17 幕間〜ルスタムの西方見聞録Ⅳ

* * *


「ルスタム、簪を出せ」


 王宮から迎賓館へ向かう馬車で、ファルハードは扉が閉まるやいなや俺に言った。


「あ、お気づきで」


 俺は懐からそれを取り出すと、両手で捧げ持って渡した。礼拝堂で、皆が祭壇上の精霊に注目している間にこっそり回収しといたんだ。それからすぐあの浄化の光がバーっときて、呪符の効力も消し去ったんで衛兵らが出入口を開けて踏み込めてきたわけだ。

 あの王子様は物証がないとぼやいてたが、俺と目が合った瞬間に何かを察してた。あいつにとっても、むしろ見つかっちゃ困るブツだったんだろう。誰もが穏便に済まそうと思ってたからな。ファルハードを除いては。…というか、ファルハードはあれだけやっても穏便に終わると信じてたフシがありそうだ。もし本当にそうなら、どんだけ肝が太いんだって話だ。だからこの腹もこんだけ太いんだな。


「何を見ている」

「あ、いえ、何でもありませんっす」

「…よく気の散る奴だ」


 ファルハードは後ろでまとめた髪を簪で器用に絡め、きっちりと結い上げた。


「ふむ。やはりこうしないと落ち着かん」

「トスギルじゃ男のおしゃれは簪が命って言いますからね」

「たわけめ。貴様らはそれでよかろうが、私にとっては逆だな。命を守るのが簪だ」

「ああ、そういう…」


 武器も護衛も失ったような状況で最後の手段として使うために、常に身に着けている武器がその簪というわけか。さすがは王族だ。


「どこの王族もそんなものだ。あの小童とて、寝る時は枕の下に匕首あいくちを忍ばせるタイプだろうよ。初日から飾りの杖を持ち歩いて目を慣れさせ、武器として認識させぬ用意周到さだからな」


 なるほどなあ。俺はまた、お貴族様の最新マナーなのかと思ってたぜ。こっちの流行は目まぐるしいからな。


「結局、あの珠は一体何だったんですかい?」


 ついでに何となく聞いてみると、ファルハードは腕組みをして深く息を吐いた。


「あれは、精霊の魔力を吸い出す魔法器だ」

「あれが?」


 そういうのもあるとはびっくりだ。


「精霊は魔力の塊だ。高位になるほど膨大な魔力を秘めている。聖女に魔力を貸し与えてしまう前にあの珠に封じれば、後から純粋な魔力として取り出し、他の聖女の力にできる」

「…すげえっすねえ。それをアルマ様がお作りになったんですか?」

「もともと私も、聖女から魔力を引き出す研究をしていた。精霊と契約することで、聖女たちが扱える魔力は底上げされる。それを集めれば、高位精霊と契約したのと同等の力を発揮できるのではないかと」


 何だその謎理論。戸惑ってるとニルファが補足した。


「真の聖女が発揮する浄化の力を、聖女に頼ることなくいつでも使えたらと、殿下はお望みだったのです」

「だがどうもうまくいかなくてな。低位精霊は力尽きやすく、聖女も契約相手を失ったショックで病んでしまう。実験を重ねるうちに出会ったのがアルマだ。彼女は同時に複数の低位精霊と契約したり、何度でも新たな精霊と契約できるだけの精神の強靭さがあった」


 な、なんと。…ファルハードは今まで、聖女を何人も召し上げてはすぐに放り出すとの噂があった。教会に差し戻された聖女たちはもう使い物にならないとも言われ、女のことではすこぶる評判が悪かった。

 実はそんなことをしてたのか。噂は当てにならねえと言うか、…いや、噂とは違うがこれはこれでどうなんだ。


「何でまた、そのようなご研究を…?」

「高位精霊と契約できる真の聖女など滅多に現れん。だがもたらす恵みの大きさゆえ、民は常に待ち望んでいる。不作や災害のたび聖女は強く崇められる」


 ファルハードはまた息を吐き出した。


「だが、民が求めているのは聖女ではない。恵みだ」

「それで?」

「民に応えるには、いつ現れるかわからん真の聖女を当てにしていては埒が明かん。恵みを与えられるなら、真の聖女に依らずともよいではないか」


 …まあ、確かに魔法器はありがてえよ。


「聖女は魔力を宿す器だ。そこから魔力を汲み出して他の媒体に移せればと思ったが…」


 残念そうに言ってるけど、目的はどうあれ多数の若い女を遣い潰してたのは変わりねえんだよなあ。そう考えるとぞっとしないぜ。むしろ別の意味でぞっとするぜ。


「だが、アルマを得たことで研究は進んだ」


 女の無駄遣いもしなくて済むようになったろうしな。


「アルマは、聖女ではなく精霊から直接魔力を取り込む方法を編み出した。その成果がこの珠だ」


 ファルハードは懐からそれを取り出し、しげしげと眺めた。


「発動には私の血が必要だった。だがシリーンが浄化の力を発揮してしまい、あの場の全ての傷と痕跡を消してしまったために、この珠も不発に終わった」


 そしてまた珠をしまい、不気味な笑いを浮かべた。


「…いいや、無駄骨とは言うまい。高位精霊が天に還ったことで、契約し直しのチャンスが来た。私は何としてもアルマに契約させてみせるぞ」


 ひょっとして、俺が聞いてちゃいけねえ話だったかも。

 居心地の悪さに耐えきれなくなる頃、馬車は迎賓館に着いた。

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