秋の亡骸は明日の朝に

『吉永へ


今日は一緒に駄弁ってくれて助かった。

うろの話、ためになった。

うちも何か見つけてみたいわ。


メロンパン好評で良かった。

今度は吉永のおすすめも教えて。


ごめん、今日は眠いけん短めに。

おやすみ。


篠田澪』





***





初めてこんなに短い手紙を書いた。

自分で行ったことなのに

どうしても自分がしたように思えず、

何だか別の人格が

書いたのではないかと思うほどだった。

何故だかペンが走らず、

眠気を理由に手紙を書き終えた記憶がある。

それでも冬の日はやってきて、

気づけば12月が居座っては

11月などとうの昔だと

言わんばかりに去って行った。


12月ともなれば、冬服はもちろんのこと

冬用のセーターを着ている人や

黒タイツを身につけている人、

はたまた早いことに

マフラーを巻いている人までいる。

12月と聞けば流石に冬だと思うが、

昨日の気温からして

本格的な冬はまだまだ先だと思っていた。

が、どうやらここは冬のど真ん中らしい。


教室に入って早々

自習をしている吉永を見つけた。

席に近寄っては

たまたま空いていた横の席に座る。

すると、何で気付いたのか

勢いよくこちらを見ては

穏やかそうな笑みを浮かべて、

けれどまだ疲労が

残っていそうな顔で口を開いた。


寧々「おはようございます。」


澪「おはよ。」


寧々「調子はどうです?」


澪「体は元気。そっちは。」


寧々「まずまずですね。」


澪「あんまよさそうには見えんけど。」


寧々「昨日に引き続き少し寝不足でして。」


澪「遅くまで頑張りすぎや。」


昨日の会話から夜の時間に

何やら調べごとをしているらしいことには

目処が立っている。

自意識過剰なのかも知れないが、

もしかしたら透明化のことについて

調べているのかもと考えてしまう。

これほど吉永のことを

推測してしまう程度には

彼女のことを観察しているらしい。

つい1ヶ月前までは

嫌いで仕方なかった相手で

話したことすらないといっても

過言ではないほどのはずなのに。


寧々「えへへ…でも、昨日は楽しくって眠れなかったんですよ。」


澪「なん、配信?」


寧々「それも少しありますが、さほど関与してません。」


澪「じゃあ何しとったん。」


寧々「突然質問を質問で返すようなことをしちゃって申し訳ないんですが…明日と明後日って予定はありますか?」


澪「え?」


唐突な質問を思わず虚を突かれる。

何事かわからないながらに

なあなあに首を縦に振った。


澪「まあ、両方ともないけど。」


寧々「よかった。昨日言ったこと、覚えていますよね?」


澪「あー…楽しみなイベントを作る…って話やったっけ。」


寧々「はい。あの話があってからいろいろ考えたんです。」


澪「本気やったんや。」


寧々「私はいつだって本気です。」


澪「あはは、そうやったな。」


寧々「それはさておき、どこに行くか考えていたんです。」


澪「候補は?」


寧々「まあそう急がないでください。候補はたくさん出ましたよ。昨日言った動物園や水族館、東京の新大久保あたりで食べ歩きとか、テイストを変えて映画館やプラネタリウムとか。」


澪「そういや手紙に書いてくれとったよな。」


寧々「読んでくれたんですね。」


澪「そりゃあ。あとバスツアーとかドライブとか…いろいろ書いとったろ。」


寧々「はい。でも私、考えたんです。」


澪「なん。」


寧々「私たちは受験まで残りわずかな時間しかなく、体力的にも精神的にもすり減っています。」


澪「そうやな。」


寧々「年末年始も気が気でない。」


澪「目に見えるわ。」


寧々「何ヶ月も蓄積した疲労をそのままに本番までずるずると引きずるのは嫌だな、と。」


澪「ほう。」


寧々「うまく休日を設ければよかったんですが、気を抜くことが難しい状況です。」


澪「うちはそうでもないけど。」


寧々「さておき、です。そこで篠田さんに提案です。」


澪「うん。」


寧々「自分たちの労いのため、1泊2日で温泉旅行に行きませんか。」


澪「あーね。……ん?」


聞き間違いかと思って

思わず脳が処理することをやめた。

聞き返すか迷ったけれど、

1泊2日、温泉旅行まで聞き取れているようじゃ

如何にも反転する余地はなさそう。


澪「ほんま急やね。」


寧々「はい。…正直なところ、篠田さんの事情をあまり考えず、私が行きたいだけなのですが…。」


澪「場所は決めとると?」


寧々「遠くてもあれですし、箱根で考えています。」


澪「本気なんや。」


寧々「さっきも言ったばかりじゃないですか。いつだって本気ですって。」


澪「そうやったそうやった。」


寧々「お宿も比較的お手頃な場所はありましたよ。」


澪「いろいろ調べてくれてありがとうな。」


寧々「いえ。」


澪「じゃあ何時に集まる?」


寧々「…え!」


澪「え、ってなんね。」


寧々「行ってくれるんですか…?」


ここまで押しておきながら、

実際行くとは思っていなかったらしい。

自己肯定感が低いのか高いのか

定かじゃなくなると同時に、

うちはそこまで信用ないのかと

自虐的に少し微笑む。


澪「はぁ…?旅行するために調べてくれたっちゃろ?それに思い出作りしたいって思ったんは本心やし。」


寧々「そうですか…よかった。」


澪「んで、時間は?」


寧々「行きたい場所があるのでー」


吉永は疲労も

吹き飛んだかと思うほどに

嬉々として話してくれた。

それを見ていると、

言い合いをした昨日や先月が

嘘かのように思えてくるものの、

うちも自然と口が開いては

彼女と話した。


それと同時に、

受験前最後のちゃんとした息抜きに

なるかも知れないなんて思う。

この時ばかりは

勉強のことなど忘れ去って

しっかり休もう。


教室内ではいつものように

喧騒であふれかえっている。

いつもの光景のはずなのに、

数人がこちらのことを

奇妙な目で見ているような気がした。

上に組んでいた足の指先が

痺れてしまったのか

微かにぴりりと痛む。

それでも間違うことなく

時間は確と進んでいった。


あれこれと予定を話したあと、

不意に制服のポケットにしまっていた

宝物に触れる。

すると、誰かが横を

走り抜けて行ったような

微かな冷たい風が吹く。


澪「流石にもう冬やな。」


寧々「まだ秋かも知れませんよ。」


澪「それは強がりすぎやろ。」


寧々「ふふ、そうかも。でも、毎朝「明日から冬だ」と思っていたらいつの間に春になっていたなんてことありません?」


澪「うちはないな。」


寧々「あら、そうでしたか。」


澪「でもあれやろ、明らかに花粉症やのに診断でんかったらまだ違うっていうのと一緒やろ。」


寧々「そんな感じです。」


澪「ちょくちょく思っとったけど、あんたって結構脳筋よな。」


寧々「もちろん褒めてますよね?ね?」


澪「はいはい。」


寧々「ふふっ。」


調子が狂うとは

こういうことを言うのだろう、

吉永に乗せられるようにして

今日までなあなあに過ごしていた。

…もはや、なあなあに過ごしているなんて

言える時期ではないのかも知れない。


うちらが気づかない間に

物語は佳境に向かっている可能性だってある。

人生は本ではないから、

いつ終幕が訪れるのか

てんでわからないのだ。


だから、こうして2人でどうでもいいことで

笑い合えている時間が大切なのだろう。

これまでも、きっとこれからも。





***





帰宅してすぐにクローゼットの奥底で

眠っていた大きめの

リュックを引っ張り出す。

黒色の生地のせいで、

わずかに被っている埃が目につく。


澪「やば。」


粘着カーペットクリーナーで

あらかた掃除をしてから

衣服や必需品を詰める。

化粧水や化粧品は

明日の朝使うからまだ入れちゃ駄目、

充電器もお預け、お金は…。


澪「本当に大丈夫とかいな。」


改めてDMを見返す。

そこには学校で話しきれなかった

予定などがつらつらと並んでいた。


寧々『宿とりました!』


澪『ありがとう。明日お金渡すわ。』


寧々『いいえ、いりません。お宿代は出させてください。』


澪『は?それは嫌なんやけど。2人分でとったっちゃろ?』


寧々『そうですが…。』


澪『それに、安い出費じゃないっちゃけん。』


寧々『バイトしていたのでそこは気にしないでください。』


澪『ここは譲りたくないっちゃけど。』


寧々『じゃあわかりました。妥協案として、篠田さんが元通りに戻ったらお代をいただきます。それでどうですか。』


澪『またそう言って。結局貰わんつもりやろ。』


寧々『いいえ、約束します。』


澪『…わかった、それで別によかよ。』


寧々『ありがとうございます!』


澪『絶対今度払うけんな。』


吉永のことだから

「新手の脅迫ですね」なんて言って

何食わぬ顔でにこにこしていそうだと

想像できてしまう。


澪「…。」


話題らしい曲を適当に流しながら

服を1着リュックに詰める。

何だか修学旅行前夜のようで、

それとなくわくわくしている自分がいた。

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