第2話 脳筋に目をつけられた仲間が頭を抱える話
──2020年8月2日、中野区内のとあるおしゃれな喫茶店。
事前に連絡を取り合って一堂に会した仲間たちに、わたしは高らかとこう宣言した。
「というわけで、都立本郷中学校同好会『オタク研究会』通称オタ研は、このほど『ぶい⭐︎ちゅう部』に名を変えて正式な部として発足しました。わぁー、パチパチパチ」
「『何それ聞いてない』」
「うん、初めて言ったからね」
「『開き直らないでもらえる?』」
目の前には私服に身を通したクラスメイトが五人。
その内訳は男子生徒が三人。女子生徒が二人。
異口同音にハモった仲間たちのその後の反応は人によって異なる。
長身の幼馴染は本気で頭を抱え、見た目も神経も図太い男子生徒は遠慮なく悪態を吐き、見るからに育ちの良さそうな男子生徒は困り果て、物静かな女子生徒は無言で説明を求めて、最後の一人は視線こそこちらに向けているものの飲み食いする手を止める気配はない。
無論、わたしも何の説明もしないで強引に事を進める気はない。
質疑応答は丁寧に。それがわたしのポリシーである。
「ま、最初から聞いてよ。わたしがVTuberを目指してることは知ってるよね」
「そりゃ、耳にタコができそうなほど聞かされてるからな……」
わたしが訊ねるとわたしの幼馴染であり、男子中学生とは思えないくらい鋭く引き締まった長身を椅子に押し込んだ
「ただ何でVTuberに拘るんだよ? お前は見た目も悪くないんだから顔出しの配信として勝負すりゃいいだろ?」
成る程。わたしもリオ&レオで限界化した姿はコイツにも見せたことないからね。普通に考えればその発想に行き着くのも分からないではないが、わたしにも言い分がある。
「やだよ。むかし一度やってみたけどみんな胸ばっか見てくるんだもん。コメントがそれ一色で埋まったわ」
「そりゃ切実だな……」
まあ、あの頃はメディアにも露出していなかったから、ちょっと可愛い女の子の配信者の胸元が気になるのは、わたしとてオタ研の一員。分からないとは言わないけれども……。
「なんか下着の色も訊かれたけどさ……名前が知られた今ならもう少しマシな反応が返ってくるにしても、柔道関連で暴れた後だからね。今度は絶対そっちの話ばかり訊かれるでしょ? それじゃあわたしの望む活動はできないのよ」
「そりゃそうか。自業自得だけどもお前も大変だな……」
さすがにそうと知って普通の配信者をやれとは言えないのか、健太郎が気まずそうに口を閉ざすと、今度は小柄な秀才タイプの
「なるほど、梨花さんの事情はよく分かりました。でもたしかご両親の承諾を得ないままエルミタージュに直談判しようとして、門前払いされたって話を聞いたことがあるんですけど……?」
「あったな。あんときゃえらい荒れてやがった」
「ふふん。それはもう過去の話よ。今のわたしには家族全員の承諾があるからね」
わたしが自信をもって答えると、今度は見るからに嫌そうな顔した小太りの
「だったら同意書でも持って再チャレンジすりゃいいじゃん? 今ならお前の名前も知られてんだし、話くらいは聞いてもらえるんじゃね?」
「やだよ。両親の同意書を持ってこいって言われて本当に持っていったら、なんか負けたような気になるでしょ? だから自分たちの力でVTuberになって、今度は向こうからぜひお願いしますって言わせないとね」
「健太郎! お前が甘やかすかやこの女が増長したんだろ!? 男なら責任取れよバカッ!!」
「八つ当たりはやめてくれよ。俺なんぞにこの脳筋をどうにかできるわけねぇだろボケッ」
「まあまあ、二人とも落ち着いて……」
そして始まる健太郎と淳司のケンカからさりげなく距離を取って、秀治くんが半分くらいは納得したような表情で確認してきた。
「それで既存の大手プロダクションを頼らずに、部活動としてVTuberを目指そうというわけですか。……しかし生徒の自主性をある程度は尊重してくれる高校ならまだしも、義務教育の中学がそんな部の新設を認めてくれますかね?」
「うん、最初はもちろん断られたよ。でもそれじゃあ次は文部科学大臣と一緒に来ますねって言ったら一発だった」
「ひでぇ……」
「相変わらず型破りな……」
「何をおっしゃる。これが権力ってヤツの正しい使い方だよ」
あれから文部科学大臣にはわたしが柔道を続けることを条件に全面的なバックアップを約束してもらったからね。コネはしっかり使わないと。
「ま、そんなわけで今回は特例でわたしたちが卒業するまでの一代限りだけど、部室は体育館の脇にプレハブを建てることになって、とりあえず人数分のハイエンドゲーミングPCは発注したよ」
「相変わらず金持ってんな、梨花は……」
「他にも必要な機材は全部揃えるよ。配信用の機材だけじゃなく、開発用の機材も全部ね。……どうよ淳司? オタクとしてこんな快適な環境は逃せないんじゃない?」
「癪に触るけど、その点はまあ、たしかに……」
将来の夢は美少女専門の絵師という淳司からしたらそう答えるしかあるまいよ。
「そういうわけで淳司は原画担当! ちゃんと動かせるようにしたいから、表情や動作の差分もお願いね?」
「うへぇ……聞いただけで眩暈がする」
「3Dモデルは後回しで構わないけど、最終的にどっちも揃えるつもりだからみんなそのつもりでね?」
「3Dモデルもかよ! そりゃあかなり大変だぞ……」
「無理かな?」
「……無理とは言いませんよ? ただ杉浦くんの言うようにかなり大変ですから、それなりのものを作るつもりなら年単位の開発時間は覚悟してくださいね?」
「そっちは私がやる」
と、ようやくわたしが本気だと理解した健太郎たちに完璧な計画を披露していたら、これまで無言の椎名なつみさんが読んでいた本を閉じて話に加わってきた。
「あれ? 椎名さんは意外と乗り気ですか?」
「条件次第。……でもこれまでの話で成功の芽は十分にあると判断した」
「そうか? 言っておくけどコイツ、本気で何にも考えてないぞ?」
失礼な。
わたしの頭を置き物か何かのようにペシペシ叩いてきた健太郎にジト目を向けるが、なつみさんは構わず話を進めてきたので仕返しは後回しにした。
「もともと私たちのような学生が独創的な部活動の内容を発信する動画にはそれなりに需要がある。加えて梨花には柔道家としての知名度もある。よって、よほど問題のある動画でなければ視聴者に受け入れられると判断した」
「いや、問題はそこなんだよなぁ……。おい梨花、お前VTuberになって具体的に何をやるか考えてるか?」
「んー、とりあえず世界中の格闘家に宣戦布告してリアルファイト?」
「ほら、やっぱり何も考えちゃいねぇ……」
「今のは冗談だよ。ゲームをしたり歌をうたったり、わたしだって色々と考えてるんだから」
内緒だけどゲームは指を使うし、歌は喉を使うのでどちらも得意分野だ。
さらに言ってしまえば頭を使うのも能力の範囲内なんだけど……さすがに知らないものは分からないままなので勉強もそれなりにやっていて、実際にお父さんが国立大学への進学を勧めるくらいには成績優秀なのだ、わたしは。
だっていうのにみんな口を開けば脳筋、脳筋って……わたしだって知的な閃きくらいはするのに。
「いやぁ……コラボが盛んな大手ならともかく、今さらお前みたいな素人の個人勢が一人でゲームをしたり歌ったりしてもなぁ……」
「他にも素手で土木工事に参加してみるのも面白くない? なんの道具も使わずに廃ビルを解体したらコスト削減で建設会社も大助かりでしょ?」
「ほらぁ! そんなことを言い出すからお前は脳筋って言われるんだよ!」
声を荒げてわたしのナイスアイデアを否定した健太郎は喫茶店内のお客さんや受業員から迷惑そうな視線を集めてしまい、慌てて「すみません」と謝罪して着席したが、脳筋呼ばわりしたわたしには一言もなかった。
まぁいいけどね。健太郎も柔道を続けているから、折を見てお父さんの職場に連れて行って地獄を見せてやろう……。
「ねぇなっちゃん? 梨花のヤツこんな調子だけど本気で大丈夫かぉ?」
「……まあ企画に関してはおいおい考えていけばいい。幸いにもこちらにはその手のプロフェッショナルもいる」
「あたし?」
なんて決意を固めていたら本気で不安がった淳司がなつきさんに泣きついたけれども、今度はわたしの支払いで食べることに集中していた久里山まどかちゃんが顔を上げた。
「お笑い番組の脚本家を目指しているまどかなら適任と思うが?」
「そうなんだけどあまり自信ないなー。ま、食わせてもらった分くらいは働くけどさ」
「梨花は私たちが働く環境を整えると言った。そして目の前には私たちがキャリアを磨くためにうってつけの舞台があり、成功の芽も十分になる。ならば協力するのもやぶさかではないと思うがどうか?」
「まあ、俺に関しちゃ梨花と知り合ったのが運の尽きだしな……」
「自分も絵を描いてないときは好きにやらせてもらえるなら構わねぇけど……」
「今更ですね。僕もお付き合いしますよ」
おおっ……もっとゴネるかと思ったけど、なんかなつきさんが上手いこと纏めてくれた。
さっすが頭脳派。そこに痺れる、憧れるゥ〜♪
「それじゃ部室も来週には完成するから、それまで修行を兼ねて山籠りでもしようか?」
「待て、何故そうなる」
「ダメだこりゃ」
「たぶん冗談でしょうけど、そう言い切れないのが怖いんですよね」
「修行なら梨花の歌を見てみたい。音楽の成績が良好なのは知っているが、ピンの技量を早めに確認したい」
「おー、行くかカラオケ。腹ごなしにはちょうどいいや」
と、そんな感じにわたしが冗談半分に提示した修行は半分ほど採択され、その後はなし崩しに繁華街へ。
口では何だかんだ文句を言いつつも、気の合う仲間たちと一緒に遊ぶのはやはり楽しい。
よってわたしの歌がひどいものであることを露骨に期待する健太郎たちに本気で憤ることもない。
ただ楽しく沸き立つわたしの心には油断があった。それは認めなければならない。
いかに昼間といっても、都内のカラオケがあるような繁華街に足を運べばこの手の人種に遭遇することもある。
「うおっ、近くて見るとまじマブじゃん? こりゃ味のほうも良さそうだぜ」
「後ろの二人もまだガキにしちゃ悪くないんじゃね?」
「ならケンジはそっちにしろや。俺は一番前の女を貰うからよ」
不良、ヤンキー、チーマー、半グレ。
時代によって呼び名は変わるが本質的には同類の害虫が、わたしという花に群がってきたのだ。
さて、そうなるとわたしのすることは一つしかないわけだが……。
「みなさん、悪いことは言いませんから逃げたほうがいいですよ」
「はぁ? 何ほざいてんだこのガキ……ボコられてぇのか?」
「これ以上の警告はしない。だが、もう少し危機感を持って生きることをお勧めする」
「おい聞いたか、危機感だってよ」
「そりゃテメェらのほうだろ? この辺は警官なんざ寄りつかねぇぞ」
……なんだろうか?
何やらみんなはこの下品なチンピラどもに心底同情するような表情で、中には淳司のように両手を合わせて念仏を唱える子もいる。
まぁいいや。どっちにしろわたしのすることは変わらない。
手始めに秀治くんの胸ぐらを掴もうとした男の手を跳ね除けて、挨拶がわりの手刀を朽ちかけたブロック塀に叩き込む。
「はぁ……?」
ボコッという小気味の良い音。
体感的には障子の和紙に指を立てたような感じだけど、抉り取ったそれを握りつぶすのは枯れた土程度の感触はあった。
威圧目的のデモストレーションを終えて、土俵入りする力士のようにそれを撒き散らしたわたしは、最後に帯を絞めるようなジェスチャーをした。
「あれ? もしかしてこのガキ……柔道の小嵐梨花?」
「今さら気づいても遅いよ。いい気分に水をさしてくれたお礼はしっかり受け取ってもらうからね」
かくして滅多に近寄らない中野区の繁華街にチンピラたちの悲鳴がこだますることになり、ほどなく出動した警視庁警備部を率いるお父さんから何故かお説教を賜ることになった。解せぬ……。
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