第45話 家族でお買い物


「坊ちゃんにもそのうち、最上級ステーキ肉でも食わせてやろうか? こう見えて稼いでるからな、それくらいならわけないぞ?」

「いいよハロルドさん、舌が馬鹿になるから」

「……夢が無いなあ、坊ちゃん」

「ステーキたべると、ばかになるの?」

「そうだぞリリー。子どもの時から贅沢してると、将来大変なことになるから気を付けねーとな」

「わかった」

「やめてくださいゾルバ。王都に帰ってから大変になるじゃないですか」


 その後も、街を見て回る。

 別に観光地ってわけじゃないから、それほど見ごたえのあるものは特にないのだけれど、中央広場の噴水が上がるのを近くで眺めたり、石橋の上から用水路に流れる枯葉を数えてみたり。

 庶民に流行の服屋を覗いて、リリーを着せ替えて遊んだりもした。

 ベアトリーチェがいい顔をしないかな、とも思ったが、こんな経験はもう二度とないでしょうから、と言って黙認していたので、ベアトリーチェ共々、一時間近くファッションショーが開かれることになった。


「素敵です! よくお似合いですよ。お嬢ちゃんも似合うわね。将来とびきりの美人になるわよ」

「ほんと?」

「もちろん。街で会ったら十人中十人は振り返るくらい、素敵な美人になるわね。さらにうちの店のコーデを合わせれば、どんな殿方だって一発で射止められちゃうわ。アタシが保証する」


 さらっと宣伝も混ざってるけど、店主に褒められて嬉しそうだからいいか。

 ちなみに俺とハロルドさんは店の入り口の端で置物になっている。

 ハロルドさんも服には全く興味が無いようで、手持ち無沙汰にしていた。

 もちろん俺も興味がない。……前世じゃ服なんて二、三着を着回していたからな。それも季節関係なく。


(それは単にお前が貧乏だったというだけでは?)

(うるせー)


 脳内で突っ込みを入れてくる悪魔を黙らせる。

 ……なんかこいつ、意外とリアクションとかが人間臭いんだよな、悪魔のくせに。


「坊ちゃんにもなんか見繕ってやろうか?」

「いいよ。それよりさっきはベアトリーチェを口説いていたくせに、ここで行かなくていいの?」

「よしてくれ。あんなのは大人のたしなみのうちさ。本気でやったら大変だからな」

「社交辞令ってやつね」

「坊ちゃん、ほんとどこで覚えて来るんだい」


 いかんいかん、つい。


「もし、あの悪魔に何か言われたなら、ちゃんと報告してくれよ。いざってときに動けないと困るからな」

『抜かせ。お前ごときに儂をどうこう出来ると思うてか?』

「……聞こえてるのかよ。おっかない悪魔だねぇ」

「おい、滅多なこと言うなよ。大人しくしてろ」

『まったく退屈で仕方ないわ。帰ったらまた訓練だぞ』


 揺らめいていた影が静かに収まる。

 ハロルドさんは眉間の皴を押さえながらふぅ、とため息をついた。


「訓練ね。危ないことはしてないだろうね、坊ちゃん?」

「大丈夫だよ。魔力のコントロールを練習してるだけ。最近は、魔力量を増やすって訓練もしてるけど」

「悪魔の訓練とは。知っとかなきゃいかんのだろうが、正直聞くのが怖いな。ま、後で教えてくれ」

「いいけど、今度はいつ来るのさ」

「ああ、言ってなかったが、今度から孤児院の近くに引っ越してくることになったんだ」

「は? なんでそんな大事なこと黙ってたわけ?」

「いや、言う時が無かったもんで……怒らんでくれよ坊ちゃん」


 言うのが遅れたかわりに、引っ越しの挨拶には子供たちが喜びそうなものをたくさん持っていくと約束してくれた。

 手を合わせて謝るので、仕方ないなと許してやった。


「で、なんでまた急に」

「いや、急ってわけでもないんだ。もともとそういう話はあったんだが、お前さんの悪魔の件があって、実行に移ったってわけさ」

「なんだ、監視のためか」

「身も蓋もないこと言うなよ坊ちゃん。なに、子どもたちにはこれまで通り変わらずに接するし、坊ちゃんとも特に何かしなきゃならんわけでもない。危ないことさえしなければ、それでいいんだ」

「しないよ。孤児院に何もなければね」

「それこそ、大人を頼ってくれ。坊ちゃんだって、悪魔のことを除けば、普通の子どもと何も変わらないんだから」

『はっ。これが普通の子どもとは、笑わせる』

「お前は黙ってろ」


 どうしてあの日、ハロルドさんが騎士服を着ていたのかとか、いったいこれまで何をしていたのかとかは、結局聞いていない。

 向こうから話す気が無さそうだったし、先生もばあちゃんも事情を知っていた風だから、あえて聞くのは止めた。聞いたからって、俺とハロルドさんの関係が変わるわけでもないと思うし。

 事件から二週間経った今でも、ハロルドさんは小売店の若旦那としてたくさんの商品を持って孤児院に来てくれるし、子どもたちと遊んでくれる。

 それでいいんだと思う。


「リリーは、王都に帰ったらどうなるのかな」

「王子殿下が見てくれることになったから、なにも心配は要らないよ。他の貴族連中はともかく、あの殿下ならば安心だ。マルス女史もいるしな」

「そっか」


 ベアトリーチェも、リリーに付いて王都に戻ることが決まっていた。

 もう騎士ではなくなってしまったが、むしろこれまで以上に傍にいられるとして喜んでいたので、結果オーライと言えるのかな。


「じゃあ、心配は要らないね」

「ああ。……坊ちゃんとは、その、もう会えなくなるかもしれんが……」

「別にいいでしょ。元気でやってくれれば。そりゃちょっとは寂しいけど、いつかいい思い出になるって」

「……坊ちゃん」


 そういうところが子どもっぽくないんだよなぁ、と言って困ったように笑っていた。

 俺も、余計なお世話だ、としんみり笑った。

 こうしてリリーと、みんなと……家族みたいに過ごす時間も、もうすぐ終わる。

 足元でちょっとだけ、伸びた影がゆらりと騒いだ気がした。

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