第5話

仮谷は、寿司を前に腕を組んでいる。


口はカレーだったはずなのに、なぜか寿司のパックを買ってしまった。

隣人の手前、レトルトカレーに手を伸ばすのを躊躇してしまったからだ。


箸をのばしてイカを摘まむと口の中に放りこんだ。実は、イカは好物であったので決して嫌な晩餐という訳ではなかった。少し噛みしめてから、ペットボトルのお茶で流し込むように胃袋に収めた。


不意に仮谷は先日の事件の事を思い出していた。少し前に淀川に上がった男の死体について気になる事があったのだ。

身元不明の男が酒に酔い川に転落し溺死。しかし、彼の肺には微量の水しか無かったそうだ。水に溺れた事が原因では無いらしい。


では、死因は?


結末は、遺体に外傷はなく、事件性も無く、アルコールの大量摂取による中毒死という事で処理された。仮谷には、何だかその結果は少し強引に決められたような感じが拭えなかったのだが、早々に他の事件を担当するようにとチームは解散された。害者の体は無縁仏として、火葬されたそうだ。それは、何かを隠しているかのように彼は感じた。しかし、それを追求する事を組織は許さなかった。それは、誰もが言葉にせずとも感じるものであった。元々、素性の解らない遺体の話で、誰も訴える者もいないので、誰も異議を唱える事は無かった。


唐突に、インターフォンの音が鳴り、玄関に人の気配がした。


「はい!」刈谷は立ち上がると、無防備にドアを開けた。そこには、鍋を手に持つ隣人がいた。


「あの、少し多めに作ったので…、よかったら…」


「えっ?」


「カレーです」どうやら、レトルトカレーをやめて、普通にカレーを作ったようだ。良い匂いがしている。


「ありがとうございます。でも、どうして…?」刈谷は鍋を受け取った。


「いえ、朝のお礼と…、それと料理出来ないって思われるの嫌だったので…」頬が少し赤らんでいるように見える。


「そんな事…、思いませんが…」実際は、レトルトカレーを買うのを見て、まともに料理をしない女なのだなと思っていた。


「鍋は、いつでも良いので…」そう言ってお辞儀をすると、彼女は自分の部屋へ帰っていった。


刈谷は、鍋をキッチンのコンロの上に置いて蓋を開けた。そして、スプーンで少量のカレーをすくうと口の中に差し込んだ。


「旨い!」思ったよりも美味であった。

しかし、カレーライスを食べるにも、肝心のライスが無い事に気がつき、がっくりするのであった。


「仕方ない…」彼は外着に着替えると、もう一度スーパーに、ご飯を買いに行く事にした。







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