就職の準備
☆☆☆
日本に帰ってきた。最初に食べたのは蕎麦だった。
相も変わらず両親はそろって出迎えてくれる。
(こうやってわがままを言えるのはいつまでなんだろう)
「次は学校長と面会なんでしょう」
「ええ」
「どうだったの? 何とか就職できそうなの?」
「何とかなりそうだよ」
「そう。それならもう止められないのね」
「何を言っているんだ。娘のしたいことを止める親がどこにいる。危ないことじゃないわけだし。夢を与える仕事につけたらいいことじゃないか」
相変わらず父親は佳織に甘い。
「ありがとう。新しくできる職場にどうかといってくれてるわ」
「実現するといいな」
「ええ」
帰国して自分のベッドで1日休んだ。もう爆睡だった。
知らず知らずのうちに疲れが蓄積していたらしい。
「すぐにバイト先に謝らないとね」
可能性を信じてくれた店長にお酒でもプレゼントしないといけないだろう。
「――申し訳ないな」
留学前にバイトのシフトを限界まで入れてくれたおかげでまだお金に余裕がある。
電話でバイト辞退を申し入れなくてならない。
「名残惜しいけれど、新しいメンバーを迎えてもらわないとね」
スマホを取り出し、電話をかける。
『そうなのかい。一緒に働けなくなるのはとても寂しいよ』
「大変申し訳ありません。待ってもらっていたのに。正式には明日伺えればと思っているのですが」
「うん。いいよ」
『お酒、好きでしたよね。ご用意していきます」
まだギリギリ誕生日は来ていないから親に買ってもらっていたのだ。
銘柄はよく店長が好んで頼んでいたものにしている。
「さて、今日は学校ね」
学校に行ってみると同じ学年の人はほとんど見かけなかった。
各々の進路を切り開くのに忙しいらしい。
(誰でもそうなのね)
自由な校風である。
「2年の清水ですが、学園長にお話が」
事務の方に尋ねると電話してくださるそうだ。
電話で呼び出したら、学園長室に来いという。
(そんな簡単に学園長室に入れていいものなのかな)
疑問は募るが、2階の部屋にノックをした。
「よく来たね。長旅ご苦労だったね」
「失礼します」
学園長はこう宣った。
「そうですか。望み通りにいってよかったと思います。ただ外国のシステムは残酷です。使えないと思ったらすぐに首を切ってきますので。その点だけは気を付けるようにしてくださいね」
「はい。厳しい成果主義の社会になりますがその分やりがいもあると思っておりますので」
これで卒業後すぐに就労ビザを取得して面接を受け働くことができる。
「では、失礼いたします」
きちんと礼をすることも忘れない。
☆☆☆
バイト先には申し訳なさでいっぱいだ。
本当にお世話になった。
謝罪と感謝の差し入れをもってバイト先に行くと店長は複雑そうに笑っていた。
「そうかい。夢がかなってよかったじゃないか。しっかりと務めるんだよ」
「はい。いままでお世話になりました」
この系列のお店にまた勤められたらと思う。
しっかりと退職を告げて店を出る。
☆☆☆
新しく立ち上げる支部という場所に行く。
偶然にもオーストラリアに支部が置かれるそうだ。
今回も旅支度はなれたもので、手際よく荷物が出来上がる。
「アメニティだけはしっかり確認しておかないとね」
歯ブラシや歯磨き粉、基礎化粧品などなど確認すべき名もなき身支度はわんさかある。出国手続きと搭乗手続きを軽やかに済ませ飛行機に乗り込んだ。
慣れた様子で画面を弄り、好きな映画にチャンネルを合わせる。
(だいぶ慣れたわね)
問題なく空の旅を楽しんだ。
「あの、紹介していただきました清水と申しますが」
「ああ、聞いています。こちらへどうぞ。
さっそく作業に取りかかってもらえますか?」
「はい」
フィンランドで行っていた仕分け作業に始まり、オーストラリア地域の行事も担当するそうだ。
「女性の方は珍しいので、サンタクロースの格好をしてもらいたいのですが、大丈夫ですかな?」
「どのような格好になるか次第です」
際どい恰好はごめんである。
日本なら奥ゆかしさを美徳とする文化が残っているからそれほど過激になるものでもないだろうが、外国でのことである。
変に答えてしまうと後悔するかもしれない。
「こちらの衣装はどうかと思ってお持ちしました」
「これはちょっと丈が」
「短いですよね。前の担当だった人に合わせているので新調したほうがいいかもしれません」
この申し出はありがたい。
セクシー路線でいかないことがこんなにも安心材料になるとは思わなかった。
「私たちは新規の職員を求めています。日本人で英語ができるなら
歓迎しますよ」
「ありがとうございます」
形式上の面接を受け、内定通知を発送するからといわれた。
(これで、ひとまずは安心ね)
正規の社員として契約することができる。
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