第37話 騎士団出発
◆◆◆
誘拐事件から翌日の正午過ぎ。
フラーヌ王国第二騎士団第五部隊長アドラー・クラッセは、同騎士団長ライズ・ワンをデント市騎士屯所にて出迎えた。
冬晴れの青空の下を、ライズ率いる騎馬隊の一団が豪奢な馬車を曳いて現れる。
デントの街の住人は何事かと騒ぐも、すぐに騎士たちによって追い払われてしまう。
騎士団長閣下ともなると、おいそれと平民がその姿を目にすることは叶わない。
王都の外ではそんな簡単な事実さえも知らぬのか、とアドラーは内心呆れるばかりだった。
ライズは颯爽と騎馬から飛び降りると、屯所の玄関で整列しているアドラー隊につかつかと歩み寄った。
アドラーの号令で、騎士たちがさっと敬礼する。
ライズも短くそれに応える。
「出迎え御苦労」
「はっ。閣下のご到着をお待ちしておりました。私がご案内いたしますので、こちらへどうぞ」
「いや、必要ない」
「はっ? ……と、仰いますと?」
「既に姫は保護されたと聞いている。長居は無用だ。補給が完了次第、速やかに出立する。貴君らも至急準備せよ」
そう言って、ライズは部下に作業にかかるよう命じると、部隊へ取って引き返していく。
アドラーは慌てて彼を呼び止める。
「お、お待ちください閣下。今からでございますか?」
「そうだ。何か問題が?」
「せ、性急に過ぎるのでは……見たところ補給にも時間がかかるご様子。移動の疲れもありましょう、今日のところはお休みになられて、出立は明日になさっては……?」
「構わん。まずはこの街を離れることが先決だ」
「し、しかし。夜間にはモンスターも活発化します。姫様の安全を考えれば、移動は日中に限るべきでは……」
「私の部下にモンスターごときに臆する軟弱者はおらん。違うか?」
「……いえ」
ライズはそれきり会話を打ち切り、自身の部隊へと戻っていった。
急な展開についていけず、アドラー含め彼の部下は困惑しきりだったが、ライズの一団からすぐ補給に入りたいと言われ、考える暇さえも与えてくれない。
アドラーは彼らの態度を不審に思いながらも、急ぎ部下たちに指示を出すために、足早に屯所に入っていった。
◆◆◆
やがて、日暮れも近くなると、ぶ厚い雲が空に立ち込め、辺りはますます暗くなる中。
アドラーたちは夜になるのを待って、屯所を出発した。
一際大きな馬車にリリーとライズが乗り込み、ライズの部下たちが前を、アドラー隊が後ろを挟むように進む。
物々しい雰囲気に、街の者たちは何事かと騒ぎ立てるが、先頭の騎士が追い払っていく。
その、過剰ともいうべき騎士の態度に、アドラー隊は眉を顰める。
「隊長、なんなんですかアイツら」
「彼らは団長の直下部隊だ。詳しくは知らないが、皆、失礼のないように」
「しませんよ。そこまで馬鹿じゃありません」
「ならいい。警戒を怠るな」
アドラーは隊員たちの愚痴に付き合いながらも、周囲に目を配る。
月も見えない暗い夜の闇を、モンスターを刺激せぬよう、わずかな松明の明りだけを頼りに進んでいく。
ほどなくして、一行は北の城門を抜け、デント市街を出る。
アドラーの隣を行く騎士が、アドラーに声をかけた。
「隊長、テロリストの要求にあった街道って、この先じゃないですか?」
「そうだ。奴らの残党が潜んでいる可能性もある。注意しておいてくれ」
「理解できません。何故わざわざ危険な道を選ぶのですか? 一刻も早く別の街に向かいたいのは解りますが、姫様の安全を考慮するなら――」
「もちろんわかっている。僕だってそのことは進言したさ。だが、にべもなく却下された」
「はぁ? どうして……一体団長は何を考えているのですか?」
「……おそらく、姫を囮に使うつもりだろう」
「なんですって!」
憤慨する隊員に、アドラーも苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。
「市街に潜んでいた連中は始末したが、生き残りがいないとも限らない。奴らの計画では、この先で何らかのアクションを起こすはずだったわけだからね。団長はあえて奴らの懐に飛び込んで、一網打尽にする気なのかもしれない」
「しかし、危険すぎます!」
「そんなことは百も承知だ。団長……あなたは一体何を……」
訝しむアドラーたちをよそに、隊列は街と街を結ぶ街道を進み、やがて崖のように高低差のある急坂に差し掛かる。
迂回するように降りていく馬車の足元が突然に崩れ、馬たちが悲鳴を上げる。
「何事だ!?」
「わかりません、急に地面が割れて……!」
横倒しになった馬車に駆け寄るが、衝撃で扉が曲がって開けることができない。
騎士たちが右往左往しているうちに、ずん、とまた大地が揺れた。
「今度はなんだ!?」
「隊長! あれを!」
再び地面が割れ、地中から巨大なモンスターが姿を現した。
モンスターの周囲が徐々に崩れていき、大きな坂があっという間に平らになって、辺りの草木がぼろぼろと砂になっていく。
砂はどんどんと渦を巻いて地中に吸い込まれるように流れていき、巻き込まれた騎士たちが徐々に足を盗られ体が砂に呑み込まれていく。
怨砂地獄蟻。
百年に一度、その姿を見せるかどうかという災害級モンスターが襲い掛かってきたのだった。
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