第3話 脳筋が戦闘力53万のゴリラだと自覚する話




「ンだよテメェら? 俺らが何をしたってんだ……アアッ!?」

「やかましいッ! 野生のクマよりよっぽど凶暴な生き物が出没してるんだッ! とっとと避難しやがれッッ!!」

「ヒッ、ヒィイッ!?」

「助けてお巡りさん! 俺ら、俺らァ……!!」

「ああ、分かってる。お前たちも大変だったな……」


 あちこちで始まる避難誘導に、やたらと親身になって被害者を保護するお巡りさんの姿を目にしたらさすがに気付こうというものだ。


「梨花よ」

「はい」


 目の前のお父さんが出した疲れきった声がわたしに取るべき姿勢を取らせた。

 その姿は介錯を待つサムライのようだったと、後に健太郎は語った……。


「さすがにやり過ぎだ。お前としては火の粉を払ったつもりかもしれんが、怪我をさせなければ何をしてもいいワケではないのだぞ?」

「ごめんなさい」

「まぁ良いではないか、誠志郎よ」

「しかしお義父とうさん……」

「如何に護身を謳おうとも、武の本質は速やかに敵を抹殺することにこそある。不逞の輩を目にしたならば、見せしめを兼ねて有無を言わさず斬殺する。それでこそ悪党どもは萎縮し、街の治安は護られる……そういうものではないか? ン?」


 そんなわたしを弁護したのは意外にも上機嫌なお爺ちゃんだったが……その中身ときたら昭和はおろか幕末まで遡りそうな代物だった。


「これまた強烈なジジイが出てきやがったぉ」

「さっすが師範代……。相変わらずぶっ飛んでるなぁ」

「この祖父にしてあの孫娘ありってコトですね……」


 いや待って? それ聞こえてるからね?

 さすがのわたしもお爺ちゃんの同類と思われたら堪らないんだけども!?


「そういう訳だ。立つが良い梨花よ。そして己の心に恥じるものが無いなら胸を張るが良い」

「はい、ありがとうございます……」


 ……昨日とは完全に逆転した立場。

 お爺ちゃんは武士の理論で威厳を示せて満足なんだろうけど、わたしは痛いよ。

 お前んとこの爺さんホントに大丈夫なのかよっていう三馬鹿の視線が死ぬほど痛いよ。


「ではな。梨花よ、あまり遅くならない内に帰宅するのだぞ?」

「……うん、そうする」


 そんな経緯でテンションがダダ下がりしたこともあって、カラオケで披露したわたしの歌はあまり高い評価をもらえなかった。


「上手いことは上手いんだが……言っちゃ悪いが微妙だよな」

「だぉ。なんていうかフーンって感じ」

「僕も、ああ、これが仏像作って魂入れずってことなんだって」

「上辺だけだな。心が篭ってねぇよ、心が」

「ん、問題ない。概ね予想通り」


 次々と容赦なくダメ出しをする仲間たちの中、なつきさんだけは満足そうにうなずいたのが印象的だった。


「梨花の欠点を再確認できて良かった。……皆も歌いたいだろうが、まずは私の話を聞いて欲しい。梨花もこっちに座って」


 なんだろうと促されるままに座ると、なつきさんは眼鏡の位置を直してからいつもの無表情でこう切り出した。


「梨花の先ほどの立ち回りを思い出して欲しい。梨花はチンピラたちに怪我をさせないように彼らを何回も空中遊泳させた。梨花の実力を思えば彼らを地面に叩きつけるのは容易かったのに、梨花はそうしなかった。……そこに梨花の欠点の本質がある」

「すぐ悪ふざけするってコトかぉ?」

「違う。梨花は全力を出すことに躊躇いがある。それが梨花の欠点」


 その指摘は自分でも意外なほどストンッと胸に落ちた。

 ……思い当たる節はあるのだ。

 わたしの特性スキルである『黄金にして無敵の肉体』は、みんなとよくやるTRPG風にいうのならば、この肉体を使った成功判定に自動で成功するというもの。

 よって、わたしにとっては発泡スチロールを握りつぶすのもコンクリートを握りつぶすのも大した違いはない。

 だが、目に見える結果としてはどうか?

 以前に直径400キロの巨大隕石を素手で粉砕するという戯言を例に出したが、わたしならという確信がある。

 しかしその光景を目の当たりにしたわたしの精神メンタルはどうか。

 あのスキルはわたしの心までは守護まもってくれない。

 臆せず立ち向かい、その光景に衝撃を受けないとは思えない。

 つまりわたしはそうしたものに関わらずに済むように、心のどこかで自分の力をセーブして生きているということなのだろうか……?

 なんということだろうか……リオ&レオはどんなことでも全力で楽しむ笑顔が尊いというのに。

 ぬるま湯に浸りきって腑抜けたわたしに、推しの間に挟まる資格なんて──。


「梨花は、言ってみれば戦闘力53万のゴリラみたいなもの。それがヒトの中で生きるのは大変なこと。故に梨花は、その有り余る戦闘力を極限まで落とすことに慣れ過ぎたと推測する」

「なるほど分かりやすい! 言ってみれば舐めプに慣れ過ぎた更◯剣八みたいなもんか!」


 健太郎の言葉にわたしの心が熱く燃え盛るのを感じた。


「それで人間をブン殴るときだけじゃなく、遊ぶときも全力を出せなくなったってことかぉ? ただのバカじゃねぇか」

「新島くん。あまり本当のことを口にしては……」


 淳司の言葉にわたし全身の筋肉が熱くみなぎるを感じ、秀治くんの言葉にわたしの魂が熱く奮い立つのを感じた。


「そう……。ここまでの話を踏まえて、梨花は無意識に封じていた自己の全力を引き出すにはどうすべきか分かる?」

「うん。三馬鹿を殴るときは三馬鹿を信頼して、わたしの心を熱く燃え上がらせてこの全身にみなぎる力を拳に集中させ、魂を込めて全力で振り抜けばいいんでしょ?」

「『わぁー! 待て待て待て!!』」


 カラオケの防音室に三馬鹿の悲鳴がこだまする中、一度だけ瞬きしたなつきさんは珍しく長考して、たっぷり30秒は考え込んだ後にこう漏らした。


「……確かにその通りだ」

「『ちょっとなつきさん!?』」


 自分で組み立てた理論に欠陥があったことに気付いたように、なつきさんは滅多なことでは揺るがない鉄面皮を珍しくも曇らせて……己の死期を悟った三馬鹿が馬鹿みたいに大口を開けた次の瞬間に、わたしはポスんと着席して微笑わらうのだった。


「冗談だよ。大事な友達に実力行使なんてするわけないし……そんなことをして嫌われたら立ち直れないしね」


 するとどうだろうか? 健太郎たちは揃って赤面したと思ったら、揃いも揃ってテーブルに頭を打ちつけ始めた。


「くそっ、思わずときめいちまったじゃねぇか! 騙されるな! アイツは何も考えていない、アイツは何も考えていない……!!」

「汚されたぉ。こんなコトでときめいちまった自分はもう、二次元の嫁に会う資格はないんだぉ……」

「僕の馬鹿馬鹿馬鹿ッ! 対岸の火事だと思って気を抜くのが一番危ないって、自分でも分かってたはずなのに……ッ!!」

「……なぁ、何してんだコイツら?」

「触れてやるな。男には男にしか分からない男心というものがある。しばらくそっとしておこう。……うっかり梨花ゴリラに欲情してしまった彼らを誰が責められようか」


 三馬鹿たちの悲鳴にかき消されて、なつきさんの小さな声はほとんど聞き取れなかったけど……とりあえず放置する方針なのは理解できた。


「まあ、梨花が全力を揮えない問題はおいおい解決すればいい。幸いと言っていいものか疑問だが、梨花がVTuberとしてデビューするのはまだ相当先のことだからな」

「準備する時間はたっぷりあるってわけか。それなら安心だな」

「えっ? それじゃ部室が完成して配信環境が整っても、わたしのガワが完成するまでは配信自体しないってこと?」

「そうは言っていない」


 女子だけの話し合いでなんとも悠長な結論が出そうになったのでたまらず口を挟むと、なつきさんはもう一度眼鏡の位置を直してから口を開いた。


「二人とも私の話を思い出して欲しい。これは梨花がVTuberとしてデビューしてからブレイクするまでの物語ではなく、私たち『ぶい⭐︎ちゅう部』が梨花をVTuberに仕立て上げる物語。つまり……」

「アタシたちも配信に出ろ、ってことだろ?」

「正解」

「おおっ! さっきは気づかなかったけどその発想はなかったよ……」


 そうだよ。動画サイトのチャンネル名もVTuber小嵐梨花じゃなくぶい⭐︎ちゅう部にして、みんなでさまざまな困難に立ち向かい打ち勝つ動画にしたらいいんだ。

 それならわたしのVTuberとして至らぬ点もその中で解決されるだろうし、動画の収益もきちんと六等分してみんなに支払える。

 まさに努力、友情、勝利と、わたし好みの展開になってきたけど……。


「でもね、なつきさん。ぶい⭐︎ちゅう部の星の部分は発音しなくていいんだよ」

「そうなの……?」

「そうみたいだぜ。◯⭐︎お兄さんもそうだったからな」


 思わぬ指摘にポッと頬を赤らめるなつきさん。

 うわっ、いいんも見れたなってのが本音だけど、口にしたら怒られそうなんで黙ってよっと。


「まぁいい……。とりあえず部室が完成したら梨花がVTuberとしてデビューできるように活動を開始するが、日々の進捗を動画にして出したいがどう思う?」

「いいんじゃね? ただアタシとしてはライブ配信は辞めておいたほうがいいと思うな。当面は撮り直しの出来る動画投稿の形式で、動画のしゃくも10分前後にすべきだと思う」

「時間はともかく、現在のVTuberはライブ配信が主流だから早めにそちらに慣れておいたほうがいいと思うが」

「そうなんだけどさ、現役のラジオの放送作家として言わせてもらえりゃ結構難しんだぜ、アレ」


 そして二人の議論を見守っていたら、まどかちゃんがライブ配信を時期尚早と切り捨てた。


「VTuberのライブ配信ってさ、どっちかっていうとテレビよりラジオに似てるんだよ。人気のあるVTuberって、だいたい一人でやってるときはずっと喋ってるだろ?」

「うん、エルミタージュのVTuberはだいたいそんな感じだね」

「だろ? ラジオにも3秒ルールってのがあって、話し手パーソナリティが3秒沈黙したら放送事故って言われるくらい、視聴者リスナーに語りかけて飽きさせない工夫が重要なんだよ」

「分かるよ。だからVTuberは視聴者のコメントを拾って話を膨らませるんだよね?」

「ラジオの場合は視聴者のハガキだけど、アタシたちに同じことが出来るかって話よ」

「成る程。その点は深く考えていなかった。非常に為になる」

「それとエルミタージュのVTuberって大勢でコラボしたときも上手いんだよな。好き勝手に喋ってるように見えて司会、解説、ボケ役、ツッコミ役と、役割分担が完璧に成されてるんだよ。だから見てるほうも話の流れを追うのに苦労しないんだ」

「うんうん。そうだよね、そうだよね」

「最後に動画の尺に関しちゃ、VTuberのライブ配信は1時間か2時間に纏められてるだろ? アレな、熱心なファンでもそれ以上追いかけるのはキツイからなんだよ。だからアタシたちのような素人が真似をしたらさ、速攻で飽きられて2度と見てもらえない恐れがある。だから最初は短く纏めたほうがいいんだよ」


 なるほどねぇ……さすがは現役のラジオの放送作家にして、将来のお笑い番組の脚本家。

 まどかちゃんに整理してもらうと話がわかりやすいよ。


「纏めると……ひとつ、部室が完成したら梨花がVTuberとして活動するための開発を始めて、日々の進捗を動画にして公開する。ふたつ、動画の尺は10分前後にまとめる。みっつ、全員でワケの分からない話をしてグダらないように、梨花を主役に据えた台本をまどかに用意してもらう。この方針でいいか?」

「いいぜ。アタシは賛成だ」

「わたしも賛成する。そうなると残った問題は……」


 わたしがそこで言葉を切り、チラリと隅っこのほうを確認すると……そこにはやらかした直後のわたしでもまだマシだと確信するほどの、生ける屍が三体ほど転がっていた。


「健太郎たちはどうしよっか?」

「さすがにそこまで付き合えねぇな。会計を済ませたらその辺に転がしときゃいいんじゃねぇか?」

「私もそう思う。梨花、お願いする」

「はいはい」


 よっと、三人の男子を出前の蕎麦のように左肩に担ぐが、その辺に放置するという発想はわたしにはなかった。


「さすがにこのままハイさようならじゃ可哀想だからね。家は知ってるし送ってくるよ」

「そうかい。……なんだかんだ優しいんだよな、梨花のヤツって」

「ゴリラは本来とても温和で争いを好まない生き物。覚えておくといい」


 会計に向かって店員さんがギョッとしたときに後ろの二人が何か言っていたような気もするが、わたしは特に気にしなかった。

 この子たちと一緒ならわたしはきっとVTuberになれる。

 そう信じて疑わないわたしの気分は湧き立ち、今にも走り出したくなるのを必死に留めるので精一杯だった。



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