5話 柳生病院 II
健介たちは階段を降りて、烏間がどこかに隠れている地下二階に到着する。
「そういえばさ、人少なくない?」
健介はポツリと呟く。
「うん。多分勘づいて逃げる準備しているんだと思う。さっきのチンピラたちは恐らく時間稼ぎね」
相手は、恐らくいっぱい罪を犯した人であるが、健介は少しだけチンピラたちを可哀想に思った。
「そんじゃ、烏間さんと合流しよっか」
灰咲はそう言いながら鼻に注意を向ける。灰咲は何かの匂いに反応して鼻をピクッと動かす。健介も、熊坂の時と同じように独特な獣の匂いを嗅いだ。
「後ろ!!」
灰咲の合図と共に、袋音は健介の背中を押す。健介は吹き飛ぶが、怪我はしていない。袋音の方は、腕になにかが噛み付いていた。
それはどこかライオンのメスに似ている風貌だが、絶妙に似ていない。というより、大きさがまったく違う。
「ピューマね」
灰咲はそう言って、マルクとラルクと共に戦闘の準備をする。袋音は、腕に噛み付いたピューマを引き剥がす。
ピューマは三匹いる。三匹の体は、熊坂と同じように蠢きながら遂には人間の姿になる。
そのうちの一人を見て、健介は息を飲んだ。
「海美さん……!?」
海美は半年間、健介をずっと介護してくれた看護師だ。その他二人は現代っ子の色白ギャル、という印象が強い女子だった。恐らくは健介と灰咲と同年代だ。
「あら、久しぶり……大上君」
海美は戸惑っている様子で健介を見る。
「なにー? 知り合いなん?」
茶髪のボブカットのギャルが海美に聞く。
「うん。私が担当してた人よ」
「あ、じゃあコイツが例の実験体なんだね」
健介は実験体、という言葉に反応して、必死になって質問をする。
「俺、なんの実験体なんですか!? 教えてくださいよ!!」
「ごめんね大上君。言えないわ。だって協会の人もいるし」
協会……? なんのことだ? と思った健介は、すぐに灰咲たちのことだと分かる。
「ごめん大上。このピューマたちとは多分敵だから」
灰咲は一気に海美と距離を詰めて、右足の蹴りを繰り出す。海美は、その攻撃を読んでいたかのような反射神経で右腕で防ぐ。
続いてマルクとラルクが海美の左右から引っ掻き攻撃を繰り出そうとするも、海美は2mほどの跳躍をして避け、ラ◯ダーキックを灰咲の顔に向ける。若干反応が遅れた灰咲の側頭部にかすり、灰咲はよろめく。
「んじゃ、そこのお姉さんはウチがやるね」
茶髪の方のギャルは袋音と対峙する。袋音は顔を歪めながら、噛まれた場所に布をきつく巻く。
そして黒髪のストレートロングヘアのギャルは健介と対峙する。
「え、俺戦えないよ……」
健介は情けない声で訴える。
「うぇー。ナヨナヨしてる男無理なんだよねー。ま、安心して。生捕りが命令だから」
健介は怖くなって全力で後ろへ逃げる。
「あ、逃げるなよー」
黒髪のギャルは姿をピューマに変えて、余裕で健介に追いつく。
「ちょっと大人しくして」
ピューマはそう言いながら健介の二の腕に噛み付く。健介は、感じたこともない耐え難い激痛を感じて絶叫する。
「痛い……やめて……」
ピューマは無視しながら健介の上に乗っかりながらその顔を見つめる。
「性格無理だけど顔はいいじゃん。けどちょっと陰キャっぽいね」
健介は涙を流しながら神に祈った。灰咲と海美はどちらも拮抗していて、袋音は腕の負傷もあって押され気味だ。健介を助けられるものはこの場にいない。そう思われたが、ふと健介の頭上を一本の矢が通り過ぎる。
ピューマは咄嗟に上を向いて健介から離れる。
「やっぱり苦戦していたか。遅れていると思ったよ」
そこには烏間がいた。健介は安堵の息を漏らす。
「え、烏間?」
ピューマは苦々しく顔を歪める。
「おや、会ったことあるかな?」
烏間は首を傾げる。
「いやいや、ダークな裏世界では有名よー? あんたの名前を知らない人はいないと思う」
健介は、烏間はそんな有名なのかとびっくりする。
「安心しろ、俺のことを知らない熊の犯罪者と会ったばかりだ」
烏間はそう言いながら、問答無用で弓を引く。
「もーずるいー! 高いところからチマチマ撃つとか陰キャじゃん!」
「なんとでも言え」
そしてピューマは思い切り逃げる。狭い通路での矢は当たりやすい。
「みんな、烏間いる! 一旦逃げよ!」
ピューマは海美と茶髪のギャルに呼びかける。二人もピューマに姿を変えて戦っていたのでそのまま逃げる。
「この任務給料いいから、バーバリーの服買うって決めてたのにー!」
茶髪の方はそんなことを言いながら去っていく。海美も、灰咲とマルクとラルクから離れていく。
辺りには静寂が戻る。
「なんだったのあの三人……」
灰咲は呆然としてその場に立ち尽くす。
「機会を伺っているんだろう。あいつらはまだ諦めていない。それにしても、お前がやはり標的なんだな」
烏間はマフラーをパタパタさせながら健介に言う。
「そう、みたいですね」
健介は空中の一点を見つめては「例の実験体」という言葉を繰り返し思い出す。
烏間は袋音の治療を手伝ってあげて、灰咲はウェストポーチから取り出した生の鶏肉をマルクとラルクに与えていた。もちろん、ジップロックに入れている。
「早く行こう。どうやら柳生は相当手を込んで俺らを歓迎するらしい」
烏間は健介たちをせかしながら、率先して先を行く。健介たちが来る間、烏間は地下二階にあるモニター室にいたと話をする。そこでマップの情報を得ているので、烏間は素早く地下三階への階段まで健介たちを案内した。
「よし、今のうちに戦闘準備をして行こう。降りた瞬間銃撃される、なんてのはあり得なくない。」
烏間はカラスの姿に変身する。なんと、弓も小さくなっているが、健介はその原理を知りたいと思うほど余裕はなかった。
灰咲、袋音も同じように武器などの手入れをして準備を終える。
「よし、行こう」
烏間の合図と共に四人と二匹は階段を駆け降りる。降りると同時に、健介は嫌な予感がした。
烏間はカラスの姿のまま階段の先へひっそりと進んでいく。そこは一本道の通路があり、様々な部屋に繋がる扉が並んであるだけだ。
一つ一つの扉に耳をそば立てて、中の様子を覗いてみたりしても誰もいない。獣の匂いがするわけでもない。烏間は階段の方に戻っ健介たちにOKサインを出す。
健介たちは人がいないと分かっていても足音を立てないようにして降りていく。
「柳生のやつ、もう逃げたのか」
烏間は悔しそうな声で呟く。
「いいや、逃げてないよ」
健介たちはとっさに上を向く。すると、天井を破って大量の武装した人間が降りてきた。
「くそっ……!」
烏間は舌打ちをする。
健介は一斉に銃を向けられても、柳生の顔を見つめていた。
「なんで匂いがしなかったの?」
灰咲も悔しそうにして言う。柳生は嬉しそうに灰咲の顔を見つめて話す。
「それはね、この人たちはみんな普通の人間だからだよ。それでも君みたいな狼は嗅ぎ分けてくるから、狼の嗅覚にバレないよう消臭スプレーを作ったんだ」
柳生は続いて健介の前に立つ。
「独りで来てほしかったんだけどね。まあ、大丈夫だ。僕が勝ったも同然だからね」
健介は柳生を睨みつける。
「先生……俺に何したんですか」
「おぉ、新類協会の人もいるし、ちょっとだけネタバラシしようか。僕の新たなる実験について」
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