19 幕間~ルスタムの西方見聞録Ⅵ
* * *
使節団は、来たときよりももっと控えめにお見送りされて王都を出た。薬草園に踏み込もうとしたとかいうグレゴリー派の勇み足連中を荷馬車に放り込んでいるが、国境でもご同輩を引き取らなきゃいけない。
国境から先も長い道のりだが、やっと帰れるのはありがたい。女房と子供らへの土産が心の支えだぜ。
「ニルファ、お前はよく働いた」
道中で、ファルハードはニルファをねぎらってた。
「もったいないお言葉に存じます。教父様も嬉しく思うでしょう」
かつて教会のトップだったヴァシリイは、シリーンとアルマの王太子妃争いで負け、立場を失っていた。今回のガレンドール行きでニルファを最大限貢献させることで、勢力の巻き返しを狙っていた。
ニルファもそれを期待してファルハードを見上げたが、返ってきたのは意外な言葉だった。
「…ヴァシリイには当分自重してもらわんとな」
「え…」
「グレゴリー派の失態は、いかにアルマの実家とは言え到底かばい立てできるものではないが、それはヴァシリイ派がアルマを偽聖女呼ばわりして追い詰めたからだ」
「それについては…」
「ヴァシリイは、自身の家系から今代の王太子妃を出せずに焦りすぎた。だが、権勢を誇るため王家に繋がろうと躍起になっている点はグレゴリーも同じだ。両家とも頭を冷やさせねばなるまい」
そういや今の王妃様、つまりこの殿下の母君はヴァシリイの妹だ。もしアルマじゃなくシリーンが輿入れしてたら二代続けてヴァシリイが外戚となり、王家は完全に牛耳られちまうな。アルマを選んだのはバランスを取る意味もあったんかな。だがそうなったらなったで、綱引きが一層激しくなっちまってるのが現状だ。
「両家は、聖女候補を確保するために人身売買めいたことまでしている。それは、私が聖女や聖女候補を次々と求めたせいでもある。研究に夢中になって目をつむった私にも非があろう」
ええ…そんな殊勝な台詞が、この下ぶくれ殿下の口から出るとは思わなかったぜ。それとも俺は居眠りでもして夢を見てんのか?
「教会が王家ばかりを向いて民を疎かにしては本末転倒だ。古来の民の血を持つ有力家系も、長年の派閥争いで今はあの二家ばかりになってしまった」
「へえ。昔はもっと派閥があったんですかい?」
俺は思わず口を挟んだ。何でもいいからしゃべれば、目が覚めるかもしれねえしな。
「我が祖父の正妃もまた真の聖女だったが、古くからの有力家系の一つトモス家から迎えている。当時は三つ巴の争いだったようだが、足をすくわれて没落し、最後の当主も行方不明だ。かの者は、教会は聖女信仰を都合よく扱っている、天上の主の意志に反する――などと言っておったようだから、それも憎まれたのかもしれんな」
ニルファが合いの手を入れた。
「最後の当主…ヨハン・トモスですね」
「そうだ。お前はシリーンよりは勉強しておるな」
「…とんでもないことでございます」
馬車の一団は小休止のために停まった。俺たちも降りて体を伸ばした。ファルハードが少し離れたので、俺はニルファにずっと気になってたことを聞いた。
「…よう、ファルハード殿下は来たときよりもえらく人が良くなってねえか? まるで別人だぜ」
「ああ、お気づきでしたか」
「お気づきだよ! 前は圧がすごくて近寄りがたかったのによ。ひょっとしてそれは秘密のミッションを抱えて気合入れまくってたせいで、今の方が素の性格ってことなのか?」
「まさか。聖女をどんな扱いしてたか聞いたでしょ。研究のためなら平然と非情なことができる方よ」
「じゃああれは何だよ?」
俺が手でファルハードの背を示すと、ニルファは肩をすくめた。
「…シリーンのせいでしょうね」
「ん、まあ確かにあの面会を境に変わった気はするな。完璧に振られて清々したってのか?」
「浄化の力よ」
「じょ・う・か?」
面食らう俺にニルファは説明した。
「あの浄化の光を見たでしょう。祭儀で真の聖女が発する浄化の光は、大地を豊かにし人心を安らげる力があるの」
「人心を、や、や、安らげ…!?」
「ファルハード様の人格が変わるほどだなんて、どれだけ強い力なのって話よ。そりゃあ高位精霊も力尽きるわね」
「は…」
何てこった。開いた口が塞がらねえぜ。真の聖女恐るべし。
「…ま、まあ、親しみやすくなるのは悪いこっちゃねえ…かな?」
ガレンドールで年下の王子様に説教されたのも何か響いてたっぽいし、今後はアルマと一緒に教会を改革していく気かもしれない。
国を治めるとか、信仰と魔法を正しく扱うとか、そういうのは俺には知ったこっちゃねえけどよ。ファルハードが何を頑張ろうと、回り回って俺んちの台所にある魔法器が安定稼働し続けてくれるんなら、そんでいいかな。
慎ましく生きる一庶民の立場なんて、そんなもんだぜ。
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