第43話 事件の顛末

 あの後、疲労困憊の俺たちを助けてくれたのは、戦いの中で行方不明になっていた団長のライズと、なんとこの国の第一王子、ウィル殿下だった。

 モンスターが現れた直後、弾みで吹き飛ばされてしまったという騎士団長は、ちょうど隣街まで査察に来ていた王子に助勢を求めて単身駆けたのだそうだ。

 いや普通、それは部下の誰かを行かせてお前は現場に残れよ、と思ったが、リリーの乗る馬車が結界で守られていることがわかっていたからこそ、誰よりも速く動ける自分が動いたのだ、と言ったらしい。……ほんとかよ。


 その後、王子とその近衛兵たちに護送されて、俺たちは無事にデントまで戻ることができた。

 ベアトリーチェの話では、最初は団長のライズが再び護衛に入ろうとしたそうだが、隊を見捨てて逃げたのでは? と不信を抱いたアドラーたちと一悶着あったそうで、見かねた王子が護送を買って出てくれたのだそうだ。

 あのときの王子の爽やかな笑顔と二人の苦い顔は忘れられません、とベアトリーチェは冗談交じりに語ってくれた。


 俺はというと、あの蟻野郎を倒すのに力を使い果たしてしまい、パタリと気を失ってしまったので、目が覚めたら騎士団の詰め所の一室だった。どうやら丸一日眠っていたらしく、先生やみんなにずいぶんと心配をかけてしまったみたいだった。

 それからベアトリーチェと二人でたっぷりと事情聴取を受けて、夜になってからようやく孤児院に戻ることができた。

 帰ってくるなり俺を抱きしめて離さない先生と、その横でびゃーびゃー泣くミルフィを宥めるのには大変苦労した。ベアトリーチェはこういうとき全然役に立たないし、ばあちゃんがいなかったら俺はまたもや倒れてしまうところだった。


 その翌日、俺が目を覚ましたと聞いて、あの王子様がわざわざ孤児院にまで会いにやって来た。

 さすがの先生やばあちゃんもこの国の王子が直々に参上したとあって、俺が失礼を働くのではと、近衛たちに前もって何度も頭を下げ、まだ年端も行かぬ子どもですから平にご容赦ください、と王子に断りを入れていた。……俺ってマジでそんなイメージなのな。


「気にすることはないよ。近衛たちにも、子どものすることにいちいち目くじらを立てるほど狭量な者はいない。そうだろう?」


 そう言って、ちょっと不服そうな近衛たちを爽やかスマイルで黙らせていた。

 その後、俺とベアトリーチェ、そして先生の代理と言うことでばあちゃんが同席し、王子様と面会した。

 俺たちはあの日起きた出来事を改めて説明し、王子からはその後の対応について丁寧に話してくれた。


「リリアを襲ったのは、“赤錆”という反体制組織の一員と見られている。彼らはこの国の支配者層……つまり僕らや貴族院の者たちへの反対と闘争を主張し、王都でテロ行為を繰り返している厄介な連中でね。これまで王都外で事件を起こしたことはなかったのだけれど、まさかデントにまで現れるとは」


 “赤錆”なるテロ組織は、どうやってかリリーがこの街にいることを掴み、王国政府への交渉材料として人質に利用しようと考えたのではないか、と王子様は言う。

 確かにあの大男たちもそんなようなことを言っていた覚えがある。


「彼らの主張の是非はともかく、無関係な市民を巻き込み、武力によって破壊活動を行う彼らを、許すわけにはいかない。今後は決して君たちに危害が加わるようなことにはさせないから、安心してほしい」


 王子様はそう約束をしてくれたが、しかし実際のところ、あの連中を叩くのはかなり手強いだろう。

 秘密であったはずのリリーの情報を手に入れ、騎士団の目を搔い潜り街に潜伏。さらには不思議なことに、あのモンスターのいた場所を交渉の舞台として指定したこと。

 あんなモンスターが街道の地下に眠っていたなんて、これまで誰も知らなかったことだ。

 それを奴らはどのようにしてか知り得て、しかも利用しようとしたのだ。

 何か、常識はずれな力を持ったヤバい組織であることは伺い知れる。


「災害級モンスターについては、目下調査中だ。これまでずっと誰にも知られずあの場所で眠っていたのか、それともどこかから移動してきたのか。そして、奴らがどのようにしてあのモンスターを都合よく襲わせることに成功したのか。この謎を突き止めなくては、最悪の場合、国が亡びる可能性もある。君たちも、もし何か思い出したことがあったら、遠慮なく言ってくれ」


 今後も引き続き調査を続けていく、というところで事件の話は終わった。

 

(あ奴の精神に入り込んだとき、お前も感じたろう。心の中に巣食う異物の存在に)


 そう、あの怨嗟地獄蟻には、心をかき乱されるような何かが蔓延っていた。

 そのせいで、アイツは自分でも抑えきれないほどの飢えに支配されて、暴走していたんだ。

 それに心の中でアイツは、「いつの間にかこんなところに来てしまった」って言っていた。

 けど、俺と悪魔はそれを「何者かに連れてこられたのでは」と考えている。

 アイツほどのモンスターが棲み処を出てきたのだとしたら、騒ぎになっていないはずがない。それに何故ピンポイントで俺たちの街の手前に現れたのかも謎だ。


(おそらく背後には――)

(ああ)


 言われて思い出すのは、あの怪しげな仮面の男のことだ。

 意味深なことを言って姿を消した男。奴はいったい何の目的で、俺たちに手を出してきたのか。

 が、そいつについても王子様たちは有益な情報を持っていないらしい。


(またぞろ、何かを企てて儂らの前に現れるやもしれんな)

(なあに、そんときは返り討ちにしてやるよ。期待してるぜ、相棒)

(くはは! 大船に乗ったつもりでおるがいいわ!)


 頭の中で喧しく笑う悪魔。

 そんなことを考えていると、コホン、と咳払いをして、王子様が真っ直ぐ俺の目を見た。


「リリアについてだが」

「……はい」


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