第10話 臓器売りのティム

 黄昏亭に馴染んでいったモミカだったが、ひとつだけ心配なことがあった。モミカと同じ赤毛で、どうもよろしくない商売をしているティムのことである。ジョーとティムは知り合いのようだった。ジョーは黄昏亭を中心に生活しているので、二人の接点はどう考えても、店である。


 黄昏亭の面々が、よろしくない商売をしているのは、当たり前のことだった。堂々と売春を公言しているミア、最初は農家と誤魔化していたものの違法な薬物に使う草を栽培しているジョンウなど、法の道から外れていることもあれば、ミョンシラのように法には則っているが一般的ではない職業についているものまで様々だ。


 モミカはもちろん法律を守らないことは悪いことだと認識しているが、ミアにせよジョンウにせよ、暴力に訴えているわけではないので、さほど嫌悪感はなかった。だが銃を向けてきたティムは別である。ティムが客として現れたとき、他の客と同じように扱えるか、モミカは不安に思っていた。


 ティムはなかなか現れなかった。モミカが働いていることは知らなくても、ジョーとやりあったのが気まずかったのかもしれない。ほっとしていたところに、思わぬことからティムの近況を知ることになる。


 その日は大雪で、客はジョンウしかいなかった。天気の悪い日は、客あしも遠のく。普段はさほど喋らないジョンウだが、ひとりぼっちでは寂しかったらしく、ケティに話しかけることにしたようだ。


「ケティ、あんたティムを覚えているかい? 人相の悪い赤毛の男だ。臓器売りをしている」

「ああ。覚えているよ。最近こないね」

「あいつはどうも危ない橋を渡っちまったらしい」

「商売柄いつものことだろうに」


 ケティはモミカの方を伺った。人の名前は覚えられないケティだが、モミカとティムの因縁は覚えていた。そんなことはつゆ知らず、ジョンウはこんなことを語った。


「俺の取引先……つまりはマフィアだが、奴らを怒らせたようだ。知っていることがあったら教えろと言われた」

「この店のこと教えてないでしょうね」

「まさか。俺がここに来れなくなる」

「ティムさんもジョンウさんも、マフィアではないんでしょう?」


 思わずモミカは口をはさんだ。


「そうだよ」

「なのになぜマフィアが怒るんですか?」

「そうだなぁ」


 ジョンウは無精髭の生えた顎を撫でた。


「俺も奴も日陰ものだからなぁ。日陰ものは日陰の中で強い奴にへこへこしなきゃ生きてはいけない」

「ティムさんって何をしてる人なんですか?」

「死んだやつから臓器を抜いて、売り飛ばしている」


 死んだやつ……ねぇ。モミカは内心、首をすくめた。モミカへの行動から察するに、子どもを攫ってくるくらいのことは平気でしそうだ。


「所詮、道徳に背を向けた日陰もののくせに、稼ぎすぎたのさ」


 ジョンウはそう呟いて、帰っていった。




※※※




 それから数日後のことだった。


 開店直後の黄昏亭にティムがやってきた。


「いらっしゃいませ」


 モミカが声をかけると、ティムは訝しげに眉を寄せた。


「なんだ、これは」


 流石に声でわかってしまったか。モミカは身を固くしていたが、そうではなかった。


「俺はロボットが嫌いなんだ」


 ティムはそう言って、席についた。


「ずいぶん顔を見せなかったじゃないか。私を恨んでいるのかと」


 とジョー。


「不穏な噂を聞いたけど大丈夫なの、トム」


 とケティ。


「お前は関係あるが、恨んじゃいない。大丈夫じゃねぇが、まあなんとかなった。それから俺はティムだ」


 とティム。ティムの話を要約すると、以下のようになる。




※※※




 ティムは、自殺者や任意の提供者、行き場のない子どもなどの臓器を取り扱っている。モミカの推察した通り、人攫いもやったことがあるが、それが本来の仕事というよりも、ネイチャーで発生する膨大な数の自殺者を、『さばく』ことが本業である。


 またモミカは知らなかった事実だが、ネイチャーの住むスラム街ではヤブ医者しか医者がおらず、また費用は高額で、少ない医者はティムのような業者と結託して、若くて健康なものに臓器を売るよう勧めることすらある。


 これほど遺伝子編集技術が発展しているにも関わらず、医療現場での臓器不足は解決していない。生まれる前の命を編集する技術と、特定の臓器を作り上げる技術はまた別であることが関係している。要するに、食べるための肉さえ粗悪品になってしまう技術で、体内で安全に稼働する臓器を作るのは困難であるというわけだ。


 一から臓器を作ることが困難を極める一方で、他人からの臓器提供については、免疫抑制剤の進歩により、ほぼリスクなしで行うことができる。患者の遺伝情報から新しい臓器を作ることは可能だが、複雑な臓器をそっくり作ることは困難である。


 またいまだに臓器移植に頼るような病気が発生しているのは、ネイチャーに多い遺伝性の心臓病など生まれつきの疾患の他に、事故や老化による機能不全、一部のがんなど遺伝子だけではどうにもならないものがあるからだ。デザインとて不老不死ではないし、人類は病との戦いに勝利したわけではなかった。


 ティムがマフィアと揉めたのは、デザインであるモミカを捕まえようとしたことが原因である。部下のせいでそのことがマフィアにばれ、少々きつめに釘を刺されたそうだ。ティムがカウンターに手を乗せると、小指の先がなくなっていた。


 マフィアはデザインと揉めることを嫌う。ティムが集めた臓器は、マフィアの手を経て、医療機関に渡される。医療機関というのは、ネイチャーのヤブ医者だけではなく、デザインのかかるような大病院も含まれている。そのような病院は、その出所を知らない。勘づいてはいるが、目を瞑っているというわけだ。だがデザインの子どものものとなれば、話が変わってしまう。ろくに見張っていないようなネイチャーの警官ではなく、デザインの捜査官が動く。そうなるとマフィアは上客を失うというわけだ。


 死にたいやつ、死んでも悲しまれないやつから奪っても、誰も何も言わないのに、豊かで強いやつから奪おうとすると、みんなから責められる。全く理不尽だ、とティムは言う。豊かで強いやつの足元には、生まれながらに弱く、誰にも悲しまれずに死んだ命が埋まっている。


 俺もいつかは、誰にも悲しまれずに死ぬ。ティムは断言する。そうなるまでは、誰かから奪って生きるのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

エディテッド・ブルー 刻露清秀 @kokuro-seisyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ