大切な人
旅行を終えて1日。
たった1日しか経っていないというのに、
現実の重量感ときたら
これまたずしんとくるもので、
教室で勉強している人たちを見たら
受験生だったと思い出さざるを得なかった。
朝、自分の席に着く。
吉永は既に登校していて、
参考書と向き合っていそうだ。
教室の後ろの方の扉から入ったからか、
彼女はまだうちが登校したことに
気づいていなさそうだった。
机の中を見ると手紙が入っている。
毎日交換していたのだが、
昨日はどうやら浮かれすぎていたようで
書いたけど持ってくるのを
忘れちゃいました、と
まるで課題を提出していない生徒のような
ことを言っては笑っていたっけ。
そのことを思い出しながら封を開いた。
『篠田さんへ
まずは2日間本当にありがとうございました。
唐突な旅行でしたのに、
時間を作ってくれて嬉しかったです。
篠田さんと旅行ができるなんて
これ以上ない幸せです。
重ねてありがとうございます。
今日は沢山歩きましたし、
早めに休んでくださいね。
明日から普通に学校があります。
まだ楽しかった夢の世界から
帰れていないので、
現実逃避をしたくこれを書いています。
なりたかったものですか。
確かに私も忘れていました。
昔から兄のようにと憧れていたので、
もしかしたら誰かを助ける
ヒーローとか答えていたかもしれません。
そう思うと、今の自分の夢は
割と現実味を帯びるようになったなと、
こんなところで成長を感じてしまいます。
私も少し前まで
何をしたらいいのかわからない
哲学的ゾンビみたいな感じでした。
笑ったり楽しんだりは
表面上しているのですが、
内面はなんとも思わない、
いえ、思おうとしても思えない…みたいな。
けれど大きく環境が変わって、
こうしてまた篠田さんと
仲良くなることができて、
いろいろなことが
楽しいと思えるようになったし、
楽しんで良いんだと
思えるようになりました。
それに、あなたは私の全てを
否定するようなことを
言っているなんて言いましたが、
それは私が欲していた言葉でもありました。
私の中の紛い物の兄を
否定してくれてありがとう。
全てを唐突に変えることは
まだまだ難しいですが、
ちょっとずつ進みたいと思います。
目標が口だけになってしまわぬよう、
少しお手伝いいただけませんか。
篠田さんのこと、
名前で呼んでみてもいいですか。
また一緒の時間を過ごしてくれて
ありがとうございました。
また旅行しましょう。
学校が始まりますが、
明日も素敵な日でありますように。
吉永寧々』
澪「…進んどるんやな。」
独り言を言ったって
もちろんこうして手紙を読んでいたって
誰1人として気づかれない。
吉永のくれた宝物に触れても
まやかしのような言葉を使うのであれば
もうあまり力が残っていないらしく、
人に認知してもらいづらくなっていた。
案の定透明化は進行しており、
今や吉永本人に触れても
1時間ほどで認知されなくなっている。
それは彼女も気づいているようで、
毎授業後に手を握ってもらっていた。
それでも授業中には
必ず当てられることなく、
もし話し合うような授業内容だったとて
参加しなくても気づかれない。
逆に参加しようとしてもできなかった。
どうすればいいんだろう。
願ってしまった手前、
もう後戻りはできないのだろうか。
澪「…。」
ある意味、それが願った責任
というものだろうか。
伏せて眠ってしまおうかとしたところ、
いつ気づいたのだろう、
吉永がこちらに向かって来ていた。
寧々「おはようございます。」
澪「おはよ。」
寧々「今日の放課後…少し良いですか。」
澪「お昼でもいつでも。」
寧々「そしたらお昼にしましょうか。また音楽棟の方でも行って。」
澪「ん、わかった。」
音楽棟と言っているあたり、
勉強会をしようということでは
なさそうだった。
できるだけ早くに
話し合いたいことがあるのだろう。
手に触れ、彼女が席に戻る。
だらだらと話すことをせず、
それからしばらくしては
朝のホームルームが始まった。
昼になって早々
お弁当袋を持って吉永の席に向かう。
そのまま音楽棟で食べられれば
時間的にも余裕が出来やすいだろう。
それを見た彼女も察したのか、
同じようにコンビニで買った
パンを取り出していた。
ついでのように手を出されたので、
犬のように手を触れてはすぐに離す。
話し合いは長くかかりそうだと思い
さっさと教室から出ようとした時だった。
「待ってよ寧々ちゃん。」
寧々「はい、何でしょうか。」
吉永と普段仲良くしていた
グループの1人が声をかける。
うちのことは見えているのだろう、
友人の困惑した視線から
気まずくなるのが目に見えており、
億劫になって1歩下がる。
「2人ってそんなに仲良かったっけ。」
寧々「…仲直りをしたんです。」
吉永は一瞬言葉を選んでは
少し気恥ずかしそうに、
反面誇らしそうにそう言った。
きっと仲良くなったんですと
言おうとしたのだろう。
けれど、過去の世界線を
肯定するかのように、
仲直りと口にしていた。
言い得て妙だなと思う。
うち自身が勝手に嫌っていただけで
喧嘩しているように見えたに違いないから。
「そっ…か。」
寧々「すみません、急いでるので。」
「あ、あのさ、篠田さん。」
澪「…え、うち?」
話しかけられるとは思わず
廊下を眺めていたのに、
急に呼ばれてはっとする。
目が合うと、その子は緊張しているのか
肩を僅かに上げた。
「…最近寧々ちゃんと一緒にいるの、何か弱みを握ってるからとかじゃないんだよね?」
もしそう思っていたとしても
正面切っていうことではないだろうに。
そんなことを考えながら
吉永の腕を引いた。
澪「さあなぁ。早よ行こ。」
寧々「あ、ちょっと、篠田さん!」
吉永は友人に「そんなことありませんからね」
と注釈を入れていたけれど、
そんなことはお構いなしに
緩やかに手を引いた。
寧々「ちょっと。誤解を与えるようなことを言わなくても。」
澪「その方が困った顔しとって面白かったしいいと。」
寧々「篠田さんがいいなら良いんですけど。」
吉永は半分呆れたように、
もう半分はなんだか楽しそうにそう言った。
まるで学校のある日に
ズル休みをして
あちこち歩き回っている気分だった。
そのまま音楽棟まで向かい、
この前も過ごした教室に入る。
すると、埃っぽくて冬らしい
閑散とした空気が肺に広がる。
澪「やっぱ少し寒いな。」
寧々「ですね。少しどころかとても。」
澪「あんた寒がりそうやしわかるわ。それはおいといて、話したいことがあるっちゃろ。」
寧々「…はい、そうでした。」
隣に座ってはパンを
抱えるようにして椅子に座る。
まだ食べない姿勢であるのが見て取れる。
寧々「単刀直入に聞きます。透明化の具合、酷くなっていますよね。」
澪「…まあ。」
寧々「毎授業後に1度触れてももう足りないじゃないですか。」
澪「そうなって来とるんかもな。」
寧々「…おまじないは。」
澪「もっとうよ。でもだんだん効力は無くなって来た。」
制服のポケットに入れていた
彼女の宝物を取り出す。
丸く、白い石のようなそれが
窓から差し込む微かな光に照らされた。
寧々「…そうでしたか。」
澪「持ってたら解決するというより、あんたのもっとった時間によって効力が強まるんかも。」
寧々「持っていた時間?」
澪「そう。正確にいうなら手にもっとった時間やな。」
寧々「なるほど。所有はしていてもずっと机の上に置きっぱなしだとおまじないを込められない…と。」
澪「やと思う。」
寧々「…。」
澪「…だけん、おまじないも完全には当てにならん。」
寧々「あの。ひとつ提案があるんですけど。」
澪「なん?」
寧々「不快になること承知で言いますが…体内に私を構成するものがあればと思ったんです。」
澪「…何言っとうと。」
寧々「指でもどこでも良いので切って…嫌だとは思いますが血を飲んでもらうのはどうかと思ったんです。」
澪「あんた冗談は…」
寧々「冗談に見えますか。」
澪「…!」
吉永は決して冗談などではなく、
真剣にそう言っていた。
そうだった、いつだって彼女は
本気で取り組んでいた。
今回だって本気なのだ。
血を。
ただの言葉として浮遊する。
嫌だとか以前に理解が追いつかない。
吉永を構成しているものを
体内に入れることで
存在し続けられることが
あるかもしれないとはわかる。
けれど。
澪「冗談には見えん。けど、それは受け入れられん。」
寧々「…っ…そうしたくないのはわかります…だけど。」
澪「したくないからとか気持ち悪いからとかやなくって、吉永を傷つけることになるのが気に入らんと。」
寧々「そんなこと言ってられない状況ですよ。」
澪「落ち着いて聞いて。うちは確かにこの現象は治したい。けど、吉永を傷つけて成り立つものであるなら、うちはあんたを傷つけとる事実で自分が嫌いになると思う。」
寧々「…っ!」
吉永は目を見開いては
困ったまま俯く。
この言い方をすれば
彼女は葛藤することは目に見えていた。
うちに向かって
「存在していても良いと思わせる」
なんて言うのだから。
ややあってから
吉永は顔を上げた。
寧々「…本当ならば、無理を通してあなたの透明化を止めたい。」
澪「効くかわからんけどな。」
寧々「やらないよりましです。…でも、それをすることで篠田さんが罪悪感に駆られるのであれば、それは本望じゃありません。」
澪「じゃあその代わり、この宝物をしばらく返すけん。」
寧々「…っ!それはもう諦めるってことですか…?」
澪「いいや、数日間持っとって。できれば手に。そしたら効力がたまると思うけん。」
寧々「…わかりました。」
そういうと、差し出したままだった宝物を
そっと手にしては
ぎゅっと握りしめていた。
澪「それにしてもさ。」
寧々「はい?」
澪「なんで血ならいけると思ったん。」
寧々「他のどこよりもまだ良いんじゃないかと思ったんです。」
澪「…そうけ?」
寧々「考えても見えくださいよ。髪の毛や皮膚を食べさせるわけにも唾液に代替するわけにもいかないでしょう?」
澪「…まあ、確かに。」
寧々「だからあの提案だったんです。」
また考えを巡らしているのだろう、
宝物を手にしたまま
昼食を取り出した。
今日までも寒い日が続く。
きっとこれからも。
それなのに、その先までうちが
彼女といられる未来が見えなかった。
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