「ふ、ふえぇええ!?」


 シドは後方から迫ったゴーストの集団へと目掛けてマグナム弾を複数射出した。


 曰く、五十口径の純銀製特殊弾頭。

 それの破壊力は非凡の域であり、描かれた直線はゴーストの群れを薙ぎ払う。

 その合間を駆け抜けつつシドはシャロンを抱えて走った。

 時折振り返っては弾丸をばら撒き、あるいは前方から襲ってくるゴーストがいればそれを殴り飛ばした。


「どどど、どうするんですかシドさん! もう滅茶苦茶ですよぅ!」

「ああ、そうだな。野郎め、この周囲のほとんどを異界化させちまってるらしい」

「えぇえ⁉」

「空を見てみろよ。果てが見えねえくらい黒い淀みが続いてるだろ。流石はファウストの名を持つだけはあるかもな、っと!」


 混乱し泣き叫ぶシャロンの相手をしつつ、今し方シドは横合いから突っ込んできたゴーストの眉間に弾丸を寄越す。次いでシリンダーを展開すると空薬莢をばら撒き、シャロンに次弾の催促をした。


「ファ、ファウスト⁉」

「聞いたことはねーか? かのゲーテの作品はよく知られていると思うんだがな……弾くれ、弾」

「あ、はい、どうぞ!」

「すっかり手慣れたな……っと、装填完了だ、おら!」


 シリンダーを勢いよく格納したシドは後方へとマグナム弾を撃つ。

 ファウストと名乗った男に指揮されるゴースト共だが、シドのばら撒く凶弾を前にしては足が竦む様子だった。

 その隙をついて更にシドは速度を跳ね上げ、気付けば位置はテムズ川に沿う道へと変化していた。


「そ、そのファウストっていうのは⁉」

「ドイツでは名の知れた異端の一族さ。特に一世……ヨハン・ファウストが有名だ。〈錬金術〉を極めた奴でな、最後にゃ実験中に爆発四散したってオチだ」

「〈錬金術〉……」

「よく知られる内容といえば、例えば石を金に変えるだとか、不死の研究だとか……つまりは神の意に背くような真似を得意とする連中さ」


 テムズ川へと出た二人だったが、シャロンは川の様子を見て言葉を失う。

 川には無数の髑髏が浮かんでいて、それこそは奈落の情景にも思えた。

 意識を手放しそうになるシャロンだったが、シドの荒い呼吸を耳にしてなんとか正常を保とうとする。


「あ、あの、走るの辛くないですか⁉ いいですよ、私、自分で走りますから!」

「ダメだ、お前の足じゃ走ったところで追いつかれる」

「で、でもでもぉ!」

「いいからこういうのは大人に任せとけ、シャロン。別に苦でもなんでもねーし、そもそもお前を護るのが俺の役割なんだからよ」


 そういうシドは川辺からあふれ出てきたゴーストの群れを注視する。


(〈地獄門〉となりゃ全部あの野郎の支配下か。有利な状況も場所も見つけられそうにねえな)


 ロンドン市を駆け抜けるシドだが、その目的は自身に有利となる場所を確保する為だった。

 しかし状況は芳しくない。至る所からゴーストが出現し、それらは徒党を組んでシド達へと襲い掛かってくる。


「ど、どうしようどうしよう! シドさぁん!」

「そうも慌てるな、シャロン。次の弾をくれ、早く」

「あ、あうぅ……!」


 既に何発の弾を吐き出したのか、シドが誇る回転式拳銃の銃身は熱を孕んでいた。

 語るまでもなく五十口径もあるマグナム弾を連続して射出するというのは通常ならば不可能で、まして常人であった場合は、最悪は腕が圧し折れる。

 そもそも銃本体が狂いを見せるだろうし、赤熱する程に熱を孕むとなると、それの機能性は失われたも同義だが、ところがシドの銃は如何に酷使されようとも己の本分を全うするかのように弾丸を射出していた。


「ふっふ。凡そ人の扱える規格の兵器ではないのに……よくも平気で連続して撃てるものだな、魔殺し屋。その銃自身も同じくイかれているようだがな」

「は、そんなお前さんこそ余裕そうじゃねぇか、ファウストよぉ」


 赤みを帯びて放熱する銃身を労わる事もせずに酷使するシド。

 テムズ川沿いの道を走りつつ、シドは既に数十体のゴーストを屠っていた。

 そんな彼の勇姿を遠くから見ているのはファウストで、ゴーストの垣根の奥から響く声にシドは返事をしてみせた。


「余裕? そう思えるかね? こんな大規模の〈地獄門〉の展開だ、それこそ骨が折れる」

「よくいうぜ、その割に諦める様子がちっともありゃしねぇ」

「当然のことだ。それ程の価値が乙女にはあるのだ……!」


 いつしかシドはシャロンを抱えたままにタワーブリッジへと到着する。

 後方にはロンドン塔があり、シドは橋の中腹までくるとその脚を止めてしまう。


 橋の底から這いあがってくるのはゴーストの群れで、更に遅れて駆けつけてきた残るゴースト共までもが集結し、タワーブリッジはシドを中心として魑魅魍魎により溢れ返ってしまった。


「……随分と狂信的なファンらしいな、手前は。そうもこの小娘が欲しいかい。たかだか齢十二の小娘だぜ」

「ああ、欲しいとも、当然ではないか。それこそ垂涎する程だ」

「糞のつく変態が。それらしく糞でも喰らえよ」


 いいつつもシドは拳銃を構え、ゴーストの垣根の奥に立つファウストへと目掛けて引き金を絞る。

 しかしそれは立ちはだかったゴーストの群れを吹き飛ばすだけに終わった。


「それで、いつまで続けるつもりかね? 貴様の誇る魔弾はあと幾らある? ほぼ無尽蔵に湧くゴーストを相手取るだけの余力があるのか?」

「雑魚がいくら群れたところで雑魚でしかねぇさ。それこそ拳一本で十分な程にな」

「勇ましいな。流石は聖魔討伐のプロフェッショナルと謳われるだけはある……聖魔両方から嫌われるだけはあるじゃないかぁ、シド・フラワーショップぅぅ……!」


 シドのそれがハッタリではないとファウストは確信した。

 何を以ってそれを悟ったかといえばシドの浮かべた笑みだ。

 それは寒気すら覚えるくらいに狂気的でファウストは背を震わせる。

 シドの実力を堪能した彼は、奥から姿を見せると直接にシドの様子を見た。


「褒めてやるぞ、この私の死霊魔術を前にこれだけの時間を生き延びたのは貴様が初めてだ」

「そいつはどうも。雑魚を相手に勝ち続けて実力を勘違いしたらしいな」

「ふっふ……更には尚も生意気な口までをも利く。ああ、実に貴様は生意気で、実に不遜な輩だ。だが……そんな貴様の余裕もここまでなんだよ、小僧!」


 叫んだファウストは手に持つ赤樫の杖で宙の景色を叩いた。


「我が名を知る貴様のことだ、当然ながらに聖魔の造詣に深いのだろう? では問おうかね、シド・フラワーショップ殿……果たして我等ファウストの血とは一体どのようなものかな?」

「あぁ……?」


 ファウストは杖を宙に叩きつけると更にそれを回転させる。

 すると浮かび上がるのは円形の陣であり、それは紋様のように浮かび上がった。

 シドは先までの余裕を消し去り真剣な顔つきになった。群れるゴーストの垣根も何やら静まり返り、どころかシドとファウストの対峙から距離を取り始めてしまう。


「ご存知の通りに我等ファウスト一族こそは〈錬金術〉の祖。異常性を確立せしめたのには確かな理由があるのだぞ、魔殺し屋よ」


 ファウストの描いたそれを見てシャロンも呆けたような顔をした。

 彼女ですらもそれを見たことがあった。

 形式、あるいは方法に種類手段は数あれど、それでもシャロンは確信を得る。


「魔法、陣……?」


 それは円形の陣――〈黒魔術〉においては欠かせない儀式的象徴だった。

 描かれたそれは宙に浮き、更には回転までする。


「ファウスト一世の死……〈錬金術〉の実験中に爆発死だと? 笑わせるな、そんなことで物語は終わらん。誇り高きファウスト一世は己が命と引き換えに全てを手にしたのだ! そう、それこそが我等一族が誇る死霊魔術の最高峰!」


 それは生み出された。

 描かれた魔法陣の中央、深淵を思わせるような暗がりから姿を見せる。


 それは暗黒の外套を羽織り、手には二股に分かれる鎌を持つ。

 背丈は約十フィートと大柄で、何よりも特徴的なことといえばその外観だった。

 それは骨で出来た化け物であり、それは誰もが想像するような形姿をしていた。


「死神――グリムリーパーかよ、ファウスト博士よぉ……!」

「その通りだ魔殺し屋ぁ……死を司りし神の使役こそ我等が奥義! 魔の大権現の一柱であるメフィストフェレメスから授けられし死の珠玉よ!」


 死神と呼ばれた怪異は二股の鎌を肩に担ぎ、ファウストの傍へと降り立つ。

 それの出現に伴いゴーストの群れはその場に平伏し、自身等の王に額突いた。


 それはまるで絵画のようだった。

 あまりにも非現実的で、あまりにも恐ろしい光景なのに、そこには不思議な美しさがあり、それを感じたシャロンは自然なことのように氷解した。


 人は何故魔に魅入るのか。何故に神という絶対的存在に背を向けてしまうのか。

 それは圧倒する程の恐怖心が畏敬へと変貌するようなもので、人智を越えた超常的存在を前にした時、人は抗いようもない力の塊に、ないしは非科学的でありつつも象徴性を帯びる〈死〉そのものに対し、一つの完成された美学を感じるからだった。


 シャロンはそれを強く感じると共にシドの袖を強く握りしめた。

 彼女は確かに美しさを感じている。だがそれに勝るのは恐怖だった。

 如何に超越した存在が極まった姿をしていて、それこそ絵画的な美しさを思わせても、少女の本能は危機を叫び、彼女はそれを素直に受け入れ警笛に従った。


「シ、シドさん……あれって……?」

「震えるな、シャロン。たんなる死神だ」

「たんなる? たんなるって何が⁉」


 誰もが知る死神という存在。

 当然ながらシャロンも知っていたが、それを目の前にする日が来るとは夢にも思っていなかった。

 それを間近で捉えた瞬間、彼女は明確な死を突きつけられた気がした。


 だがシドといえば鋭い表情とは裏腹に態度は通常のままで、その余裕を見たシャロンは、いよいよこの男が理解出来ないと困惑した。


「おかしいよ、シドさんはおかしい! あんな化け物を目の前にして、なんでそんな悠然としていられるの⁉」

「ははは、ようやっと素で喋ってくれたか。やっぱこういう危機的状況こそが距離感ってのを縮めてくれるよなぁ」

「そんな馬鹿なこといってる場合じゃないでしょぉ⁉」


 よもや気でも触れたかとシャロンは思う。

 しかしシドは狂った訳ではなかった。


「いっただろう、シャロン。そうも恐怖に飲まれるなってよ」


 シドはそういうと自身の腕の中からシャロンを解放した。

 久しく地に足がついた気がしたシャロンだが、そんな彼女を背にして前へと踏み出したシドは、先までの様子とは一変し、口調までもが鋭いものとなる。


「教えただろう。世に存在する悪徳に連なる魔、鬼、悪。それ等は人の抱く恐怖の、あるいは怨嗟の顕現。それらを前にして恐怖を抱くことってのはな、つまりは……それらに対し屈服し、敗北を認めたことになるのさ」


 シドは十二インチの拳銃を手の内で回転させると正常の握りへと持ってくる。

 そうして半身を押し出し、慣れたような動作で銃口を死神へと定めた。


「シャロン、覚えておけ。如何なる状況であれ、そうも簡単に泣いたり恐がっちゃいけねぇよ。例え絶望的だろうと、それでも諦めに殺されることだけはあっちゃならねぇんだ」

「シド、さん……?」


 仮に殺意や殺気と呼べるものがあれば、この時のシドはそれを全身に纏っていた。

 シャロンは確かに見た。

 不可視とも呼べるそれらがシドの意思に呼応するかのように揺らめいたのを。


「シャロン、オーダーを寄越せ。俺に命令をしろ。この糞の死神野郎をぶち殺せと」


 それは獣で、それがシドという男だとシャロンは確信した。


「キル・ゼム・オール……俺が聞きたい台詞はそれだけだ、フェアレディ」


 魔殺し屋と呼ばれたシド・フラワーショップは懇願する。

 この絶望の景色を好き放題に殺したいと。

 シャロンは震えた。

 一体どっちが天魔なのか分かったものではないと。

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