日本とサム
予算が付いて日本に帰ることになった。
日本に帰る準備としては親に連絡した。
実家に顔を出す都合で2日早く帰ってくることになっている。
サムにも伝えて日程に合わせてバカンスをとってもらうことになった。
そのことを伝える電話をする。
(緊張するなぁ)
父親に連絡するなんて久しぶりだ。
コール音が長い。ガチャリと出る音がする。
「――うん。うん。それで帰るから。お母さん抜きでなら会わせてもいいよ」
『……わかった。それで日本滞在中はどこにいるんだ』
「みんなで宿をとっているからそっちにいるよ」
『サム君も?』
「あ、うん。サムも来るけど別の宿に泊まるよ」
『うちではだめかい?』
「サムが嫌な思いをするだろう。そんなんじゃだめなの」
『母さんだって悪気があるわけでは』
「悪気があってもなくても駄目。日本を楽しんでもらいたいの」
『そっか。なら仕方ない』
父はあきらめてそう言ってくれた。
母の性格をわかっているからこその判断だ。
「それじゃ」
プツリ。電話を切ってため息をつく。
「私だって親孝行したいよ」
でもそれで大切な人を傷つけたくはない。そして感傷に浸っている時間はない。
「荷造りをしなくてはね」
勝手知ったる日本といえど、仕事の一環で行くのだ。あまりに羽目を外すのはいただけない。それを踏まえたうえで帰らなくてはならない。
「仕事として、ねぇ」
何をもっていくのか、もっていかないのか。仕事ということでまた別の難しさがあった。
☆☆☆
出国も帰国も慣れたもので、緊張感はもうあまりない。
「久しぶりの日本ね。さて、和食食べに行きたいのだけどサムはどうする?」
「挑戦してみるさ。何を食べるんだ?」
「寿司なんてどうかしら」
「いいね。チャレンジするぞ」
「フフ。おいしく食べられるといいわね」
サムは箸の使い方から苦戦している。
「これを使って食べるのか」
「ええ。ナイフとフォークは出てこないから頑張って食べてね」
「う、うん。わかった」
サムは箸の扱いがうまくできず、持つこともままならない。
「人差し指と中指で挟んで、動かして。薬指は添える感じで」
見本を見せる。
「こうか?」
「それで動かすの」
カチカチと動かして見せる。
「本当にこれでとれるのか?」
「出来るはずなんだけど……どうかしら」
「出来た」
ニパッと笑うのが彼らしい。
「それはよかった。こうやって口までもっていくの」
「むぅ。力加減が難しいな」
「慣れれば簡単よ。毎日のことだから」
「そうだな」
「おいひいな」
無事に食べられたようだ。
「ウフフ。それはよかった」
異文化交流はこういうところが楽しいのだ。
☆☆☆
ホテルにチェックインして、明日の予定を話す。
「明日の昼、12時に父に会ってもらいます」
「いいよ」
「少し嫌な思いをするかもしれないし、差別的なことを言われたりするかもしれない」
サムは穏やかに笑ってくれた。
「覚悟しているよ。早く会ってみたいな」
「ありがとう。そういってくれて嬉しいわ」
「会食だからまたお寿司になるわ」
「そっか。事前に練習できてよかった。マグロ食べたい。あるかな」
「きっとあるわ。メジャーなネタだからどこへ行ってもあるわよ」
「そっか。楽しみだな」
サムは日本の景色にも驚いていたし、食事にもいろいろと驚いている。
「そんなに驚かなくても」
考えてみれば、佳織はオーストラリアには何度も行っているし、情報もとれるが、サムが日本のことを聞いてきたのは家族に会えるとなってからだ。
(オーストラリアではもう日本はメジャーではないのかもしれないな)
ただ単にサムが興味を持たなかっただけかもしれないが、サムの仲間内で日本に関係する職に就いた人はいないそうだ。
ともかくも父に会う準備は整った。
☆☆☆
用意した会場に父は約束通り一人で来てくれた。
「君がサム君だね」
「はい。サム・グランツと申します」
「やっと会えたね。佳織がどうしても会わせてくれなくてね。佳織を守ってくれてありがとう」
「いえ、そんなことなくて、佳織さんにはこちらも助けてもらっています」
「これからも佳織のことをよろしく頼むよ」
「はい」
そこから男同士話が合うらしく、お酌している。
(晩酌って時刻じゃないのだけど。まぁいいか。仲良くなっていることは嬉しいわ)
和気あいあいとしたムードで終えることができた。
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