第4話 ハロルドさん
大量の荷物を仕舞い終えて応接間に戻ると、丁度ハロルドさんが魔法鞄を片付けているところだった。
「ああ、坊ちゃん。そっちは終わったかい?」
「うん、ハロルドさんもありがと。今日はもうこれで帰るの?」
「急ぎ戻らないといけなくなってね。シスターにはよろしく言っておいてくれよ」
「わかった」
応接間を出て中庭を突っ切っていくと、ちょうど子供たちと院内を散歩中の見習いシスターさんに出会った。
「あー、おじちゃん!」
「こんちゃ、おじちゃん」
「あそぼあそぼー」
ハロルドさんの姿が目に入るなり、あっという間に群がっていく子どもたち。
可哀そうに、シスターさんはあっさりと置いて行かれて、おろおろしてしまっている。
「ごめんなみんな。今日はもう帰らなくっちゃならんのよ」
「えー、なんで?」
「あそぼーよー」
「悪いね、また今度な」
去り際に一人ずつ頭を撫でてやって、最後にシスターに向かって軽く会釈する。
「お騒がせして申し訳ない、お嬢さん。……あ、いや、敬虔なシスターに向かって失礼いたしました。お詫びはまた今度、教会に伺いましたときにでも。では」
「は、はい……」
きらん、と白い歯を輝かせて、歯の浮くようなセリフを残して颯爽と歩いていくハロルドさん。
実に憎たらしい、気障ったらしいしぐさだが、これがどうしてハロルドさんがやると渋い男風になるので納得いかない。
……シスター、この世界の聖職者は結婚も出産も許されてるけど、そんなに熱っぽく見ないであげて。その人、女性を見たら誰にでも同じこと言ってるから。
ぽうっとして動かなくなってしまったシスターを再び散歩に行かせてから、ハロルドさんの見送りに裏門まで並んで歩く。
門を潜ったところで、ハロルドさんがこちらへ振り返った。
「では、また来週」
「うん。あ、ねえねえ、ハロルドさん、あれやってよ、あれ!」
「またかあ? あれ疲れるから嫌なん……っていうかさっきはあっさり引き下がったと思ったら、やっぱり諦めてないんじゃないの」
「いいじゃん、教えてくれなんて言ってないだろ? 見せてくれるだけ! ね?」
「はあ……まったくしょうがない」
ハロルドさんは苦笑しながらも、荷物を脇に置いて、胸元から杖を取り出した。
喋り方は胡散臭いが、俺のような小僧にも気さくに接してくれる当たり、先生同様、お人よしでいい人なんだよな。
……女性に甘いのが玉に瑕だけど。
『浮かび上がり、運べ』
ハロルドさんが杖を一振りすると、その軌跡をなぞるように光の線が紡がれ、それが足元の荷物に触れた途端、ゆるゆると荷物が杖の前に引き寄せられるように浮かび上がる。
そして弧を描くように、軽やかなリズムでも刻むように右へ左へと揺れながら、俺の周囲をくるくると飛び回っている。
「すっげえ……!やっぱいいなあ魔法。俺も使いたいなあ……」
「坊ちゃんはいつもリアクションが新鮮でいいねえ。嬉しくなっちゃうよ」
実は貴族でもあるハロルドさんは、貴族らしく相応の高等教育を受けていて、当然いろいろな魔法も覚えている。
ハロルドさん自身は魔法が得意ではないと語っているが、ぶっちゃけ俺にしてみれば使えるだけで凄いと思えてしまう。
特にこの浮遊魔法なんかは、まさしくファンタジーな世界ならではという感じがして、よくおねだりをしては見せてもらっていた。
「ほんと坊ちゃんは不思議な子だなぁ。その歳でもう魔法の勉強がしたいだなんて」
「そうかなあ……。でも、貴族の子どもなんかは、もう俺ぐらいの奴がバンバン凄い魔法使えるんだろ?」
「そりゃ貴族の中でもほんの一握りだよ。物心ついてからまず教わるのは、礼儀作法だからね。他のことはもっと大きくなってからなんだよ。坊ちゃんぐらいの頃から魔法を教わってるとしたら、よっぽど魔法に入れ込んでる家系か、侯爵以上の爵位持ちのところだけだろうなぁ」
「そうなの? じゃハロルドさんは?」
「うちは男爵家だから、学校に入ってから勉強したクチだよ。まあ、基礎くらいは親から教わったけどな」
そういうものなのか。
前世でも俺は一般……どころか最下層まっしぐらな生活だったから、学校なんかろくに行ってなかったし、最低限の読み書き計算ができるようになったら、とにかく死に物狂いで働いていたからな。
そうした華やかな世界に生きる人々とは無縁な人生だった。
……まあ、今もそうだけど。
「じゃあな。魔法の方はともかく、そのうち簡単な魔道具くらいの使い方は教えてあげるからさ」
「マジ!? 絶対だかんね! 約束破ったら針千本飲ますから!」
「こ、怖いこと言わないでくれません? そのうちな、そのうち!」
ハロルドさんは頬を引きつらせて、足早に帰っていった。
……こっちの国には、針千本の諺ってないのか。それなら指切りとかもきっと無いんだろうなあ。
だんだんと強くなってきた風の音に乗って、先生が俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
昼食の時間だろう。
早く食べて洗濯物を取り込まないと、と考えながら、孤児院へと戻った。
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