4話 柳生病院
「ところで、皆さんの名前って教えてくれますか?」
健介は静寂が嫌なのか、話題を振る。
「俺は
「はい」
続いて助手席に座るカンガルーの女の番だ。
「私は
珍しい苗字だな、と健介は思う。烏間はそれ以降は無言のままで、柳生病院から少し離れた駐車場に車を止める。
「よし、降りるぞ」
健介は高まる緊張の中、唾をごくりと飲み込んで外へ出る。秋の、夕暮れの空が広がる時間帯だった。
健介は駐車場の券売機近くに、大きな犬が二匹いるのに気づく。だが、しばらくしてそれは犬ではなく狼だと分かる。
「え、ええ!? 狼!?」
「私の相棒よ。マルクとラルクって言うの」
健介は本日何度目かの、ぽかんと口を開けた表情をする。
「狼ってのは集団で実力を発揮するものだ。タイマンで熊とよくやったよ」
烏間は矢筒を軽く掃除しながら説明する。
「どっちもすごい賢いから、予定場所まで私無しでも行けるの。けど、そのせいで熊坂と一対一でやる羽目になったけど」
灰咲は痛む腕を抑えながら言う。
「もしかしてあの狼たちも改造されてるの?」
「ううん。そんなことないよ。まあ、手榴弾の扱いとか、狼用に開発された武術とかは訓練してある。バッチリ!」
健介はたまらなく『狼用に開発された武術』の話を聞きたかったが、烏間や袋音たちは急いでいる様子だったので踏みとどまる。
10分ほど時間が経って全員の準備は終わる。烏間は腕を羽ち、脚をカラスの脚に変化させて飛び立つ。
「俺は最初に潜入してくる。逐一建物の様子を報告するから、それを元にして来い」
「OK」、と袋音は人差し指と親指で丸を作る。
「それじゃあ行きましょうか」
袋音の指示の元、健介たちは病院に向かう。道中、街行く人にマルクとラルクを見られたり、中にはスマホで撮っている人もいた。健介は恥ずかしかったが、灰咲も袋音も気にしていない様子で烏間から送られる情報に目を通していた。
「なるほど、地下室があるんだ」、と灰咲。
「そうみたいねぇ。それも地下3階まであるわ。病院よりも広い空間が地下に広がっているなんて」
健介は柳生の顔を思い出す。優しそうな人だった。もしかしたら、自分の世話をしてくれた海美もグルなのだろうか。そんな考えが健介の脳裏をよぎる。
一行はついに病院前に到着する。潜入作戦なのでもちろん正面からは入らずに、烏間か
送られた地図情報を元に病院の隠し扉へ向かう。
病院を挟んで、駐車場の反対側は、誰も通らない手入れされていない空間になっている。腰まで届く長さの雑草を踏み分けて、健介たちはついに小さな鉄の扉を発見する。
「あら、マッドサイエンティストも古風な隠し通路を使うのね」
袋音は微笑みながら、自慢の怪力で扉をこじ開ける。
「手、大丈夫ですか……?」
健介は心配そうに尋ねるが、袋音の手は綺麗なままだ。
「人の心配してないで自分の心配しなよ。さ、行くわよ」
灰咲はマルクとラルクと共に、率先して扉の中へと入っていく。健介も続いた。
扉の奥には地下に繋がる長い階段がある。薄暗い蛍光灯は、なんとも不気味な雰囲気を醸し出している。
歩いている途中、袋音はポケットから取り出したスマホで烏間と通話をする。
「もう入ったか?」、と烏間。音が反響しているので狭い所だとわかる。
「うん。入ったわよー」
「そうか。じゃあ地下二階の三番会議室に来てくれ。そこで待っているが、道中警備がかなりいるはずだ。中には俺らと同じ『新類』もいる」
「はいはーい」
袋音はそこで通話を切る。
「あの、烏間さんはなんで接敵しなかったんですか?」、と健介は尋ねる。
袋音は歩き始め、灰咲が説明し始める。
「熊坂の見たでしょ? あいつが完全な熊になってたの。烏間さんや私、袋音さんも動物になれるの。烏間さんはカラスで体が黒いから、暗闇での任務は得意なの」
健介は自分の手や脚、腹などを入念に確認するが、動物のようになっている部位はない。
三人は静寂の中、曲がり角に到着する。右に曲がるだけの一本道であり、その先がこの研究所のエントランスだ。
袋音はそこで止まって、ウェストポーチから謎の玉を取り出す。
「そ、それは……」
健介は焦る。なにせ玉の見た目が手榴弾に似ているからだ。
「安心して、これは偽物だから。あ、あと、後ろ向いててねー」、と袋音は小声で言ってから、曲がり角の向こう側に投げる。すると、「逃げろ!!」と何人かの声が聞こえる。
偽物だが爆発のような音と共に、かなり眩しい光が放たれる。健介は背を向けていたので視界は奪われずに済んだ。
「今よ」
灰咲の掛け声と共にマルクとラルクは動き出す。袋音も動き始めた。
健介は後ろからそっと着いていくだけだった。
乗り込んだマルクとラルクは、近くにいる男たちの喉元に的確に噛みつく。それに続いて袋音も男たちの頭部やみぞおちあたりを蹴ったり殴ったりする。
制圧はあっという間に終わる。健介は死体をなるべく視界に入れないようにしながら、震えた足取りで二人に近づく。死んでいる、または気絶している男たちは体のあちこちに刺青をしていた。
「進みますか……?」
健介は尋ねる。灰咲は健介の背中をさすってあげながら「行こう」と言った。
「お二人ともラブラブねー」、と袋音は笑顔で言う。
「違うよ。私も新人の頃、今の大上みたいな感じだったし。あの時は慰めてくれる人なんかいなかったから」
灰咲は健介を慰めた後、足早に地下二階への階段を探す。その後ろ姿を見ながら、袋音は「そっか、
健介もそれとなく階段を探しているフリをするが、先の戦闘のことを思い出して集中できなかった。
10分ほど経って、ついに「見つけた」と灰咲が報告をする。地下一階には、医療器具の倉庫だったり、まだ研究所らしきところはなかった。
地下二階に、自分の体に起きたことに関係のあるものがあるのかな、と健介は思った。
三人は地下二階へと繋がる階段の前に到着する。
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