第13話 ベアトリーチェ・マルス
片付けがあるから先に戻ってな、と言われ、俺とリリーは店を出て孤児院に戻ってきた。
そのまま先生を探して応接間に向かうと、先生とハロルドさん、そして鎧を脱いで軽装になったベアトリーチェが待っていた。
ベアトリーチェ・マルスって言ってたっけ。こいつもリリーを追ってきた騎士の一人だ。
どうしても信用できず、つい険しい視線を送ってしまう。
とか思っていたら、先生がばっと走り寄ってきて、俺を抱きしめてきた。
ああ、もう。みんな見てるんだから、止めてくれよ。
「おかえりなさい。怪我の方はなんて?」
「そこらじゅう痣が出来たけど、薬塗っておけば大丈夫だって」
「そう……」
「いやいや、そりゃあ良かった。これで一安心ですな!」
「……良いわけないでしょう。うちの子が殴られたっていうのに、何をへらへら笑っていられるのかしら?」
「あ、いや、そういうわけじゃあ……」
先生はまだまだ怒りが収まらないらしく、ハロルドさんに当り散らしている。
俺のせいじゃないのに……と涙目でしょんぼりしているハロルドさんがお気の毒だ。
それを見て思うところがあったのか、ベアトリーチェが重々しく口を開く。
「申し訳ありません、シスター。同じ騎士として、心から謝罪いたします。……あなたにも、謝罪を。ええと……」
「……ゾルバです。ゾルバ・ラ・ヴォン」
「ゾルバくん。同僚が申し訳ありませんでした。このことはきちんと報告し、厳正な対処をさせて頂きますから」
そう言って、ベアトリーチェは深く頭を下げた。
思わず呆気にとられる。
貴族のしたことだ、てっきり些末事として流されるものと思っていたのに、五歳の子ども相手にここまでするなんて。
もしかしてこの人はハロルドさんと同じ人種なのかもしれない。
「あー、坊ちゃん、マルス女史もこう言っていることだし、許してやっちゃあくれないか?」
「いや、俺は別に。殴ってきたのはあいつで、マルスさんは悪くないし……。頭を上げてください」
「さすが坊ちゃん! ほらほら、マルス女史も」
「……ええ。ありがとうございます、ゾルバくん」
俺が黙ったままでいるのを見かねたのか、ハロルドさんが間に入ってくれた。
俺もなんと返してよいものかわからなかったから、正直助かった。
謝罪を受け取り、彼女と握手を交わす。
騎士ということで警戒してしまったが、彼女に関してはその心配は要らないようだ。
ハロルドさんが気を回してくれたおかげで、わだかまりが一つ解消できたな。
「うんうん、これにて一件落着! ね、シスター」
「落着?」
「あ、いや、その」
「……まあ、ゾルバが良いのなら良いでしょう。それよりも、今後のことを話しましょうか。マルスさん」
「ええ」
先生はいまだに不服そうだったが、俺がもういいよ、と首を横に振ったので、矛を収めてくれた。
ベアトリーチェが再び席に座ると、テーブルを向かいに先生も腰を下ろす。
ハロルドさんは、ぐるっと回ってベアトリーチェの斜め後ろに立った。彼はどうやらそちら側に立場があるらしい。
俺たちも少し離れたところに並んで立つ。
「見ての通り、彼女はうちのゾルバに任せています。ゾルバは少し生意気で危なっかしいところもあるけれど、私の自慢の息子よ。ゾルバが付いていれば大丈夫だと思っているわ」
生意気で危なっかしいは余計だ。
が、自慢の息子と言われて、悪い気はしない。……というか、そんな風に見ていてくれたんだな。
なんだか照れ臭く思っていると、ハロルドさんが気持ち悪い顔でニヤニヤとこちらを見てきてウザかった。
「どうかしら?」
「そうですね……。私も異論はありません。隊長は目くじらを立てるかもしれませんが、私としては、対等に付き合える存在がいてくれることは良いことだと思いますし」
ベアトリーチェと目が合う。
「ゾルバくん、彼女をお願いしますね。難しいところもあると思いますが、とても良い子ですから」
「……もちろん」
言われるまでもない。
後ろにいるリリーに、そっと手を回す。
ずっと俺の後ろで不安げに話を聞いていたが、彼女も安心したのか、わずかに表情が緩んだ。
おずおずと俺の手を取る様子を、ベアトリーチェが目を細めて見つめる。
「先程も申し上げましたが、警護も兼ねて、こちらに留まる間はお手伝いさせて頂くつもりです。何なりと仰ってください」
「助かるわ。とりあえず、昼食の準備をしましょうか。それから子供たちにあなたを紹介しましょう。ハロルド、あなた時間は大丈夫?」
「問題ありません。昼までは俺が子どもらについていますね」
「頼むわね。ゾルバ、リリーと一緒に戻って休んでなさい。では行きましょう、マルスさん」
三人を見送ってすぐ、言われたとおりに俺たちは部屋に戻る。
朝から色々あり過ぎて疲れてしまった。
リリーも同じ気持ちだったらしく、二人並んで横になった途端、あっという間に眠りに落ちてしまった。
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