くくりめ
11月もいつの間にか半分を終え、
本格的に今年の終わりが近づいてきていた。
澪「…。」
一昨日から昨日にかけて
自分のことについて
長いこと考えていたのだが、
結局頭が痛くなってやめた。
やめたはずなのに、
未だに脳内では引きずっている。
だから今日も頬杖をついて
窓の外ばかり眺めている。
ここ数日間の変化から
目を背ければかりでは
いられなくなっていた。
一昨日吉永に触れられてから、
帰宅後すぐに姉から
「おかえり」と声をかけられた。
刹那、鼓動が数秒間
止まったのではないかと思うほど。
リビングに行けば、
「今日はどうだった」と
笑顔で話しかけてくれて、
きっとこれは現実ではないなんて
思ってしまっていた。
翌日、学校に行けば
何故かこれまでと…
透明になっていない頃と同じように
うちは存在しているていで
人々は動いていた。
最近立て続けにこのようなことが起きていた。
電車で人にぶつかられたり、
先生の視界に入らなかったり、
遅刻してもいつからいたかと言われたり、
買い物や駅で順番を抜かされたり、
人に声をかけても
気づいてもらいづらかったり。
それなのに昨日は
電車で人にぶつかられず、
先生の視界に入り、
買い物や駅で順番を抜かされず、
人に声をかけても気づいてもらえた。
昨日だったら独り言を言ったって
ちゃんと周囲の人に
聞こえるくらいにうちは存在していた。
が、時間を経るとどうやら
また透明になっているようで、
今日は何度か声をかけたら
気づいてもらえる程度になっている。
今週の月曜日に先生の視界に
絶妙に入らなかった時とよく似ていた。
透明具合が戻ったのだ。
現状、うちが透明になるにつれて
周りの人々は気づかなくなっていったのに
吉永だけはうちを認知し続けた。
つまりは、あいつがいることで
うち存在し続けられるということ。
澪「…はぁ。」
こんなにも反吐が
出そうなことがあるだろうか。
これまで一方的に嫌っていた相手が
まさかのうちの命綱だなんて。
真面目な人間には裏がある。
その体験が嘘だったとわかったとしても
記憶に残ってしまっている以上
簡単に考えを変えることはできない。
一昨日のノートの頼みの時の態度を見るに、
まだ悪意は感じないけれど、
いつ叛旗を翻してもおかしくない。
うちが本当に透明をやめて
現実に戻りたいって思った時に
手を貸すのをやめることだってあり得る。
恨まれていても仕方ない。
むしろそうでなければ奇妙でならない。
それほどの態度を
うちはとっていたし
今でもとり続けている。
だから、この吉永だけがうちを認知できて
手を貸してくれるなんて状況は
すぐに幕を閉じると思っていた。
なのに。
朝のホームルーム前に
勉強をすることもなく外を見ていると、
ふと席の横に誰かが来たのがわかった。
朝だし、うちのことは皆ぎりぎり
認知できるだろうから
鈴香だろうと思い振り返る。
すると、予想外もいいところ、
いつものふたつ結びをしている
吉永がそこにはいた。
寧々「今日の放課後、時間をもらってもいいですか?」
澪「…は?」
寧々「直近のことを相談したいんです。」
多くを語ることもなく、
真っ直ぐとした視線を刺すように向ける。
爛々とした瞳の奥に
うちは何も見出すことができなかった。
要件は無論、うちのことについてだろう。
普通であれば透明の当事者である
うち側から申し出るものなんじゃないのか。
どうして吉永から
話をふっかけてくるのだろう。
疑問はいくつも湧き、
けれど答えは依然として見つからない。
いや、もしかしたら
優しいふりをしてその後に裏切るのかも。
信頼させてから落とすのは
仕返しとしてはよくある手法やし。
頭は無駄な方向に稼働する中、
髪を手櫛ですいた。
仕返し。
それもいいか。
うちにはそれくらいされて
むしろちょうどいい。
これまでの悪行を思えば、
受けるべき罰なのだろう。
吉永の心情を思えば
それくらいされて当然だ。
澪「…わかった。」
寧々「…!ありがとうございます!」
うちがすんなりと受け入れたことに
驚きを隠せなかったのか、
目を見開いて声を嬉々としてあげ、
何なら少し頭まで下げていた。
思えば同級生にも
ずっと敬語だなと感じるも束の間、
後ろの席からけたけたと
大きな話し声が聞こえてくる。
どうやら3人で話しているらしい。
「この前のおまじないあったじゃん?あれ、天才的な答え見つけた。」
「え、なになに?」
「聞くだけ無駄だって。」
「いーからいーから!聞くだけただだし。」
「あのね、10年間文通すりゃいいんだよ!」
「ほらみたことか。」
「それより血の誓いを…」
「おっも!」
今日も今日とても
平和そうな会話が繰り広げられていた。
授業は昨日に引き続き
うちはいるていで進められた。
とは言え、グループワークとなれば
机を近づけるまではいいが
話し合いに参加していることを
不意に忘れられたり、
プリントを回される時に
飛ばしかけられたりと
ちょっとした出来事は続いている。
が、小さくでも声をかければ
気づいてもらえるほど。
初期症状に戻ったような感覚だった。
最近透明になっても学校にきて、
何となくでも授業を受けていて
よかったなんて思う。
まさかまた人に認知してもらえるなんて
思ってもいなかったけれど、
こうして過ごす習慣を
無碍にしていなかったおかげで、
日常が再開されても体は馴染んでいた。
もしずっと家で過ごしていたら、
登校すること自体
嫌になっていたかもしれない。
透明になってもうちにできることと言えば、
この生活習慣を崩さず
ずっと続けることかもしれない。
これが何とかうちを
うちたらしめているものだと
信じる方が楽なのかもしれなかった。
長い授業時間を終え、
やっとのことで放課後がやってくる。
こうして日々を過ごしているだけでも
透明具合は高くなっているのだろうなんて
彼女の席に近づきながら思う。
それでも、何故か目の前の
こいつだけは影響を受けない。
寧々「では、場所を移しましょうか。」
澪「…。」
小さい体で重そうな鞄を肩にかけ、
ふらりと教室から出ていった。
それを追うようにうちも去る。
寧々「人がいない場所ってありますかね。空き教室とか。」
澪「放課後は部活しとう人が多いけん難しそうやけど。」
寧々「誰もいなかったら1年生の教室とか借りてみちゃいますか?」
澪「なん、外に出る発想はないんやな。」
寧々「寒いですし。」
澪「ああ…。」
寧々「それに、お互い受験生ですから。あまり時間をとってしまっても申し訳ないので。」
澪「…。」
寧々「それとも、どこか外…散歩しながらの方がよかったですか?」
澪「…いや、校内でよか。」
寧々「わかりました。」
吉永は後ろからついてくるうちへと振り返り、
少しばかり口角を上げてそう言った。
うち自身悪い噂ばかりたっているし、
一緒に過ごすのは嫌なはずなのに、
どうにもうちの目には
彼女が楽しそうに見えた。
そんなはずないのに。
うちの思い過ごしだ。
幸か不幸かうちの担任の話が
長引いた関係で、
1年生の教室のうち
既に全員が退出している場所があった。
吉永が嬉しそうに入り、
続いてうちも足を踏み入れる。
彼女が嬉しそうなのも
初めはわけがわからなかったが、
よくよく思えば
簡単にわかることだった。
寧々「懐かしいですね。」
澪「…。」
寧々「覚えてます?1年生の時ここの教室だったこと。」
澪「…まあ。」
寧々「とは言っても、どこの教室も作りは同じなのであまり新鮮味はありませんね。」
窓の外の眺めと廊下の雰囲気以外、
確かに彼女のいうように
作りは全く一緒だ。
それなのに、掲示されているものや
置かれているものが少し異なるだけで
こんなにも違って見える。
思えばなんだかんだ
こいつとは3年間一緒のクラス。
そのうちの1年半は
いがみ合っていたことになる。
…そう言えば1年生の頃、
吉永はあまり学校に
来ていなかった印象がある。
彼女が突如として変化したのも
2年生になって以降じゃなかったか。
…そんなことはどうでもいいか。
安易に結論づけて適当な席につくと、
吉永は隣の席についた。
正面に座ってこないだけまだよかった。
寧々「さて。時間をいただいたのはいうまでもありませんが…最近篠田さんの身の回りで起きていることについてです。」
吉永は隣に座ったものの、
膝をこちらに向けて話しているようで、
声がやけに耳に響いた。
背もたれに体重を預け、
正面の黒板を眺めるように
座っているうちとは大違い。
寧々「Twitterでも既に多くの推測が行き交っていますが…まずは整理しましょうか。」
澪「うちが吉永を除く人に見えなくなっとうことやんな。」
寧々「はい。私側から見ている限り、初めは体育の授業で呼び順を飛ばされるくらいでしたが、日に日に悪化…大声をだして漸く気づかれるほど…でしたよね。」
澪「そうやな。鈴香も見えてなかったみたいやし。」
寧々「いつも一緒にいる里方さん…ですか。」
澪「そう。」
寧々「じゃあ、見える見えないに仲の良さはあまり関係がなさそうですね。」
澪「…。」
寧々「でも、昨日は違った。」
澪「外から見てもわかるもんなんや。」
寧々「はい。昨日は私以外の方の目から見ても確実に存在していたと思います。」
澪「確実とは言えんけど。うちら渦中やし。」
寧々「でも、周りの人の反応からして間違っていないと思うんです。」
力説するものだから、
争うところでもないと思い口を噤む。
寧々「思い当たるのは…私が触れたから。篠田さんは他に思い当たる節あります?」
澪「うちも、見えるようになった要因はそれやと思っとる。」
寧々「私たちが言葉を交わしただけの時、他の人に認知されやすくなったとかは?」
澪「今の所ないな。若干そうだったとしても、うちにはわからんくらいの差や。」
寧々「なるほど…。」
澪「…。」
寧々「…こうなったことに…この不可思議なことに原因があるとすると……うーん、篠田さん自身、思い当たる節はありますか?」
澪「…。」
寧々「篠田さん…?」
澪「本気で解決する気でおると?」
寧々「はい、もちろん。」
澪「うちが解決を望んでいなくても?」
寧々「…本当に望んでいないのなら、わざわざ学校に来ないんじゃないでしょうか。」
澪「…。」
寧々「周りの人から見つけてもらえなくなってきても、篠田さんはちゃんと学校に来てた。それが答えなんだと思っています。」
澪「…うちは……。」
寧々「それに、本当に解決することを望んでいなければ、ノートを回収するよう私に頼まないと思うんです。」
澪「…自分のものが戻ってこんままなんは…引っかかるやろ。交換や同意があるならまだしも。」
寧々「そうですね。だからこそです。」
澪「はぁ…?」
寧々「認知されないままでいいやと投げ出してしまえるのであれば、ノートなんていちいち気にしてません。」
澪「…。」
寧々「迷っているのであれば、解決までの糸口を見つけておいた方がいいと思うんです。」
澪「……確かに、もし何かがあって普通の生活に戻れた時のために行動してたところはあったかもな。」
寧々「真の意味で解決したくなければ…人々の目から姿を消したいのなら、念の為なんて作らないんじゃないでしょうか。」
澪「…。」
寧々「…とまあ話はずれましたが、思い当たる節はありますか?」
隣ではより前のめりになって
こちらに問いかけてくる彼女がいた。
いつ取り出したのだろう、
生徒手帳ほどのメモ帳とペンを手にし
何か書き込んでいる。
ここで嘘を言ったり
誤魔化したりしてもよかった。
むしろそっちの方が
これまでのうちの行動らしい。
なのに。
澪「……馬鹿げたことやけど…いつからか、透明になりたいって…。」
ほろ、と口からこぼれていた。
刹那はっとし、口元を僅かに手で覆う。
それほど人に知って欲しかったのか、
それとも崖にいるような状況の中
人を頼りたくなったのか、
はたまたのちに受けるであろう
うちへの仕返しを考えるに、
このくらいの信頼度は築いていた方が
いいと思ったのだろうか。
どれにせよ、自分の首を
絞めることには変わりない。
人に話した時点で
弱みを握られたも同義なのだから。
失敗した、どうして言ってしまったのだろう。
いくら精神的に参っているとはいい、
失言したにも程がある。
吉永の方を見ることももちろんできず、
肘をつき、このまま雪崩れるように伏せた。
吉永のいない方へと顔を向ける。
髪の毛が机の上に
扇上になって広がっているのが想像できた。
寧々「…そう、ですか。」
澪「…。」
寧々「…どうして透明だったんですか。…死にたい、でもなく。」
澪「…。」
寧々「…。」
澪「…別に。」
寧々「…。」
澪「…何となくちゃうなーって思っただけ。」
この間が気持ち悪くて、
何か話さなきゃと思うのに声が出ない。
吉永が気を遣っているのがわかる。
無闇に口を開かず、
言葉を選んでいるのであろうこの時間は、
背中に芋虫が這っているような感覚に似て
酷く不快だった。
どうしてこんなに言葉にできないのだろう。
奴村にはあんなにすんなりと
口が開いたというのに。
°°°°°
澪「…死にたいとは思わんかった。そう思ったらいかんような気がしとってん。」
陽奈「…。」
澪「でも、無意識のうちにいつからか思うようになっとったんやろうな。」
陽奈「…。」
澪「透明になりたいなーって。」
陽奈「…っ。」
澪「そんなん、消えたいも同義やんって思うかもしれん。でも、うちの中ではちょっと違うと。」
陽奈「…。」
澪「こう…うまく説明できんけど、透明がよかったと。」
°°°°°
あの時は切羽詰まっていたっけ。
それに、奴村は声が出せないから
言い方は悪いが、
一種壁打ちのように
話していた節はあるのだろう。
だが、普通の人間となれば違う。
ああ言えばすぐにこういい、
あれはこれはと問うてくる。
放っておいてほしい。
けれど、それと同時に
現状を維持するための相談をしたかった。
矛盾しているのだ。
矛盾した心ばかり抱えているのだ。
寧々「…それが原因だとして…どこか神社に行ったとか…?」
澪「いいや。」
寧々「じゃあ…。」
澪「本当、ただ適当に思っとっただけ。」
寧々「…なるほど。」
澪「逆にそっちはどうなん。」
寧々「私ですか?」
澪「うちが見える理由。」
そう。
吉永だけが例外である理由は
全くと言っていいほど
はっきりしていない。
誰の願いでもないとすれば
一体誰が仕組んだのだろう。
うちが無意識のうちに
願ってしまっていたのだろうか。
それはそれで反吐が出そうだが。
吉永は少し考えたのち、
「わからないです」とこぼした。
寧々「ただ…私が篠田さんをここに留める鍵になっていることには変わりないです。」
澪「…。」
寧々「…提案があるんです。」
澪「何ね。」
寧々「触れるのは篠田さんの存在が周りに知られなくなりつつある時…それこそ、私が初めに触れた程度のタイミングにしませんか。」
澪「時間を開けるってことけ。」
寧々「はい。私とずっと一緒にいなければならないというのも酷でしょう。それに…。」
澪「…?」
寧々「…例えば薬のように、使用すればするほど耐性がついて効かなくなっていったら…と考える時があるんです。」
澪「…。」
寧々「ですから、ある程度進行してからの方がいいんじゃないかって思うんです。…篠田さんには結果時に負荷をかけてしまうのですが…」
澪「よかよ。」
寧々「…。」
澪「その方が決断までの時間を稼げるんなら、それで。」
寧々「そうですね。…正直なところ、タイムリミットはそんな年単位もあるほど長くはないと見ています。」
澪「それはうちもそう。長くて1ヶ月…いや、1、2週間程度やろうな。」
寧々「…それまでに解決方法を考えなくちゃ…ですね。」
澪「…。」
うちはまだ解決したいとも
したくないとも言っていないけれど、
吉永はとにもかくにも
解決したいようだった。
正確には解決する方法を
いち早く知りたいようだった。
うちよりも早く方法を知っていれば、
うちが元に戻りたいと言っても
それを阻止することだってできるだろう。
何ら不思議に思うこともなく、
そろそろ話も終わりだろうと思い
席を立とうとした時のこと。
吉永は言いづらそうに
声を絞って言った。
寧々「…解決…透明になりたくないと思えるような出来事があれば…戻るんじゃないでしょうか…?」
澪「そんな出来事ないやろ。」
寧々「些細なことでいいんです。明日は体育がないな、とか、夜ご飯に1品追加されたでも…何でもいいんです。」
澪「受験でいっぱいいっぱいやし、碌に気も抜けん。」
寧々「…そう…ですか…。趣味とかは?」
澪「ないな。」
寧々「…じゃあ…楽しみになるようなこと、作っちゃいましょう。」
澪「…はあ?」
寧々「何でもいいです。私を巻き込んだって構いません。他の方だと毎日の楽しみとなると難しくなりますが…もちろん、鈴香さんを巻き込んだっていいんですから。」
嬉々として語るのを横目に、
それが無理だったから
こうなっているのにと
脳内で悪態付くうちがいた。
しかし、目の前の彼女は
そんなことなど梅雨知らず。
きっと彼女のことだから、
大切な人を作ればだとか、
良い行いをすれば…だとか
ファンタジーじみたことでも
いうのだろうと思っていた。
が。
寧々「手始めに、そうですね…アニメやドラマを見る…とか?」
澪「…。」
寧々「好きなゲームを見つけて…イベントを…とか。」
澪「…。」
寧々「長い目で見ると…将来の夢を持つ、とか?」
澪「…。」
寧々「他にも…直近の対策の話に戻りますと…動画とか?」
澪「…そんな感じやったっけ?」
寧々「何がですか?」
澪「…いや、何でもない。」
寧々「アナログが良ければ…そうだなぁ…映画館とかもどうです?」
澪「映像物多いな。」
寧々「私の知る娯楽の範囲は狭いんです。」
澪「なるほどな。」
寧々「運動してる方が気が紛れますか?」
澪「いいや、別にそんなことはなか。」
寧々「そうでしたか。…うーん…楽しみになるようなこと。好きなアーティストがいればライブに行くのも楽しいでしょうし…。」
澪「…最悪な場合の想像とかせんと?」
寧々「最悪の場合…ですか。」
澪「そう。解決する方法もわからずタイムアップになった時。」
寧々「…考えないようにしています。」
澪「へえ。」
それは逃げなんじゃないかとは
流石に口を挟まなかった。
いらないことを言う必要は
今はないだろうから。
妙な間があったのに、
吉永は手を1度叩いた。
寧々「よし、決めました。」
澪「…?」
寧々「明日が楽しみになって、尚且つ最悪の場合になっても…篠田さんを象るものが残る方法。」
澪「…しょうもないことやろうけど何?」
寧々「文通です。交換日記と言っても差し支えないでしょう。」
澪「…はあ?」
寧々「もう1度言いましょうか?文ー」
澪「いや、それは聞こえとったけんいいっちゃけど。今更そんなちゃっちいこと…。」
寧々「別にすぐに答えを出さなくて構いませんし、他にいい案があれば教えてください。ひとまず打開策として挙げているだけですので。」
こちこちと規則的な時計の針の音が
僅かながらに聞こえてくる。
他の案をと言われても
正直なところ何も浮かばないし、
きっと何を言われても
文句のひとつふたつは
言ってしまうだろう。
うちが返事をしないままでいると、
吉永は区切りをつけるようにひとつ頷いた。
寧々「明日でも大丈夫です。早めの方が嬉しいですが…いつかお返事くだされば。…そうですね…他は…。」
澪「…今話し合えるのはこのくらいっちゃない?」
寧々「そうですね。また大声を出さないと認知されなくなってきたあたりで策を打ちましょう。」
澪「そうやな。」
うちの妄想でしかないけれど、
もし本当にうちに恨みを持っていて
仕返ししようとしているのなら。
これは互いの利益のための
歪んだ共同作戦となることだろう。
ゆっくりと席を立ち
鞄を肩にかけようとした時、
未だ椅子に座ったままの吉永が口を開いた。
寧々「最後にひとつ。…余計なことだとは思いますが。」
澪「何。」
寧々「…全然馬鹿げてないです。透明になりたいって願ったこと。」
澪「…。」
寧々「みんなが1度は思うことですし、それに…そう思うくらい頑張ってきたってことなんだと思います。」
俯いているせいで
顔はしっかりと見えないけれど、
声からして真剣なのだろうことはわかる。
無視して教室から出てもよかったけれど、
何となく引っかかってしまい、
動くことすら忘れてしまったように
動きを止める。
何故。
漠然とした疑問が
徐々に形を変えて
言葉らしいものになってゆく。
何故うちの願いは叶いかけているのか。
吉永は例外なのか。
何故吉永はこれまでのうちの愚行もさておき
助けるような真似をするのだろうか。
澪「あんたの目的は何なん?」
寧々「え?」
うちから質問が飛んでくるとは
思っていなかったのか、
それとも質問自体がおかしかったのか。
顔を上げるもきょとんとしている。
寧々「私は…そう、ですね。」
席を立ち、足をしまう。
床と椅子の足の擦れる音が
教室内に静かにこだました。
寧々「戦ってきたあなたを、今度は少しだけ手伝いたいんです。」
澪「…あっそ。」
寧々「いいですか。」
澪「それは…あんたの自由やろ。」
いいとも悪いとも言わずに
曖昧に濁すだけ濁して
教室を後にした。
澪「…。」
何も知らんくせに。
そう言いかけるも
何とか口を閉じる。
戦ってきた。
それが何を意味するのか知らないが、
吉永は元々別の世界線からきた。
そこではどうやらうちと吉永は
信じられないことに仲が良かったらしい。
そこで多くを見聞きしたのかもしれない。
別の世界線のうちが何をしていたのかなど
知りようもないし知りたくもないが、
言えるのはただひとつだけ。
別世界線の篠田澪は篠田澪だとしても
うちではないということ。
その差があいつの中にあるのかどうか。
澪「…面倒やな。」
唯一吐けた言葉は
ちっぽけだがそれだけだった。
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