第35話 ベアトリーチェの報告


 ◆◆◆


 私は姫様を連れてすぐ、騎士団の詰め所へと向かった。

 姫を預けた後、アドラー隊長含む数名の騎士に事情聴取を受ける。

 そこで起きたことをつまびらかに話した。


 ゾルバとともに、無人のはずの礼拝堂で怪しげな男たちを見つけたこと。

 男たちを打ち倒し、拉致されていた姫様を奪還したこと。

 テロリストどもを扇動し、事件を裏で操っていたであろう黒幕らしきローブ姿の怪人。

 その一部始終を。

 およそ一時間にわたって詳細を語り終えたときには、隊長たちは腕を組んで渋面を作っていた。


 「ローブ姿の怪人……何者だ?」

 「わかりません。目的は達した、と言って引き上げていきました」

 「……反体制のテロリスト集団ではないのか……まさか、ジョアン派閥か。危惧しなかったわけではないが、こうも直接的な手段に訴えてくるとはな」

 

 アドラー隊長は険しい表情で、敵勢力の炙り出しとより一層の陣営の強化を図らねば、と部下たちと相談を始めた。

 今回のことで、噂程度だった犯罪組織の存在が明るみになっただけでなく、こちらの手の内も読まれていたことが判明した。

 こちらから打って出ようにも敵はどこに潜んでいるかわからず、騎士団は後手に回らざるを得ない。

 姫様だけでなく、今後は全ての貴族・王族の身柄が危ぶまれる。


 しかし、いま私の心にあるのは、姫様のことだけだった。

 危険から逃れるためにわざわざこの街へと姫様を連れて来たのに、かえってより深い悲しみを与えてしまった。

 もう彼女が安らげる場所はどこにもないのかもしれない。

 そして唯一、安らぎを与えられるはずだった人も、もういない。

 あんなに素晴らしい男の子を、私は目の前で失ってしまったのだ。騎士として悔やんでも悔やみきれない。


 「それらの問題については棚上げとする他無いな。……それよりもだ、マルス騎士。貴様、何故、我々に連絡を取らず、単独で行動した?」

 「それは……ゾルバ少年から話を聞き、一刻を争う事態であると判断したためです」

 「稚拙な言い訳だな。ふん……、それで、あの小僧はどうした?」

 「……戦闘に、巻き込まれて……」

 「……そうか。市民の命も守り切れんとは、つくづく呆れ果てる」

 「返す言葉も、ありません」

 「まあ、良い。姫を無事に救出することができたのは、何よりだった。ローブの怪人を逃がしたというのは痛いが……それはこの際置いておく。話を聞く限りでは貴様の手に負えるものではなかったようだからな。賊どもの討伐に関しても、良くやったと言っておこう。だが今回、姫を拉致され危険に晒したこと、そして一人の市民の命が失われた責任は取ってもらう」

 「……はい」

 「間もなく団長閣下がこちらに到着される。それを待って、我々も王都へ帰還する。マルス騎士の処遇については追って連絡する。それまで謹慎しているように」

 「あの、隊長! それで、その……どうか孤児院の子どもたちはお救い下さいませんか!」

 「……そんなことが何だ? 何故我々があれらに施しをせねばならん」

 「しかし! ゾルバ少年がいなければ、姫様を奪還することは叶いませんでした! 自らの命を賭して……。その功績だけでもどうかご考慮ください!」


 アドラー隊長は私を怒鳴りつけようとしたが、副官がそれを止めてくれ、何事か彼に耳打ちした。

 声は聞こえなかったが、唇の動きから「カティア様が目をかけられている孤児院を無暗に取り潰すのはまずいのでは。魔女の件もありますし……」と読めた。


 「……いいだろう。まぁ、一人で賊を討伐し姫を奪還した貴様の功績は大したものだ。僕から一言口添えしてやろう。ただし判断はあくまでも評議会がする」

 

 そう言ってアドラー隊長が足早に退出された。

 それから私も追い出されるようにして、詰め所を後にした。


 あの悪魔については、報告をしなかった。

 悪魔との契約書が保管されていたとなれば、孤児院の存続に関わる。

 ただでさえ立場を危うくしているのだ。余計なことを言って、シスターや子供たちを路頭に迷わせるわけにはいかなかった。

 騎士としては、報告するべきだと思うが……。

 どうせ私は処罰される身だ。


 これからどうしよう。

 孤児院へ行って、シスターと話を……。

 でも、なんて話せばいい?

 あの子が死んだなんて……なんて言って詫びればいい?

 シスターは、子どもたちはどれだけ悲しむだろう。

 ブリュー様には……殺されてしまうかもしれない。

 それでもいいかも。私は罰を受けなくてはいけない。

 いや、誰かの手を煩わせてはいけない、潔く、自らの手で……。

 

 腰に吊ったままのダガーにこわごわと手を伸ばそうとして、ぽん、と肩を叩かれた。


 「大丈夫か? 酷い顔してるぞ」


 そこにいたのは、ハロルド・タイムだった。

 いつもの商人の恰好ではなく、鎧姿だった。


 「これからお前さんの報告にあった、例の教会に行くところなんだ。現場検証やら事後処理なんかは後回しになるが、ひとまず立ち入り禁止にしておかなくちゃな。マルス騎士、付き合ってくれよ」

 「……しかし、私は謹慎を受けて……」

 「固いこと言うなって。この程度のことで誰も文句言わないさ。それに……ゾルバがまだ、あそこに寝ているんだろう? あの子のことだけは、誰かに任せちゃ置けないからな」

 「! ……そう、ですね」


 二人で明け方の街をゆっくり進む。

 つい、足取りが重くなる私に、黙って歩調を合わせてくださった。


 「……そういえば、騎士の恰好をされているところを初めて見ました」

 「確かに、孤児院じゃいつも若旦那で通ってるからな。けど、訓練は欠かしてないぜ」

 「あの、タイム騎士は、その……」

 「ハロルドでいい。恰好こそこんなだが、あの子に会いに行くときは、若旦那のハロルドでいたい」

 「……では、ハロルドさん。私を非難しないのですか」

 「しないさ」

 「ですが、私は」

 「あの子のことだ。黙って殺されたわけじゃないだろう? 懸命に戦った末の、結果なんだ。俺は騎士として、いや一人の男として、彼を誇りに思うよ」


 自分が恥ずかしくなった。

 あの子を死なせてしまったと、姫を守れなかったと。

 いつから私はそんなに偉くなったのだろう。


 「……まあ、そう簡単に割り切れるもんじゃないよな。ただ一つ言えるのは、あの子が君を恨んだりはしないだろうってことさ」

 「……ありがとうございます」


 それからしばらく、黙って歩き続けた。

 ハロルドさんは明後日の方を向いて。

 私はずっと俯いたまま。

 口を開いたら、弱音が零れて止められなくなりそうで、それがたまらなく嫌だった。


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