ささやかな願い

『吉永へ


宝物ありがと。

やっぱ持ち運んでる間は

声をかけることもできれば

ぶつかることもない。

この前長く触れたことも

少しは関係しとるかもしれんけど、

最近短期間で透明になりつつあったのを思えば

明らかに認知されてる時間は長い。

効果はありそうやね。


最近やり残したことないかなーとか

時々考えてしまうっちゃん。

もうすぐで有名アニメの2期始まるなとか、

でもやっぱり1番は

受験終わったら何がしたいかなとか。

うちはまだやりたいことも

好きなことも何にもないっちゃけど、

吉永は何か好きなことあったりすると?

ほんと、どうでもいいようなことを

考えとう時間が長くなった。

おかげで勉強に身が入らん。

だけんまた勉強会しよ。


なあ。

この前コンビニで

美味しいパン見つけたんよ。

塩バターパンとメロンパンを

合体させたようなやつ。

買ってみて。


おやすみ。


篠田澪』





***





おまじないのために

宝物をもらってから早2日。

宝物をもらった翌日には

本当にうちの宝物と思えるかは不明瞭な

彼女からの1通目の手紙を渡した。

正直思い当たる節がないのだ。

あったとしても、

それは交換してはならないから。


家では吉永からの宝物がなければ

姉にすら声をかけられなくなっていた。

話しかける手前に

短い時間ながらそれを手にして

姉に話しかける。

買い物に行く時だってそうだ。

レジの前で宝物に触れれば

それで短時間にしろ

見えるようになるのだから。


側から見れば見えるように

なりたい時にそうなれる、

都合の良い透明人間でしかない。

それでも悪事を働いていないだけ

偉いとすら思いたい。


授業も碌に聞かなければ

暇疲れを起こしながらも

放課後になっていた。

11月の終わりにしては

比較的暖かな気温で、

うたた寝したくなるほど。

今日は…と言うより

今日も何もする気が起きない。


すぐさま帰路につこうと

教室の扉を潜る直前の時だった。


寧々「篠田さん、待って。」


澪「なん?」


寧々「一緒に帰りませんか。」


吉永は相変わらず

くりっとした目のまま

こちらを見やる。

が、何となく以前よりも

元気がないように見えた。

目の下の隈のせいだろうか。

もう少しで高校生活最後の

学期毎試験があるのだし、

それ以前に受験生ということもあり

勉強を詰めているのかもしれない。


そんな姿を見かねては

一緒に帰ることも憚られるような気がした。

うちと一緒にいたって

心配事を増やすだけなのだ。

考えたって、おまじないを実行したって

うちの透明化の進行は止まらない。

今は彼女のくれた

宝物のおかげで何とか

長いこと触れずとも過ごせているが、

感覚としては後2、3日

もつかどうかだろう。

長く一緒にいるといるほど、

うちがどんな状況にいるのか

知られてしまうのが怖かった。


こいつのことだし

家の近くまで来ようと

してくる可能性だってある。

口から細く息を吐き、

既に鞄を肩にかけていた彼女へ試験を向ける。


澪「方向違かろうもん。」


寧々「最寄り駅までです。」


澪「じゃあそれ以上はついてこんね?」


寧々「駄目なんですか?」


澪「駄目なわけやないけど。」


寧々「ならいいんですね?」


澪「あのなぁ。」


寧々「何でしょう。」


何故かわからないが、

今日の彼女はどうやら

無理に押し切ろうとしているのが見て取れた。

何事にもささやかな怒りを

抱いているようにすら見えてしまう。

昨日の今日で何があったのか知らないが、

何かしら頭に来ることが

あったのかもしれない。


とはいえ、それをうちにあたられても困る。

聞こえるようにため息を吐いたのち、

肘をついて口を開いた。


澪「うちらは利害関係で成り立っとうだけや。それはわかっとうやろ。」


寧々「はい。もちろん。」


澪「そうよな、ただの使命感やって認めたっちゃけん。」


寧々「何が言いたいんですか。」


澪「だからってうちはあんたのお人形さんになったわけじゃないと。」


寧々「…っ!」


澪「これはどちらかが下とかない利害関係やって思っどったんやけど?」


正直なところ、この利害関係は

完全にうちが下になる。

うちは吉永がいなければ

他者評価の善悪以前に

そもそも存在することができないのだから。

けれど、吉永には言葉が刃物に見えたのか、

口をつぐんではひと呼吸置いていた。


澪「だけん今日はやめや。」


寧々「…わかりました。」


澪「なん今の間は。」


寧々「何でもないです。さっさと行きましょう。」


澪「あ、ちょっと。」


眉を下げ、不機嫌そうにそう言っては

うちのことを置いていくように

席から離れて追い越していった。

その小さな背を追うようにして

教室から踏み出す。

すると、廊下には暖房が入っていないため、

刹那一気に体が冷やされる感覚に陥った。

まるで巨大な冷凍庫に

背を押されて投げ込まれたよう。

日差しの恩恵がない場所では

冬の進行が止まらない。


むすっとした吉永を追って

そのまま校外へと足を進める。

靴箱に入っていたローファーが

これでもかと冷やされており、

足の指先が酷く冷える。

夏の方が好きではなかったはずなのに、

今ばかりは夏が恋しくてたまらない。


校門を出てすぐも吉永は

うちのことを置いていこうとするかのようで、

底知れない不安が巣を作り出していた。

また悪態づいてしまったように

見えたのかもしれないと反省する。

実際そうだったのかも知れない。

強く出られると強く返してしまうのは

自分の汚点でしかなかった。

改めて自分の言った言葉を、

言ってしまった言葉を思い出す。





°°°°°





澪「だからってうちはあんたのお人形さんになったわけじゃないと。」


寧々「…っ!」





°°°°°





澪「…図星かいや。」


そういえば、吉永の母親は

何かしら問題があったと聞いた。

もしかしたら吉永の中で

思い当たる節があったのかも知れない。

これは完全な空想話でしかないが、

親と似たようなことを

してしまっていた…だとか。

そう思うと、うちは心無い言葉を

言ってしまったのだと

心臓が萎む思いがする。


同時に、そうか、と。

これまでここまで親身になって

考えてくれている方が

珍しい話なのだと思い出す。

吉永は他人の評価が異様なほどに

大切らしい狂った人だと思っていたが、

「真面目にならなきゃいけない」と

豪語するにしろ、

自分の時間を奪われてまで

ここまでする人はいない。

本当に目的を遂行しようと

…真面目だという評価を

得ようとしているだけなのか、

それとも何か裏があるのか。

つい最近まで共に勉強をし、

文通をして利害関係として

信頼できるようになってきていたのに、

唐突に弱みを握られているのではないかと

薄暗い窓の外のような不安が

こちらを覗き見ている。


ふと、青信号が見える。

それを目の前の彼女は

すたすたと歩いてゆく。

白線を飛び越えて渡っていたのが懐かしい。

今では飛び越える勇気どころか、

横断歩道に踏み出す勇気すらなかった。

勇気…というよりかは

気力がなかった。


澪「吉永。」


掠れた声で彼女を呼ぶ。

冬の空気のせいで喉が乾燥して仕方がない。


多くの学生がうちを抜かして

横断歩道へと足を進める。

今ここで宝物に触れれば、

人々に見えるようになっては

あの人はどうして

立ち止まったままなのだろうと

奇妙な目で見られることだろう。

今では1日おきに触れなければ、

それどころか長く…

5分ほど触れなければ

1日継続して認知させることはない。

宝物の効力を調べる関係上、

昨日は触れていなかった。


澪「…。」


遠くなる背中を前に、

うちは横断歩道すら渡らず

立ち止まることしかできなかった。


そっかぁ。

このまま吉永の前から消えるように

どこかにかくれんぼし続ければ、

うちは本当に透明になってしまうのだろう。

もしそうなったら、

彼女は諦めてくれるだろうか。

それとも。





°°°°°





澪「さっきも話の途中やったけど…もし耐性がつき切ったらどうするん。」


寧々「元に戻す方法を探します。」


澪「透明化し切ってしまったら?」


寧々「それでも探しますよ。」


澪「あんたの前からもおらんようなったらもう無理やろ。」


寧々「見つけるまで探します。」





°°°°°





見えなくなっても

見つけられる兆しがなくとも

探し続けてしまうのだろうか。


それはうちにとっては不本意だ。

うちが消えたのなら

彼女にはうちのことを

綺麗さっぱり忘れて

元の生活に戻って欲しい。

ただの使命感での関係とはいえ、

あんたの余計な時間を取ることは

何度も思うが本意ではない。


澪「…。」


もしも、本当に消えることに…

否、透明になってしまったら。

その時は彼女の記憶から

うちのことを消して欲しい。

そうとすら願ってしまいたくなるほどに、

日に日に磨耗していくような

彼女を見ているのは辛い。


もし、この透明化が

願って叶いかけているのなら、

おまけをつけてくれたって構わないだろう。

そうなれば…本当に記憶すら消せるのなら、

彼女の中から彼女の兄の存在も

…それから、三門の記憶も

全て葬り去って欲しい。

きっと三門のことを

探し続けている家族だって

気が気でないのだろう。

現在どのような状況かは知らないが、

吉永は存在すら消えてしまった人に

これでもかというほど縛られている。

既に輪ゴムでがんじがらめなスポンジに

追加して輪ゴムで縛る趣味はうちにはない。


なら、お願い。

もしうちが透明になったら、

存在せんかった人たちの記憶が

なくなりますように。


でも、もしわがままを言っていいのであれば。

これが彼女を苦しめることでしかないのは

わかっているのだけど、ひとつだけ。

吉永が少しだけでいい、

うちのことを覚えていてくれたらー。


寧々「何してるんですか。」


澪「…!」


いつの間にか俯いていたようで、

はっとして顔を上げると

うちの腕を掴んだ吉永がいた。

吉永は不安げな顔で

こちらを覗き込むように見ている。

ご主人様を探していた子犬のようで、

元より潰えかけていた心が

さらに痛めつけられそうになる。


信号は青だったはずが

今では点滅しており、

まもなく赤に変わってしまった。


寧々「…待ちますか。」


澪「吉永。」


寧々「はい、何でしょう。」


澪「あんた急ぎ過ぎっちゃない?」


腕を掴まれたままのせいで

散歩させられている

犬のような気持ちになりながらも、

他の生徒がたまたまいないのをいいことに

振り払うことはしなかった。

ただただ振り払うのが面倒なだけ。


澪「いろいろ…切羽詰まっとるのはわかるけど、もしうちのことでそこまで悩んどるんやったら今すぐやめや。」


寧々「…どうしてです?」


澪「どうしてって言われても…当事者のうちはこんなに落ち着いとるとよ。」


寧々「前々から言おうと思っていたのですが、伝える必要はないかと思って黙っていました。でも、すみません。聞かせてください。」


澪「なん。」


寧々「本気で解決しようとしてますか。」


ぐ、と強く腕を掴まれる。

隣に佇む彼女はうちのことを一瞥もせず、

信号の方向を眺め続けていた。


その言葉が図星だってことは

うちだってわかっていた。

諦めていたら、期待していなかったら

ああ、元から駄目だって思ってたと

裏切られずに済むから。

だから人も、未来にも期待しなければいい。

だから…今こうして

透明化が進行していることだって、

受け入れて諦めてしまえば

なんてことないと思っていた。


現に今は変に落ち着いていた。

もうすぐで透明になるのかも知れない。

そしたらうちはどうなるのだろう。

末期の病気を前にした時と

同じような状態になっているのかも知れない。

死者になったら天国に行くのかなと

少なくとも1度は考えることだろう。

それと似たようなことを

うちの頭の中で延々と回っていた。


回り続けている間に、

いずれ来る出来事なんだって

半分信じだすうちがいた。

だからこそ吉永がやけになって

うちに関わりを持っては

透明化を何とかしようとしているのが

不思議でならなかった。


本気なのはわかってた。

でも、どうやったらうちも

その真似ができるのかわからなかった。


どうしようもなくって

口角をやや上げて

吐き捨てるように笑った。


澪「当たり前やん。本気やないように見えた?」


寧々「はい。」


澪「うちは元からこういうタチやけん、そう見えるのもしゃあないわ。これでも改善のためにネットで調べ回っとるんやけど…いいのが出て来んくて。」


寧々「……そう、でしたか。」


澪「そ。民間伝承とかも漁ってみんと厳しいとかいな。」


寧々「私ももう少し調べてみます。」


澪「もう少しって…あんた」


寧々「すみません、強く言ってしまって。」


澪「…いいや、あんたが本気で解決しようとしてるからこそのことやってわかっとうけん。」


ぺらぺらでまかせに言葉が並んで、

自分でも恐ろしくなった。

信号は青に変わり、

腕から手が離れてゆく。


寧々「行きましょう?」


澪「ん。」


寧々「…篠田さん、ごめんなさい。」


澪「いいや、うちの方こそごめん。」


寧々「あはは…駄目ですね。落ち着いて対処しないと。」


澪「その顔寝不足っちゃろ。」


寧々「…バレました?」


澪「酷い顔しとうよ。」


寧々「そんなにですか?」


澪「真っ青真っ青。」


寧々「え、嘘。」


澪「嘘や。」


寧々「う…騙しましたね!」


今度はうちが追い越すようにして

横断歩道を走って渡る。

追いかけるようにして

彼女が走る音がする。


彼女はまだ正気ではあるようだけど、

うちのことで引っ張り続ければ

あまり良くない状況になるのも見て取れる。

どれほどの時間を睡眠に当てられているのか

知ることすら恐怖に塗れてゆく。


横断歩道を渡りきり、

うちの知っていた裏道へ向かう。

優等生の吉永なら流石に止めるかと思いきや、

ひょいと当然のようについてきては

隣を歩き出していた。


そして彼女は何事もなかったように

話題を口にするのだった。


寧々「篠田さんの好きなことって聞いたことありましたっけ。」


澪「話したような気もするけど…わからん、別の人やったかも。」


寧々「何するのが好きですか。」


そう話している間に、

ちゃんとうちが存在していることに

したかったのだろうか、

何も言わずにそっと手を握られた。


澪「……さあ。」


寧々「何かしらはあるんじゃないですか。」


澪「寝ることかいな。」


寧々「…ふふ、それもいいですね。」


澪「味気ない生活しとるとよ。」


寧々「そうでしょうか。」


澪「そうや。好きなことは何もない…家に帰ったら惰性で動画見て、目的もなく義務やから勉強して…って感じ。」


寧々「なるほど。」


澪「空っぽなんよ、中身も生活も。」


寧々「まぁ…うろは誰しも持っているものですから。」


澪「うろ?」


寧々「はい。虚構の虚って書いてうろです。」


指で文字を書いてくれる。

が、空中に浮かぶ言葉を見るには難しく、

結局は脳内で検索をかけた。


寧々「なんだか空っぽだなって時あるじゃないですか。かく言う私もそうでした。」


澪「その言い方やと、今はそうじゃないみたいやな。」


寧々「完全に脱却できたわけじゃないです。ただ、うろを埋めるために必死だったのかもしれません。」


澪「どうやって埋めたん。」


寧々「動画です。ゲーム系の。」


そういえば、優等生らしさに見合わず

Twitterではゲーム実況や

配信者のツイートばかり追っていたっけ。

うちの知らない人ばかりだったが、

リツイートやいいねで回ってきて

数人のアイコンは覚えてしまった。


寧々「私にとっては、楽しませてくれるゲーム動画がうろを埋めてくれました。ある意味趣味と言っても差し支えないかもしれません。」


澪「趣味?あんま聞かんけどな、YouTubeを見るのが趣味って人。」


寧々「そうですか?割といると思いますよ。」


澪「動画を見ることって趣味としてカウントできるとかいな。」


寧々「意外と理屈っぽいですね。」


澪「しゃーしいな。」


寧々「ふふ、それもまたよし、です。そうですね…動画は趣味になり得ると思いますよ。」


澪「時間潰しでしかないと思うっちゃけど。」


寧々「楽しければそれは趣味でいいと思うんです。昔はテレビっ子がいましたし、見るという点では映画も鑑賞します。受け取ることだって立派な趣味だと思うんです。」


澪「…なるほどな。依存的になってもそれは趣味と思うと?」


寧々「趣味かどうかと問われると、本人が楽しい範囲であればそうだと思います。」


澪「ただ本人が苦しくて、それでも辞められないのであればそれは趣味じゃないっちゃんね。」


寧々「はい。病気と捉えられてしまう域かと。」


吉永は眠たげな目をこすりながら

そう言っていた。


寧々「まあ、私もありましたけど。依存気味な時。」


澪「そうなんや。」


寧々「はい。先週あたりちょうどそうでしたね。」


澪「ああ、なんかようけツイートしよったね。」


寧々「はい!好きなストリーマーさんたちが一斉に同じゲームをしていて、見るしかないって思ったんです!結構盛り上がってたんですよ。」


澪「しょっちゅう夜更かししとらんかった?」


寧々「ツイート見てくれたんですか。」


澪「たまたま目に入ったと。」


寧々「ふふ、そうでしたか。まあ、2時間睡眠の日もあるくらいにはのめり込んでましたね。」


澪「あれと?リアルタイムの良さってやつ?」


寧々「はい、もちろん。ただ、そのゲームの企画期間が短いこともあって、見逃すといつも以上に一瞬で時間が進む感覚になるんです。」


澪「尚更見逃せんやつやね。」


寧々「ええ。とまぁ、生活リズムを壊せる、壊してもいいなと思えるほど好きなことなんです。」


YouTubeを見るのが好きだなんて

自己紹介で言ったら「あ…」と

何かしら察されそうだが、

吉永がこうも嬉々として

話しているのを見ると、

朽ちかかってるうちよりかは

だいぶいいように見えた。


澪「楽しみなことな。」


寧々「文通以外にも作っちゃいますか。」


澪「これ以上増えても面倒なだけやって。」


寧々「日々の…というより、イベントです。」


澪「イベント?」


寧々「はい!なにかしたいことはありませんか?」


澪「…したいこと?」


寧々「何でもいいです。高校生活を振り返ってみて、悔いのあったところをやり直す…でもいいですし。」


澪「やり直す…と言ってもな。まあ、高校生活ももう終わるし、思い出作りはしたいけど。」


寧々「じゃあしちゃいましょうよ。」


澪「はあ?そんな急にできるわけ」


寧々「できますよ!もうすぐ週末なんです。楽しみじゃないですか。何でもできるんですよ。」


彼女は目をぎらぎらさせて行った。

話をしている間に

落ち着いているように見えたけれど、

どうやら心の底では未だ

焦りの色が消えていないらしい。


寧々「そうですね…遊びに行く…とか?」


澪「あんたの時間がなくなるやろうもん。」


寧々「私だって勉強詰めで疲れたんです。今週末だけでも休ませてください。」


澪「それは…」


寧々「それとも、篠田さんの邪魔になりますか。」


澪「…いや、邪魔にはなっとらん。それに、思い出を作りたいって言ったのはうちやし、うちも勉強が嫌になっとったけん別によか。」


寧々「…!よかった。」


澪「んで、どこに行きたいと。」


寧々「篠田さんの行きたいところにしましょうよ。」


澪「どこでもよか。」


寧々「む…動物園とか、水族館とか…東京だとか…いろいろありますけど。」


澪「吉永の好きなところでよか。」


寧々「投げやりな。」


澪「だけん、好きなものもこともなければ、好きな遊び場もないと。」


寧々「そうですね…じゃあ私の好き勝手に決めていいんですね。」


澪「…?そうやけど。」


寧々「わかりました。考えておきます!」


吉永は面倒なことを

押し付けられているというのに、

よくわからないが意地悪そうに、

あるいは心底嬉しそうに微笑んでいた。


それから駅が見えるにつれて、

繋いでいた手はいつの間にか離れていた。

いつも手が冷たいせいで

そっと離されたら

わからないんじゃないかとすら

思ってしまうほど。


寧々「じゃあ、また明日。」


澪「ん、明日。」


このまた明日も

あと何回言い合えるのだろうか。


家に帰って早々

冷え切っていた手足を温め、

同じく冷たくなっていた鞄を漁っては

もらっていた手紙を開いた。



『篠田さんへ


宝物に効力があるみたいで良かったです。

でもまだ気は抜けませんね。

私も目を背けてしまっていたのですが、

やはり見えなくなってしまうまでの期間が

短くなっていますし…。

不安なのは篠田さんの方なのに

私が弱々しくしてたって駄目ですよね。

ごめんなさい、しっかりしなきゃ。


やり残したこと、

私はまだまだたくさんあります。

篠田さんといろんなところに行きたいです。

水族館や動物園、遊園地。

プラネタリウムに美術館もいいですね。

他にもアーティストのライブや

スポーツ観戦もしてみたい。

車の免許を取ったらドライブも行きたいです!

バスツアーや日帰り旅行もいいですし、

何だか私が楽しみになってきちゃいました。

これからも沢山実現していけたらいいな。


コンビニのメロンパン、買いました。

美味しかったです!

これはリピート間違いなしですね。

今度の勉強会ではおやつがわりに

買っていこうかな。

その時は篠田さんもぜひ一緒に。


明日も素敵な日でありますように。


吉永寧々』



幸か不幸か。

まるで今日の会話を

想定していたかのような手紙の流れに、

鼻から笑いが溢れてしまいそうだった。


澪「…メロンパン買うの早すぎやろ。」


ついさっきの意地悪そうな、

はたまた嬉しそうな笑みが浮かぶ。

吉永もあんな顔をするのか、と

他人事の如くそうよぎった。

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