第31話 チェックメイト
「ち、なんてざまだ。たかがガキと女に俺たちが……」
倒れた仲間を踏み越えるようにして、大男が俺たちに歩み寄る。
こいつから迸る魔力は、他のやつの比じゃない。
死線を潜り抜けてきた強者って感じがプンプンする。
(気を抜くな、友よ。お前の強さは儂が底上げしているだけだ。経験も戦闘センスも、お前は持ち合わせておらん)
「言われなくてもわかってる」
ブォン、と大剣が振るわれ、籠められた魔力の鋭さに肌が粟立つ。
一歩、また一歩とやつが間合いを詰めるたびに、死が足音を立ててにじり寄ってきているみたいだ。
そこへ、ベアトリーチェが静かに立ち塞がった。
「命が惜しければ、諦めて投降しなさい。もっとも、あなたたちには重い罰が待っていることでしょうが」
視線を向けると、さっきまでいた男たちはあらかたベアトリーチェに蹴散らされており、残るは大剣の大男だけとなっていた。
「邪魔なんだよ」
大男は床を踏み抜く勢いでベアトリーチェに切り掛かる。
しかし、彼女はわずかな体重移動だけであっさりと必殺の一撃をいなしてしまう。
「残念ですが、あなたはここでおしまいです」
「……ほざけっ!!」
ギン、ギン、と金属の打ち合う音が聖堂内に響く。
大男が力いっぱい剣を振るえば、地を穿ち、調度品を粉微塵に吹き飛ばす。
まさに剛の剣。吹き荒れる暴威は室内の至るところに傷を作り出し、俺はリリーを巻き込まないように身を屈めるので精いっぱいだ。
「はぁっ!!」
そんな剣戟のなか、シャラン、と鈴の音のような音とともに、ベアトリーチェが滑るようにその身を躍らせ、室内を縦横無尽に泳いでいく。
流麗な剣裁きで、大質量の大剣も彼女へ当たることは無い。
まさに柔の剣。彼女が高速移動を繰り返すたび、魔力の残滓が筋となって見る者の感覚を狂わせていく。
「くそ、こざかしい……!」
「チェックメイトですね」
動かなくなった男たちの間を悠然と歩きながら、大男を壁へと追いつめる。
見れば、大男の防具がすっぱりと斬り落とされて、辺りに散乱している。
「あのダガー、どんな業物だよ」
(儂が手ずから鍛えてやったのだぞ、当然じゃろう)
「それ俺の魔力だろ」
(細かいことを言うな。しかし、あの娘もそこそこ腕が立つようじゃな)
確かに、どの敵も見事に一太刀で倒されてしまったようだ。
ベアトリーチェって強かったんだな。
「まだ抵抗する気?」
「当然だ! こんなところでくたばってたまるものか!」
大剣を見境なく振り回す。
ベアトリーチェは難無く避けているが、あまりの勢いに攻めあぐねているようだ。
「ベアトリーチェ!」
「そこで見ていなさい!」
思わず飛び出そうとした俺をベアトリーチェが制する。
互いに一歩も譲らぬ攻防が続く。
この人数を圧倒したベアトリーチェを苦戦させるなんて、あの傷の大男も相当な強者のようだ。
「この女……っ!」
「隙あり!」
大男が腕を大きく振りあげたところを、すかさず肉薄し、大剣を握る右手首を一閃。
思わず大剣を取り落とす大男に、そのままベアトリーチェが喉元にダガーを突きつける。
「勝負あったわね」
「……馬鹿が!」
「っ、ベアトリーチェ!」
瞬間、大男の左手の指輪が光り、小さな爆風が巻き起こる。
ベアトリーチェはたまらず吹き飛ばされてしまった。
俺は急いで彼女のもとに駆け寄る。
「あの野郎、あんな手を隠してやがったのか」
(爆発と昏倒の効果を持つリングじゃな。威力はさほどもないが、防御を誤れば、こうなる)
悪魔の言う通り、爆風の直撃を受けたベアトリーチェは、怪我こそ無いものの、昏倒の効果によって意識を失っていた。
厄介な魔道具だな。
大男は残る左手で大剣を拾い直すと、こちらを一瞥した。
その目に油断はない。確実に、慎重に、俺を仕留める計算を立てている。
「ずいぶんやってくれたな。可愛い部下どもが全滅だ」
「……先に手を出したのはそっちだろ」
「ふん。……命乞いをしろ。首の一本で済ませてやる」
「ざけんな。丸焦げにしてやるよ」
◆◆◆
髪の毛を逆立て、バチバチと全身から放電する。
リリーとベアトリーチェ、二人を背にして、大男と対峙する。
「くらえっ!」
ごろつきどもを一掃した稲妻の鞭を出現させ、一気に振るう。
が、大男は片手で器用に大剣を振るうと、俺の鞭を難無く弾き飛ばした。
「くそっ」
「どうした? この程度か」
大男がじりじりと次第に歩を進める。
負けじと何度も鞭を振るうが、まるで効いていない。
(あの大剣もなかなかの魔剣じゃな。もっと出力を上げんと対抗できん)
「なんだよ! まだ魔力が足らないのか!?」
(いや、今のお前ではこれ以上は望めん)
こうしている間にも、徐々にこちらへ近づいてきている。
俺はたまらず後退しかけて、後ろ足が布袋にぶつかった。
「リリー……!」
駄目だ。これ以上は退けない。
なんとかしてこいつを打ち破らなければ。
(ちと早いが、まあ、善しとするか)
「あぁ!?」
(聴け、親愛なる我が友よ。取引通り、ここでお前の命を貰っていくことにする)
「な、ち、ちょっと待て! 俺の望みがまだ――」
(仕方があるまい? お前のちんけな魔力では我が力を十全に引き出せん。となれば、血と肉も貰わねばな)
「……それで奴と刺し違えるってことか」
(まあ、そういう見方もできるな)
悪魔に命を捧げれば、あの大男を倒せる。
だが、その後は?
俺が死んだら、誰がこいつらを守る?
先生は? 孤児院は? みんなを残して死ぬのか?
本当に、もう他に手はないのか?
「終わりだ糞餓鬼! 俺に歯向かったことをあの世で後悔しろ!」
「ちくしょうが……!」
奴はもうすぐそこまで来ている。
駄目だ、もう悩んでいる暇は無い。どのみちこいつを倒せなければ何もかも終わりだ。
「負けたりしやがったら化けて出てやるからな!」
(くはは! 悪魔に向かって何たる言い草か! それでこそ、我が友に相応しい)
腹は決まった。
バリィ、と激しい音が響きわたると、俺の周囲に奔っていた稲妻が、ふっと霧散していく。
思わず膝をついた俺の眼前に、大男が迫る。
「手こずらせやがって。……まあそう落ち込むな。お前を殺ったら、そこの女もすぐあの世に送ってやる。安心して、死ね」
振り下ろされた大剣が、俺の額を割る――
その手前で。
雷を纏った手刀が大剣を弾く。
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