物や吉永に触れると
その欲や体そのものの機能も
少し戻ってくるようで。
だから夜中に散歩したって、
どんどんと冷えていくはずなのに
逆にどんどんと
何も感じなくなっていった。
終わりが近いのだろうな。
何度も思う。
何度も思って、
その度に泣けるかどうか試してみる。
けど、やっぱり駄目で。
手紙を閉じては鞄に詰める。
便箋にペン、その他貴重品を詰め込んで
すぐさま布団の中に飛び込んだ。
今日くらいはお風呂を
明日の朝に回したっていいだろう。
どうせ誰にも怒られないから。
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