第8話 黄昏亭の愉快な客たち

「モミコ、本当にいいの? そりゃ私たちは助かるんだけどね、自慢じゃないけどうちの客って、情操教育に悪い人間ばかりで」


 ケティは眉を寄せた。店にたつための化粧をしたケティは、元々大きな瞳がさらに強調されていて、感情の持ちようがよく伝わった。


 モミカはフンと鼻を鳴らした。


「デザインをネイチャーの子どもと一緒にされちゃ困るわ。身体と一緒で心の発達も早いの。あとモミカよ」


 モミカは青い肌を隠すため、全身を鎧のようなプレートで覆っている。元々ロボットのパーツだったものが一階に放置されていたので、それを使っている。ジョーの『デザインが作った機械は自分で直せない』という発言が気に掛かり、バロンのいる一階を確認して見つけたものだ。一昔前に流行したヒト型配膳ロボットだが、不調が相次いだ上に製造中止になって修理ができなくなり、電源を切られてパーツが分解されていた。


 上半身はこのパーツで覆って、タイツを履けば、配膳ロボットの完成だ。ついでに面白がってジョーが買ってきた、ジョークグッズのボイスチェンジャーで機械音声を真似る。


「配膳は任せて! あたしは今日から配膳ロボットのモミカよ!」


 モミカは胸のプレートをどんと叩いた。ジョーとケティは顔を見合わせ、それから微笑んだのだった。




※※※




「いらっしゃませ」


 今夜も黄昏亭は大賑わいだった。常連はわいわいと騒いで勝手に席についてしまう。


「ケティ、なんだい、このロボット?」

「あ〜。その、買ったのよ。配膳用に」

「そりゃ便利でいいね。なんて名前だい?」

「モミカよ」

「覚えやすくていいね。呼べば来るかい?」

「まあ、そりゃ、仕事の範囲内ならね」


 客はあっさり、配膳ロボット・モミカの存在を受け入れた。モミカがロボットさながらに物覚えがよく、テキパキと働いたこともよかったのだろう。多少の違和感があるのか訝しげにしていた客も、ジョーが


「だってデザインの技術だぞ?」


 と言えば、納得したようで、気軽にモミカ、モミカと呼びつける。


「ヘイ、モミカ。このテーブルにビールを。ツケで」


 と万事がまあこんなふうだ。


 最初に出会った物乞いの子どもや、赤毛のティムの態度から、ネイチャーはデザインに反感を持っているものだと、モミカは推測していた。それは間違いではないのだろうが、どうもそれが全てではないらしく、『デザインの技術』や『デザインが言っていた』という言葉に、ネイチャーは弱いらしい。無理があることでも信じてしまうようだ。


 それは優秀を当たり前とされる、デザインの技術力の証左でもあるわけだが、こうもあっさりロボット扱いされると、それはどうなのかと疑問を呈したくなるモミカであった。


 黄昏亭には女性しか立ち入れない部屋があり、そこを目当ての女性客も多い。スラム街の酒屋とは思えないほど、多種多様な人々がやってきた。物珍しいのか、配膳ロボット・モミカは何をやってもチヤホヤされる。


 皿を運べば口笛を吹かれ、テーブルを拭けば歓声が上がる。この街に来た時とは打って変わって、愉快な客との交流に、モミカの心は踊った。


 モミカが客に受け入れられたのは、その能力によるところも大きかった。客が一度言ったことは忘れないし、聞き間違えもしない。ケティと客のやりとりを聞いているうちに、客の顔と名前も何人か覚えてしまった。


「ケティ、モミカにこの店譲ったら?」


 そんな冗談を言う客もいるくらい、モミカは大いに活躍した。


「失礼ながら、みなさんのご職業は?」


 一番乗りで入店した客たちいがいい具合に酔ってきたところで、モミカは疑問をぶつけてみた。仲良くなれたのなら、知りたいことが増えたのだ。気のいい客たちのことを、短い間しか接していないにも関わらず、モミカは好きになっていた。ジョーとケティの店だもの。良い人しか来ないんだ、と。酔っぱらいたちは配膳ロボットに質問されるという状況には、あまり疑問を持たないらしく、


「はーい、売春!」

「強盗!」

「スリ!」

「物乞い!」

「人身売買!」

「農家!」

「お菓子作り!」


 と元気よく職業を教えてくれた。内容はともかくとして。ヘルメットを被って隠した、モミカの顔が歪む。


「ヘイ、モミカ。農家とお菓子作りは違法薬物関連だ。覚えとけよ」


 ジョーから指摘が入る。指摘された当人たちはヘラヘラしている。やはりここはスラム街らしい。話をつけるためにいきなり銃をちらつかせていたジョーが、この中ではまともに見える。


「いや、カタギの奴も来るぞ? まあ、少ないがな」


 農家を名乗った中年の男が、苦笑いをする。白いものがかなり混じった黒髪で、禿げかけの男は、グラスに並々注がれた酒を見つめながら、


「でもここにはカタギにゃなれねえカスばっかりだ」


 と呟く。ジョーと同じく眼鏡をかけているのだが、そのせいで表情がよくわからなかった。


「そりゃ違うよ、ジョンウ。あたいらがカスなんじゃない。世界そのものがカスなのさ」


 異議を唱えたのは元気よく売春と答えた女。酔っ払いらしく、気軽に他の客の話に口をだす。ジョンウ、ジョンウ。モミカは農家の男の名前を記憶する。ジョンウと女は顔見知りのようだ。


「貧乏人がいちかばちかで作ったあたいらに、綺麗な顔もキレのいい頭も用意なんてされやしないんだ。デザインはあたいらみたいな不出来で気味の悪い生き物は、養分として見えないところで死んでくれって常に願ってる。あたいらを産んだ親たちは、てめえの不細工な顔と出来の悪い頭を後世に残してなぜか感謝されたがってる。生まれてこなきゃよかったってのがみんなの偽らざる本音で、生きるのが辛いのに他人に迷惑かけるなって誰も彼もうるさいから、まともなカタギは死んでいく」


 話している内容とは裏腹に、女の声は朗らかだった。


「ヘイ、モミカ。覚えておきなよ。あんたあんたよりポンコツのろくでなしでも、立派に生きていけるってこと」


 女の名前はミアと言った。モミカは客の名前を覚えようと、それとなく名前をきいて回ったが、答えない客も多かった。


「名前なんてきいてどうするよ。あたいらみんなその日暮らしさ。明日なんて来るか判りゃしない」


 酒が回ったのか、愚痴なのかもわからないぼやきをこぼしつつ、ミアはグラスを傾ける。赤い顔には笑みが浮かんでいて、それが本心からきているのか、アルコールのせいなのかモミカには判別がつかない。


「その日暮らしなんかしたくないがな」


 ジョンウが低い声で言った。他の客たちは何か言うわけでもなく、ひたすらに飲んでいた。


「そりゃあねえ。でもろくでなしに生まれちまったんだから仕方ないさ」


 ミアはさも幸せそうに言い、グラスに残った酒を飲み干した。酒に濡れた唇を舐めとると、またグラスに酒を注ぐ。ミアは瓶で酒を頼み、自分で盃に注ぎながら飲んでいる。


「そういえば、ガキの頃に、『将来何になりてえんだ?』って訊かれたことがあってさ。あたいはなんの疑問も持たずに、『お母さん』って答えたよ」


 ジョンウは無言だった。他の客たちも酒を飲むばかりで何も言わない。モミカも黙ってミアの言葉の続きを待つ。


「そしたらお袋が笑い出してね、『子どもで腹一杯になる奴ぁいねえぞ』ときたもんだ。嘘でも喜べばいいのにね。他の夢をもちな、とさ」

「まあ、そうだな」


 ジョンウが短く応じた。ミアはわざとらしく身震いした。


「あたいは自然発生のろくでなしだよ、モミカ。けど、人殺しを楽しいとは思わないし、盗みも好きじゃないし、まともじゃない人生を歩みたくて生まれてきたんじゃないんだ。ここに来るのは自分だけいじめて暮らしてけるならって、そういう道を見つけた小悪党ばかりなんだよ」


 そこでミアは店内を見回して、誰に言うでもなく言葉を紡いだ。


「だからみんなといると楽なんだよなあ……まともじゃなくてもさ」


 誰に言ったわけでもない言葉だったので、誰も答えなかった。


「ヘイ、モミカ。そろそろ時間だ」


 ジョーに言われて時計を見ると、午後八時を回ったところだった。ミアに言わせれば『自分だけいじめて暮らしてけるならって、そういう道を見つけた小悪党』を追い出していく。


 違法行為に手を染めた以上、『自分だけいじめて暮らしてける』わけはなく、誰かしらから不当に奪って暮らしている彼らだが、分解できないアルコールを流し込んで陽気に話している彼らのことを、モミカは嫌いにはなれなかった。




※※※




「大活躍に、助けられてしまったねえ」


 モミカが寝てしまってから、ケティはぼそっと呟いた。


「モミカのこと?」


 そばで聞いていたジョーが尋ねる。


「他に誰のことだって言うんだよ」

「この早撃ちのジョー様かと」

「あんたが活躍したら困るよ。用心棒なんだから」


 ふ、とジョーは薄めの唇を歪めた。


「その通りさ、ケティ。私は役に立たないことが仕事だ」


 ケティはため息を吐いた。


「こちらとしては願ったり叶ったりなんだけどね。あんなにしっかりしていても、家出してきちゃうような子どもなんだ。頼ってしまうのは、どうなんだろうね」


 ジョーはヒョイと首をすくめた。


「頼りになるしっかりした大人は、今までだってモミカのそばにいただろうさ。でも、それじゃモミカの疑問には応えられないから彼女はここに来た。ばあさんに会いたいって言ってるし、それは叶えてあげたいけれど、それだけじゃなくて、デザインの町にいたらわからこと、いっぱい教えてやるのが私らにできる精一杯なんじゃないかね」

「うちに集まるろくでなし達に、そんな大役が務まるかねぇ」

「務まるかどうかじゃない。あいつらの存在そのものがモミカにとっての学びだろうよ。大丈夫、モミカが傷つくようなことはないよ。この早撃ちのジョー様がついてるんだ」


 ぐるぐると肩を回すジョーを、ケティは穏やかな笑顔で見ていた。


「あんた、楽しそうだね」

「それはケティもだろ」

「そうね。モリカが来てくれてよかった。楽しくなりそうだもの」


 ジョーは再び首をすくめた。


「ツッコミを入れるのも野暮かもしれないが……モミカだよ」

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