第3話
「あそこはガツンと言わないと駄目よ!」百合子が更衣室で熱くなっている。
「そうですね……」凉風は、聞き流しているかのようであった。
「ちょっと、あなたがそんな感じだと私達にも、しわ寄せくるのだから!本当に判ってるの!?」百合子は、胸を露わにしたまま仁王のように立っている。
「あっ、私やり残した事があったんだ!」凉風は、ロッカーのドアを閉めると更衣室を飛び出す。
「小林さん!パソコン消したんじゃないの!?サービス残業は駄目よ!」更衣室を出てからも、百合子の声は聞こえた。凉風は、少し深い溜息をついた。
「こんな事、やってる場合じゃないのに……」凉風は長い廊下の突き当たり立つ二人の警備員を見た。二人の男は微動だにせず、瞬きもしないのではないかという感じで立っている。それは、まるで仁王のように何かを守っているかのようであった。その体つきからしても、彼らが普通の警備員で無いことは、あきらかあった。
「今日は、BJね……」凉風は男達に軽くお辞儀をしてから、少し前の扉を開けて部屋に入る。男達は凉風の行動にも、全く無反応の様子であった。
部屋の灯りを点けると、そこには大量の書類が格納された棚が並んでいた。凉風はその中からファイルを取り出した。
「……」彼女は少しウンザリしたような顔をしながら書類に目を通していく。目的の物が見つからないようであった。
「やっぱり……、あの部屋か……」凉風は、頭を右手で支えるような格好をして、溜息をついた。
「誰か?いますか」扉が開いた瞬間、凉風はファイルを棚に戻した。「あっ、小林さんか。何か捜し物かい?」総務部の生川であった。
「はい、広報で使う資料が必要でして……」凉風は慌てて、書類を探しているふりをする。
「小林さん、ここには薬剤の資料しかないよ。そういう資料なら、別館だと思うよ」生川が呆れたような顔を見せた。
「えっ?そうなんですか!」凉風は、慌てたように掌を口に当てると、すいませんと謝りながら部屋を飛び出した。
彼女にとって、あのタイミングで生川が部屋に入ってくることは予測していなかった。いや、この古い資料庫に来る社員などまず居なかった。廊下に出ると、二人の仁王が相変わらず、何かを守っていた。
凉風はもう一度お辞儀をしたが、やはり彼らは無反応であった。凉風もそれを気にする事も無く廊下を後にした。
「本日は、収穫なしね……」凉風はポツリと呟くと、更衣室に入り普段着に着替えて、退社した。
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