第2話
小林凉風。
それが彼女の名前であった。
阪急電車、十三駅から少し歩いた場所にある「上杉薬品工業株式会社」
彼女はこの会社で半年ほど前から派遣社員として働いている。
朝、不意に二人組の男から恐喝まがいの行為を受け、隣に住む男性に助けられた。彼の名前は仮谷淳一、淀川警察署の刑事だそうだ。
一月前に越してきた隣人に取り立てて興味は無かったが、警察関係者であるとなれぱ少し話は別であった。用心に超した事はない。
「小林さん、これ、昼の会議までに20部コピーして閉じておいてよ」少し高そうなスーツを着た原口課長が凉風の机にぶっきら棒に書類を置く。
「はい、わかりました」凉風は機械的にその書類をクリアファイルに挟むと、パソコンの横に立てかけた。
「頼んだよ」原口課長は、右手を軽く上げると自分の席に戻っていった。
「全く、コピーくらい自分でやればいいのにね!小林さん、忙しかったら断ればいいのよ」隣の席の久保百合子が小さな声で呟く。
「有難うございます。でも大丈夫です」凉風は無表情のまま、小さく頭を垂れた。
1時間ほど作業の後、手が空いたので凉風は頼まれたコピーに取りかかる。
書類を閉じた後に不具合があると面倒なので、少し確認する。案の定、上下が逆になっていたり、ページが前後していたりして雑であった。
「あれ?」数字が抜けている。
「課長、このページ、番号が飛んでいませんか?」凉風はコピーをする前に原口に確認する。
「番号?そんなの、いいから早くコピーして閉じておいてよ。誰もそんなの気づかないよ!」まるで邪魔者を追い払うかのように、手を風に揺れる暖簾のように2.3回振った。
「しかし…」凉風は納得してない様子であった。
「課長の俺が良いと言ってるんだから、それでいいんだ!」吐き捨てるように言うと原口は席を立って昼休憩に出た。
「……」凉風は無言のまま、作業を初めた。
少し遅めの昼休みを終えて、自分の席でパソコンを触る。数分間、パソコンを操作しないとロックされパスワードの入力を求められる。ちなみにこの会社では、パソコンの起動開始と終了がタイムカード替わりとなっているのであった。
「なんなんだ!この資料は!!」会議室から、役員の罵声が聞こえてくる。
「申し訳ありません!担当が間違えたようで、すぐに修正させます!!」その悲痛な陳謝の後、会議室から原口が飛びたしてきた。
「小林さん!なんなんだ!この資料は!ちゃんとチェックしてくれよ!!」原口は凉風の机を右手で叩きつけると資料を投げつけた。
「え?私が……、チェック……、ですか?」言葉の意味がよく解らず彼女はキョトンとした顔を見せた。
「そうだ!コピーとチェックをお願いしたはずだ!こんな初歩的なチェックも出来ないのか!!」顔を真っ赤にしてまるで梅干しのような顔であった。
「小林さんは、ちゃんと指摘してましたよ!それに事務員にチェックって、意味が解り……」流石に横で聞いていた百合子が頭にきたようであった。しかし、凉風はそれを制止した。
「申し訳ありません。私のミスでした」凉風は、立ち上がり深々と頭を下げた。
「ちょっと、小林さん……!?」庇った百合子は、意味が解らず狼狽している。
「そ、そうか、解ればいいんだ!次から気をつけてくれよ!!」言い残すと、原口は会議室に戻り、自分のミスでは無いとの弁解を初めているようである。
「どうして……?」百合子は呆れ顔で、溜息をついた。
「ありがとう。でも、いいの……、面倒くさいし……」凉風は、まるで他人事のように、座ると自分の仕事を再開した。
「そう……」百合子は、それ以上何も言わなかった。
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