第44話 戻る日常
◆◆◆
「リリアについてだが」
あの後、リリーは王子様のところで匿われていたのだが、明日からまた孤児院に戻ってこられると、王子様の口から直接教えてくれた。
よかった。いくら王子様が守ってくれているとはいえ、寂しがりなあの子が元気にやっているか、ずっと心配だったんだ。
「リリアを孤児院に戻すことに関して、第二騎士団がうるさく言ってきていたが、そもそもの話、彼らに口を挟む権利などないからね。立場を弁えるよう、私からきつく言っておいたから」
「それは、ありがとうございます」
「リリアが脱走した件も、その後の誘拐事件は不可抗力であったと思うし、“赤錆”さえいなければ大きな問題にはなっていなかったろう。よって、この件についても不問とし、孤児院にはなんら責は無いものとする。もちろん、シスターや教会関係者たち。それから、ベアトリーチェ・マルス騎士。君にもお咎めはないよ」
「……よろしいのですか?」
「リリアが信頼している数少ない忠実な騎士を失うのは、私としても避けたいからね。ただし、騎士団からは除名。今後はリリアの専属メイドにでもなって、彼女に仕えてくれ」
「……謹んでお受けいたします」
懸念していた俺たちの処遇も、王子様のおかげで救われた。
どうやらリリーが夜通し王子様に訴えてくれたらしい。守ってやるはずが、守られてしまったな。
「とはいえ、事件が起きてしまった以上は、このままずっと、というわけにはいかない。僕の部下たちがこの街での調査を終え次第、一緒に王都に戻ることになる。彼女が孤児院で過ごすのは、それまでの間だけだ。それはわかってくれるね?」
「はい」
そして俺のことは……要注意監査対象、として監視されることになった。
「監視と言っても、監禁して国の実験動物にする、という意味じゃないよ。いたいけな少年に無体を働くほど、僕は不信心な人間ではないのでね。それに、悪魔に憑かれたものを四六時中見張るなんて、疲れてしまうだろう?」
「王子、笑えません」
はっはっは、と明るく笑う王子を、お付きの人が一蹴する。
……読めないなぁ、この人。
「でも、話を聞く限り、とてつもない力を持った悪魔のようだからね。君が今後、我が国の益となってその力を生かしてくれればよし。しかし、欲に溺れ真の悪魔に身を堕としたその時は……」
せめてもの情けだ、僕が斬って捨ててあげよう。
――と、爽やかな笑顔でそう告げられた。
(怖い青年じゃな)
(……ああ、まったくだよ)
「そうならないことを切に願うよ。さて、最後になったが……。リリアを救ってくれてありがとう。この国の王子として、君のような少年がいてくれることを誇りに思う。これからも……よろしく頼むよ」
「……はい」
長くても半月後にはこの街を出るからそのつもりで、と言って俺と握手を交わし、王子様は颯爽と帰って行った。
翌日にはリリーが孤児院に帰って来て、潰れてしまった越冬祭の続きを孤児院と教会のみんなだけでささやかに楽しんだ。
喧嘩したままだったリリーとミルフィも、このときには仲直りできたようで、俺も一安心だ。
ハロルドさんが「王子様からお礼の品だってさ!」と上等な鴨肉を持ってきてくれて、子どもたちは生まれて初めて食べるご馳走肉に舌鼓を打ち、教会のみんなは贅沢が身に沁みてしまう、と戦々恐々としているのを俺とばあちゃんで笑い飛ばし、夜にはみんな一緒にお風呂に入って裸の付き合いをしたりした。
誰かと入浴するなんて、と恥ずかしがるリリーと、これも生まれて初めて経験する子どもたちとのギャップが面白かった。最終的にはミルフィたち女の子に手を引かれて、背中の流し合いをしていた。
はじめて孤児院に来た時の悲痛な表情はすっかり消え失せて、リリーは本当によく笑うようになった。それでも寝るときは俺と離れたがらなかったけれど、俺以外の人間にも心を開いて班せるようになったのは、ミルフィと喧嘩して仲直りできたことで自信がついたからだと思う。
子どもたちと元気に庭を走り回るリリーを見て、ベアトリーチェも嬉しそうに涙を浮かべていた。
そんな風にしてあっという間に二週間が過ぎ、いよいよ王子様御一行がデントの街を離れると連絡を受けた。
◆◆◆
その日、俺とリリーはハロルドさんとベアトリーチェと一緒に、街の市場へ繰り出していた。
思えばこの街に来て孤児院しか知らないリリーのために、最後に観光しようという話になったのだ。
「ゾルバ、はやく!」
「わかったって、ちゃんと前見て歩けよ」
「はーい!」
全然わかってないリリーを連れて、店を冷かして回る。
俺もときどき顔を合わせるおっちゃんおばちゃんたちが、手をつないで歩く俺たちを見て微笑ましそうに「かわいいカップルだ」と話しかけてくるので、返事に困った。
「リリア様、あんなにはしゃいで。見ているこっちがはらはらします」
「いいじゃないか。これも立派なデートだろう。こぶ付きだけど」
「あら、それって私のことですか?」
「いやあ」
ハロルドさんはその気もないのにベアトリーチェに気障なセリフを言って怒らせていた。
なにがしたいんだか。
ただ、リリーはデートと言う単語に反応して、余計にテンションを爆発させていた。
どうもミルフィが、祭りの日の帰りに俺と(ちょっとだけ)デートした、というのを大層羨ましがっていたようで、それもあって連れ出すことに決めたのだと、ベアトリーチェが語っていた。
「どうだ、美味いか?」
「うん!」
あの日食べられなかった揚げパンを買って、四人で広場の公園で座って食べた。
屋台で買ってきたばかりのパンは揚げたて熱々で、火傷しないようにフーフーと冷ましながら、少しづつちぎって渡してやる。
荒めの砂糖がたっぷり振りかけられたパンはしんなりして、甘く素朴な味わいがたまらなく美味しい。
前世も含めて贅沢などとは無縁の俺にとっては、これこそがご馳走だ。
リリーも、今日までの孤児院生活で舌が変わったのか、美味しい美味しいと言っていた。
ベアトリーチェが苦笑していたが、口の周りを砂糖まみれにしたリリーの幸せそうな笑顔を見ると、何も言えないようであった。
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