Ⅲ
鳴り響いた轟音が変動した景色を貫いた。
向かった先は一体のゴーストの額で、そのゴーストはシドに目がけて飛び掛かろうとしていた。
だが鎌首を擡げるよりも早く凶弾は到達し、ガラスの砕けるような音と共にゴーストの頭蓋が吹き飛ぶ。
「な、な、ななな、なんですかぁこれ⁉」
シャロンはさっぱり状況に追いつけなかった。
景色の変化もそうだが、湧いて出てきたゴーストの群れ、更にはそんな状況を当然のこととして受け入れているシドにすら困惑する。
「シドさん、まるでマイケル・ジャクソンみたいになってますよぅ! スリラーですよぅ!」
「ああ、間違っちゃいない。こいつらは亡者だからな」
シドに縋り泣き叫ぶシャロンは単純に恐怖していた。
それは創作に登場するフィクションであり、つまり、ゴーストだとか、亡者という存在は、実在する訳がないと彼女は思っていた。
だがシドは彼女の反応に鼻を鳴らすと口元を歪め、野蛮な笑みを浮かべる。
更には自由な方の腕でシャロンを招くと抱え上げ、残る方の手に握りしめている回転式拳銃を構え直した。
「ゴーストだとか、亡者だとか! 訳が分かりません!」
「だろうな。だがもう少し落ち着いてくれ。あと耳を塞いでおけ、シャロン。鼓膜を傷めるぜ」
「え――」
シャロンの反応を無視してシドは再度引き金を絞る。
新たに火炎ガスが靄の景色に浮かび、シャロンは聾になりかけたような衝撃に包まれた。
弾丸は垣根をつくるゴーストの一体に着弾し、これもやはり特徴的な音を響かせて霧散する。
「少し暴れるが勘弁してくれな、シャロン」
立て続けに二体のゴーストを屠ったシドだが、残るゴースト達は一斉に凶刃を振り上げた。
数にして十のそれ等は包囲の陣を展開した。
三百六十度から殺意を向けられるシドだが、しかし表情は涼しいままだった。
それを見てゴースト達は苛立つように駆け出し、大上段の構えから一斉に刃を振り下ろす。
「ははは、間抜けめ。わざわざ足場になってくれてありがとうよ」
向かい来る眼前のゴーストに目を付けた彼だが、刃が振り抜かれるよりも早く前蹴りを見舞い、仰け反ったところに更に追撃へとかかる。
跳躍をするとゴーストの顔面を蹴りつけた。
更に踏み抜き、高い位置にまで跳びあがった彼は眼下に群がるゴースト達を見て大型の拳銃を構える。
「お前等如き雑魚に不覚を取るとでも思うのか? 残念だがそればかりは有り得ないんだよ」
シドは下降しつつ引き金を三度絞る。
計三発の弾丸は三体のゴーストの頭、胸、胴へと叩きこまれ、耳を聾するような高い音と共に景色に消え入る。
「よっと!」
「ふえぇえええ!」
舞い散るゴースト共の灰を身に受けつつ、シドは着地と共に拳銃を振りかぶると傍にいたゴーストの頬を殴りつけた。
続けざまに前蹴りを一発、更に一歩を踏み込むと急接近し、やはり拳銃の銃身で殴り飛ばした。
身を翻しつつ拳銃のシリンダーを展開し、空薬莢を排出する。
鉄と硝煙の香りを纏うシドは悠然と歩き、先まで勇み足だったゴースト達の方向へと向かっていった。
シドの運動に振り回されるシャロンは既に目を回していて、先までの恐怖よりも、今は自身に降りかかる苦難にこそ堪らない思いだった。
「シャロン、コートのポケットから弾丸を取ってくれ」
「ふえぇ、な、なんですかぁ……」
「弾丸をな、五発取り出してくれるか。そうしてくれないと何度も目を回す羽目になるぜ」
「わ、わかりまひはぁ……」
駆け登ってくる胃酸をなんとかこらえつつ、シャロンは指示通りにシドのコートを漁る。
その間もシドはゆっくりと歩みを進め、警戒するように刃を構えているゴースト達を睨み付けた。
「ったく、まるで当然のように湧いて出てきやがったな、この糞共が。今は昼時だっつーのに陰険な面を見せた上に異界化まで巻き起こしやがって……実に糞喰らえだな、おい」
文句をいう割に彼は歪な笑みを浮かべる。何度も手の内にある拳銃を弄び、未だ残るゴースト共を品定めするように見つめた。
「ひい、ふう、みい……残るは七体か」
「あ、シャトさん、弾、弾ですよ!」
「おう、あんがとさん。ちっと脇に抱えるぞ」
「あうぅ……」
シャロンを小脇に抱えたシドは窮屈そうにしつつも弾丸を再装填する。
完了し、シリンダーを格納した彼は、唐突に背後に向けて拳銃を構えると引き金を一度絞った。
「これで残りは六だ」
シドの背後で硝子の砕けたような音が再び響く。
小脇に抱えられていたシャロンは見ていた。
先程シドに吹き飛ばされたゴーストが背後から襲い掛かろうとしていたところを。
シャロンがシドに何かを告げるよりも早くシドはそれを対処した。
まるで背に目でもあるかのように正確な射撃で、シャロンは口を何度も開閉し、信じられないとだけ呟く。
「さて、シャロン。先にもいったがこれらはすべて現実だ。こいつらは意思を持ち行動を可能にする魔の徒……ゴーストって奴等だ」
未だ銃口から硝煙を噴く大型の回転式拳銃を握り直したシドは、陣形を整えた六体のゴーストに注意を向ける。
左右に半分と別った形で、それらは波状攻撃を意味する陣形だった。
片腕の塞がっているシドに両翼の対応は苦しい。
しかしシドはまるで構わないといいたげで、拳銃の穂先を数度引き、掛かって来いとまで兆発した。
これにゴーストの群れは怒り心頭になり、第一陣の波が左右から攻め入ってくる。
「が、徒とはいえその中でも弱小の位置にある連中でな。特別に強い訳でもないし、馬鹿げた怪力や運動性、機動力を持ってる訳でもないんだ」
左右から同時に迫るのは胴薙ぎの一文字。
しかしシドは身を屈めて避けると、左右に立つゴースト二体の足元を蹴り払う。
体勢を崩した両方だが、シドは右方のゴーストの腹を凶弾で撃ち抜く。
灰に成り変わるそれを観察することもせず、今度は左へと銃口を定めて引き金を絞った。
「お前さんにゃ色々と不明だろうから教えてやらにゃいかん。そも、ゴーストとはよく語られる設定じゃ不死性を持つだとか、通常の物理的攻撃を受け付けないだとか、卑怯臭いものが見受けられるが……実をいうとな、そういう奴等にも有効な手段ってのが幾つかあったりもんすんだよ」
砕け散る二体のゴースト。
だがその灰の景色へと突っ込んできたのは第二の波だった。
二体のゴーストはやはり左右から迫る。左方は大上段、右方は袈裟からの一撃を狙う構えだ。
「シシシ、シドさん⁉ シドさん危なぁああい!」
迫りくる凶刃に対していよいよシャロンは大きな叫びをあげるが、しかしシドは尚も変わらずに余裕の表情だった。
「おらよ!」
彼は退くでもなく、避けるでもなく、左方のゴーストへと突っ込んだ。
大上段に刃を備えていたゴーストは予想だにしない行動に面食らい、素直に受け入れると景色を飛んだ。
先までシドがいた位置へと右方のゴーストが空振り、そんなゴーストの脳天にはお決まりの拳銃が睨みを利かせ、一つの轟音と共に景色に散る。
「そんで、だ」
「きゃぁあ⁉」
次いでシドは振り向き様に拳銃を振り抜いた。
それにより発生したのは快音で、音の正体とは、迫り来ていたゴーストの振った鎌と衝突を果たしたからだった。
先程突進を喰らったゴーストは即座に体勢を立て直したが、しかしシドの獣並みにも等しい危機察知能力、或いは闘争本能のようなものこそが勝る。
刃を受けると同時にシドは再度距離を詰め、今度は膝蹴りを叩きこみ、銃身を振りかぶるとゴーストの脳天に目がけて幾度も勢いよく打ち落とす。
「おらおらおらおらおらおらぁあ!」
シャロンはそれを見て夢だと思った。
普通、悪霊だとか死霊だとか亡者というのは恐怖の象徴であって、これに触れることは出来ないだろうし、それを退治するには聖なる力が必要不可欠だと思っていた。
世界にとっての常識は彼女にだって分かっていた。
だが彼女は、自分の知る常識が、実をいうとまったく見当の外れたものだったと理解する。
「い、一方的に殴りまくってるぅ⁉」
銃身を振り上げて叩きつけ、再度持ち上げて打ち落とし、また同じ動作を繰り返す。それは一方的な暴力であり、寄越されるゴーストはシドにより好き放題に叩きのめされる以外に術はなかった。
「おらぁ!」
散々に殴られたゴーストの頭頂部は粉砕され、それは地に倒れ伏すと静かに身を震わせ、刹那もすると身体は砕けて灰になる。
「こんな感じで、まぁ一応は殴殺もできたりする。とはいえ普通は不可能だが……まぁなんだ、つまりはそういうことでな、シャロン」
「何がどういうことなんですか⁉ さっぱり理解出来ませんよ⁉」
残る二体のゴーストは静かに後方へと下がる。
分が悪いと悟ったようだが、これの判断は遅すぎた。
シドは再度歩みを進めシャロンを抱えたまま余裕な口調で言葉を続ける。
「つまりだ、俺がいいたいのはな……そうも恐れるなってことだ」
自棄を起こしてか片割れのゴーストがシドへと飛び掛かった。
地を蹴ったゴーストは刃を振り上げてシドにそれを叩きつけようとするが、シドは適当に拳銃を構えると眼前にまで迫ったそれを撃ち亡ぼす。
粉と消え逝く亡者の景色に口笛を吹いたシド。
シリンダー内に残る弾はないにせよ、彼はやはり前へと歩いていく。
迫るシド、おののくゴースト。
最後の一体となってしまったそれだが、既に戦意だとか殺意と呼べるものはなく、代わりに絶望のようなものを抱き、その骨で組みあがった身体を震わせていた。
「こういった経験がなくて、概要も不明で、理解が追い付かないとしてもだ。恐怖に支配されて終わるだなんてのはお話にもならないのさ、シャロン」
「恐怖に、支配……」
「そうだ。こいつらは恐怖、あるいは憎悪が顕現化されたものだといったろう? そりゃ見た目はグロいし直視なんざ出来ねえさ。だがそれを前にした時、それを受け入れるだとか、それに飲み込まれるとあっちゃ……後に待つのは死だけだ」
シャロンはその光景を見て奇跡だと思った。
シドの前に最後のゴーストが跪いた。
更には平伏の証として額突き、刃を手放した。
「先にもいったが……シャロン。お前のこれからは、実に凄惨な事態の連続になるだろう。翁の奴はお前に何も伝えず、教えることもなかったみたいだが、それでも現実を受け入れ、それに順応していかなければならない」
「なにを、いってるんですか……⁉」
「シャロン、お前は特別なんだよ。その生まれや他の何もかもがな。そんなお前はきっと、闇や、魔や、そういった悪徳に連なるものに愛されるだろう」
シドはゴーストを見下ろす。
そんな彼の瞳には、慈悲の色合いが浮かんでいる――訳がなかった。
「それらに迫られた時、お前はそれらを克服しなければならない。そうしなければお前は闇に沈んでしまう。だからそうも恐怖に飲まれるな、シャロン。お前こそは……あの翁が心底愛した孫娘なんだから」
シドは拳銃を振り上げる。
ゴーストは迫る音を理解すると、その面をあげて、目前にある大柄な、凡そ人類の扱う規格にそぐわない拳銃を見つめた。
「銃身十二インチ、装弾数五発、弾丸は特殊弾頭……純銀製特殊弾頭五十口径マグナム弾、重量凡そ八ポンド……こいつはな、そりゃ通常の人類にゃ扱えんよ。けど俺にゃ扱えるんだ、これが」
シド・フラワーショップは獣のような男だ。
背は約七フィートに迫る。
恰幅はいい具合で非凡な程に鍛え上げられている。
肉体を包み込むスーツやコートは力んだシドによって不自然に変形し、盛り上がった背は彼の膂力を物語る。
(獣みたいな、人……)
呆けたようなゴーストの顔面に全力で銃身が叩き落とされる。
十二インチと、最早通常とは程遠い規格を持つシドの愛銃はさながらに鈍器を扱うかのようで、それをシドの膂力で叩きつけられるとすれば威力は推して知る所がある。
殴りつけられたゴーストは地を跳ねる、のではなく減り込んだ。
体躯を形成する骨の様々は粉砕されてしまい、無力なままに殴り潰される。
「さて、それじゃあ改めて名乗ろう。俺の名前はシド・フラワーショップ。翁にお前の守護を頼まれた身で、特技は〈聖魔の駆逐〉……神に連なる糞をぶっ飛ばし、魔と名のつく糞をぶち殺すことだ」
そんな散り逝くゴーストの亡骸を踏み付けたのはシド。
シャロンを地におろした彼は彼女の目線にまで身を屈めてそう名乗る。
「以後お見知りおきを……長い付き合いになりそうだが、まあ宜しくだ」
全てのゴーストの消滅と共に景色が段々と正常の色合いへと変化していく。
だが先までとは変わり、日常の景色では雨が降り始めていた。
英国の天気は不安定で、雨といえば首都ロンドン市の象徴とも呼べた。
そんな雨の中、とある教会の墓地で一人の少女の前に跪く大男がいた。
硝煙の香りを纏う男は端的にいえば異常で、その様相はギャングだとか、殺し屋のそれに等しかった。
「な、長い付き合い……?」
「いったろう、お前の世話をしてくれと翁に頼まれたのさ。つまりはお前専属の殺し屋になったって訳だ」
「……えぇええ⁉」
灰褐色をした髮は短く刈りあげられている。
髭を疎らに生やし、ファッションは高級品を好むような風だった。
そんな大柄な男の名はシド・フラワーショップというが、この男は自称魔の殺し屋で、今後シャロンの世話を焼く、老爺が用意した後見人だった。
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