14 面会②

* * *


「この先に、ファルハードらがすでに入っている。付添はヴァシリイ派のニルファと通訳のルスタム。いずれも身体検査済みだ」


 王宮内にしては地味めの扉の前で、ぼくたちはオリバーさんの説明を受けていた。

 ここは、王宮の中にある礼拝堂に続く小部屋だ。この礼拝堂は、王室の祭礼や公式行事で時折使われる。天主教の施設であること、入口から祭壇までは細長い通路になるため相手との距離を取れることなどを理由に、面会場所として選ばれた。


 当初ファルハードは、プライベートかつ国家機密に触れる内容になるからとシリーンと一対一の面会を要求していた。衝立越しや廊下の両端、屋外など色々な検討と妥協を重ねた結果、場所は礼拝堂となり、付添人一名が許された。そして殿下が立会人として同席する。


「衛兵には外で待機してもらうが、事が起きた時相手が王族だと手が出しにくいだろう。同格の俺なら向こうにとっても牽制になる」

「直接やり合ったりしないで、すぐ呼んでくださいよ」


 オリバーさんが心配そうに言う。


「失礼します!」


 衛兵が一人入ってきて、トスギル側に持ち込み品があると報告した。


「家族からの手紙を渡したいと、小箱を携行して来ました。封書が一束入っており、刃物等は仕込まれていない様子でしたので通しました」

「家族?」


 シリーンが怪訝な顔をした。


「何でも、お父上と妹様とか」

「…わかったわ。お養父とう様はともかく、アルマのは受け取るわ」

「はっ」


 衛兵が一礼して去ろうとすると、今度は殿下が怪訝な顔になった。


「今頃手紙だと? もっと早い段階で出していれば、シリーンの心を揺さぶれただろうに」

「殿下…何でも駆け引きで考えるのやめて下さいよ」


 ぼくは、眉をひそめたシリーンに代わってクレームを付けた。


外交駆け引きの場だぞ」

「じゃあ向こうが下手なんでしょう? 出てくるのが今頃で良かったですね」

「いや、俺が言いたいのは…」


 その時、扉の向こうから誰かの怒鳴る声が聞こえた。


「…『まだか』って言ってるわ」

「わかった、行こう。君たちは俺が呼んだら入ってきてくれ」


 殿下は先に扉を抜けた。

 少し待つと、声がかかった。ぼくとシリーンは互いを見て、うなずいた。彼女は口を固く結んで緊張していた。ぼくが扉に手をかけると、彼女は空いた方の手をそっと握ってきた。

 シリーンの指先はひんやりしていたけど、握り返すと手のひらからは温もりが伝わった。


* * *


 祭壇の脇に出ると、すぐ側に殿下が立っていた。

 左右をベンチの列に挟まれた通路の先、正面入口扉の前に独特の装束の異国人が三人、衛兵に留められて待っていた。小箱を抱えている女性は見覚えがある。ニルファだ。実物を見るのは初めてだ。隣に立つ、ちょっと豪華そうな服で何だかいけ好かない顔つきの奴がたぶんファルハードだ。そして、風采の上がらない感じの中年男性。


「あれが通訳のルスタム?」

「ああ。向こうには蝶がいないから、人間の通訳が必要なんだ」


 殿下に耳打ちすると、おどけたような返事が返ってきた。

 シリーンと契約した精霊は、シリーンがトスギル語しか話せなかった頃、ぼくたちとの意思疎通の仲立ちをしてくれた。気高くて気まぐれな精霊は、今回はある意味部外者のぼくたちのためにそんな手間をかけてくれるわけがなかった。

 その不便さはぼくたちも納得済みだ。ニルファの精霊にもない能力みたいだから、新たな価値を見せつける必要もないとは殿下の言だ。


「ニルファは今は魔法を使えないんですよね?」

「ああ。ルスタムによれば、王都に着いてからは精霊も呼び出せない状態らしい。シリーンとはやはり格が違うようだ」


 少し安心する。

 ファルハードも当然魔法の心得はあるそうだ。でも精霊と契約してないからなおさら使えないはず、とシリーンは言ってた。


 殿下は、赤いカーペットが敷かれた通路を進んで中央に立った。手には目立たないようにバトンを携えている。儀礼用ではなく、街歩きによく持っていく愛用の柄付きのやつだ。


「面会時間は十分。指示した地点で立ち止まっていただき、それ以上近づいてはいけない。指示に従わなかったり不審な動きをすれば衛兵を呼び込む。ぜひ節度ある振る舞いをお願いする」


 殿下が注意事項を述べ、ルスタムが訳し伝えていく。聞き終えたファルハードは軽く顎をしゃくった。どうやら同意を示したらしい。

 殿下は衛兵に合図し、下がらせた。


 ファルハードがルスタムを伴い、通路を歩んでくる。ニルファは、扉の前に立ったままだ。


「止まれ」


 殿下が手を挙げた。ファルハードが立ち止まるのを見て、そのまま通路の脇に避けてシリーンにうなずいた。シリーンはぼくの後ろから出て二、三歩進み、跪いた。トスギル式の臣下の礼をする。


「シリーン」


 ファルハードはシリーンに向かって話しかけた。当然トスギル語なので、ぼくたちにはわからない。

 シリーンが答える。それもわからない。教えてもらったわずかな単語から、否定の意――『いいえ、帰りません』みたいなことを言ってるようだ。


「……、……!」


 冷たく叩きつけるようなファルハードの声を聞いていると、やっぱり精霊にお願いすればよかったと思ってしまう。シリーンを傷つけるようなひどいことを言ってないかと心配だ。


「シリーン!」


 ファルハードが鋭く呼び、前に踏み出した。「待て!」と殿下が立ちはだかったが、ファルハードはその手を払いのけた。殿下は再び素早く前に出て、今度はバトンを彼の胸の前に差し渡して遮った。ぼくも急いでシリーンの前に出る。


「下がれ。衛兵を踏み込ませるぞ」


 ルスタムの訳を聞く間もおかずファルハードは進もうとして殿下の杖を掴み、もみ合いになった。

 殿下は杖を捻ってファルハードの手を外し、そのまま柄の先で首を抑え込もうとしたが躱された。ファルハードが拳を打ち付けてくるが内側から杖で素早く払い上げる。意外にもファルハードにも武術の心得があるらしい。体格からして一撃が重そうだ。


 ぼくの後ろではシリーンが立ち上がり、驚いた声を上げた。


「ニルファ!?」

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