第38話 災害級モンスター


 ◆◆◆


 「すぐに態勢を整えろ! 距離を取って様子を伺え!」


 アドラーはそれだけ言って、指示を仰ぐためライズの元へと走る。

 しかし、どれだけ見渡してもライズの姿が見つけられない。どころか、騎馬隊の姿も見えない。


 「まさか、既に呑み込まれてしまったのか!?……そうだ、姫様は!?」


 ライズたちが護衛していたはずの、姫様が乗る馬車はどうなった。

 慌てて流砂の外周をぐるりと走る。

 夜の闇でよく見えないが、やはりそれらしき馬車が見当たらない。

 もしや、姫様まで……と思ったその時、バキィ! と木が割れるような音が上方から聞こえた。


 「なっ、姫様!」


 怨砂地獄蟻の巨大な口顎に、あの馬車が咥えられていたのだ。

 先ほどの音は天板が割れた音だったのか、九十度横になった馬車から、中に取り残された者たちが必死にしがみついているのが見える。

 その中に、リリア様もいる。


 「な……なんということだ……」


 貴人の護送のための馬車は相当に頑丈なつくりで強固な防御術が編み込まれているが、そのはずの躯体がみしみしと悲鳴を上げているのがこの距離でもわかる。

 強靭な顎はまるで万力のように馬車を締め上げていて、徐々に守りの式が割られていっている。


 「全員、聞け! リリア様がモンスターに捕らえられている! なんとしても救出するのだ!」


 おお、と騎士たちが応え、怨砂地獄蟻の足元へと一斉に魔術が放たれる。

 砂が舞い上がり、炎が、風が、光の雨あられが怨砂地獄蟻を襲うが、ほんの少し身じろぐ程度で、硬い表皮には傷一つついていない。

 そればかりか、うっとおしいとばかりに払われる前足のかぎづめに騎士たちの頑丈なはずの鎧が土くれのようにひしゃげ、倒されたものから流砂に放り込まれて怨砂地獄蟻の足元へ流れていく。


 「あいつ、わざわざ倒したやつを砂の中へ……!」

 「聞いたことがある。ああして砂の中に取り込んで、地中で圧し潰して肉団子にしてからゆっくり食べるらしい……」

 「なんて奴だ……!?」


 並の魔術では歯が立たず、徐々に足元の砂が広がり、騎士たちは距離を取らざるを得ず、離れたことでさらに魔術の威力が落ちていく。

 時間を掛ければかけるほど、状況が悪くなる。

 口顎に挟まれた馬車は結界術のおかげでまだ耐えられているが、あと五分もすれば嚙み砕かれてしまうだろう。


 「くそ、どうすれば……!」


 自身も魔術を放ちながら、アドラーは頭を必死に巡らせる。

 怨砂地獄蟻は次第に苛立ちを増し、自らの足で砂を巻き上げて流砂の範囲を一気に広げ始めた。

 砂がかかった別の馬車はぼろぼろと朽ちていき、砂に変えられていく。

 アドラーの隣にいた騎士も、もろに砂をかぶってしまい、鎧や武器が砂に変わっていく。


 「う、うわあぁぁぁ!」

 「砂を避けろ! 装備を塵に変えられるぞ!」

 「飛んでくる砂を避けるなんて無理です!」

 「とにかく動き回れ! 狙いを分散させろ!」


 場当たりでも指示を出して隊を維持させるが、もはや打つ手が見つからない。

 姫様の乗った馬車はもう半分ほどの大きさになって、中の使用人たちが潰れされまいと身を寄せ合っている。

 姫様だけでも救出したいが、足元は流砂、近づこうにも阻まれ、たとえ中から投げ飛ばしてもらっても、無事に受け止められるか……そもそもそれをあのモンスターが許すかも不明だ。


 「賭けに出るしかないのか……!」


 いちかばちかだ、このままでは姫の命が危ない。

 アドラーは意を決して、まだ比較的小高い場所へ上り、使用人に向けて姫を投げるように叫んだ。


 「私が合図したら、全員で同時に魔術を撃て! その隙に姫をこちらへ放り投げるのだ!」


 なんて無茶な、と誰もが思った。

 しかしもう他に手はない。馬車はもはやそれとわからぬ形に曲がり始め、自分たちも今すぐ逃げ出さねば危ない状況だ。

 怨砂地獄蟻は絶えず砂を撒き散らし、呑み込まれた味方の騎士は半分にまで数を減らしてしまった。

 一刻の猶予もなく、騎士たちは一度きりの作戦に打って出る。


「今だ!」


 怨砂地獄蟻がアドラーの方へ口顎を向けた瞬間、合図とともに四方から魔術が放たれる。

 ぐらぐらと怨砂地獄蟻の体が揺れ、咥えられた馬車も振り回される。

 それでもなんとか使用人たちは一瞬のタイミングを見計らい、結界を解くと、力の限りアドラーへとリリアを投げようとした。

 結界が解かれたことで、馬車は瞬きの間に噛み砕かれる。

 空中へ投げ出されかかったリリアは、割れた馬車の窓枠にひっかかってしまう。


 そのまま宙吊りになるリリア。

 バキバキと馬車を嚙み砕き終えた怨砂地獄蟻は、そのまま大きな口を開けてリリアたちを呑み込まんとする。


「やめろぉ!」


 アドラーたちががむしゃらに魔術を放つが、意にも介さず、馬車は無情にも口の中へ放り込まれていく。

 騎士たちが膝をつき絶望に打ちひしがれる。


 まさに呑み込まれる寸前。

 バリバリ!と響く雷鳴とともに、稲妻を纏った強烈な蹴撃が、モンスターの無防備な背に炸裂する。

 

『ギョエエエエエ!!!!!』


 衝撃とともに、モンスターの口から馬車が放り出された。

 すかさず、少年がモンスターの巨体の上を走り、思い切り蹴りつけて馬車へと飛び移る。

 ほとんど体当たりするような形で馬車ごと距離を取り、騎士たちが固まって陣取っているあたりへと急いで逃れた。

 受け身を取る余裕もなく、強引に魔力でカバーしつつ不時着する。


 何事かとアドラーが振り返ると、そこにいたのは青白い炎に黒い稲妻を纏ったゾルバだった。


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