13 面会①

* * *


 使節団との交渉は、案の定すんなりとはいかなかった。


 オリバーさんが大まかに報告してくれた内容によると、彼らはシリーンが薬草園に居たことまでは突き止めていたので、こちらも知らないふりをし通すことはできなかったらしい。先んじて不法入国したトスギル人に襲われたので安全のために保護していると明かすと、悪びれることもなく、認識の相違だと言い放った。

 それどころか、シリーンには帰国の意志がないことを伝えても納得せず、ガレンドールこそ彼女を軟禁しているのではないか、無事な姿を見せろと逆に詰め寄ってきた。


 現在、ファルハードはシリーンが五体満足であることの確認と彼女からの誤解を解くことを目的に、一対一の面会を要求している。

 一対一は断固拒否だけど、さすがに顔を見せるぐらいはしてやらないと、ガレンドール側も少し都合が悪いらしい。


「…約束と違わなくないですか?」


 つい口を尖らしてしまったぼくは、またオリバーさんにたしなめられてしまった。


「シリーンに報告してるんだ。お前は口を挟むな」


 でも、大勢の大人が関わって対策を立てたはずなのに、ちょっと情けない。あいつらに譲歩してやることなんかないのに。


「そう単純にいかないのが政治だからなあ」


 オリバーさんはがしがしと頭をかいた。そう言いながらも、彼もぼくも政治のことはよくわからない。


「…それで、わたしに面会を承諾してほしいと?」

「いえ、まだ状況のご報告だけです。でも間もなく正式にどなたかがお願いに来るでしょう。もちろんあなたに危険が及ばないよう、色々な条件を付けることになるでしょう」


 けれどシリーンは即答した。


「面会を受けるわ」

「シリーン!?」

「わたし、はっきり意志を見せるって決めたのだもの。直接話さなければならないのなら、そうする。しっかり伝えてわかってもらうわ」


 …大丈夫かな。


「ファルハード殿下が何を取り戻したいのかわからないけど、今さら何も変えられない。それに」


 彼女は、指先を口元に当てて考えながら言った。


「わたしは…アルマのことも少し心配なの」

「妹さんが? あなたを追い落とした張本人なのに、憎くはないんですか?」

「張本人とは思ってないわ」


 むしろ気の毒に感じている、とシリーンは言った。

 シリーンは本音ではファルハードを好きではなかったけれど、聖女になって王太子妃の座も射止めることは養父の命令でもあり、しきたりとして当然の流れだから拒否する発想はなかった。アルマが彼女に先んじてファルハードに働きかけたのも、同様にグレゴリー派の命令でやむを得なかったんじゃないかと思う、と。


「アルマもわたしを憎んだりはしていなかった」


 自分を負かした魔力比べの場で、アルマは笑みを浮かべながらも一瞬だけ申し訳なさそうな目を向けた。それでもういいと思った。

 彼女はそう続けた。


「わたしが一番辛かったのは、お養父とう様に見限られて居場所を失ったこと。今、アルマもグレゴリー派やファルハードから見限られてしまってる。彼女はどうしてるのか、絶望してないか、それが気がかりなの」


 二人っきりの家族だと思うと、きっぱり切り捨てるなんてできないみたいだ。


「一年前わたしは絶望しかけていたけど、ヨハンくんがいて支えてくれた。でもアルマを支えてくれる人はいるのかしら…」


 う、うん、精一杯支えてきたつもり。だけど、当初シリーンの面倒を見て、気持ちを切り替えられるよう色んなアドバイスをしたのはぼくたちの殿下だよ…?


「もう既成事実があるのだし、ファルハード殿下にはアルマを大切にしてほしいの。こんな大ごとにせずに、どうにか丸く収まらないかしら…」


 シリーンはほぼ無意識に両手を近寄せていった。


「ああ、天…」


 手が組み合わさる前に、ぼくは一方の手をそっと取った。


 だめだよ。


 気づいたシリーンと目を合わせたまま、黙って首を振る。うっかりお祈りをすると無意識に聖女の力が発現してしまい、彼女を狙う勢力に気づかれてしまうかもしれない。そう考えて、この問題が終わるまではお祈りも止めてもらっていた。

 シリーンもそのルールを思い出したらしく、微笑むと残った手でぼくの手を包んだ。よかった。


「…ン゙ンッ!!」


 オリバーさんがびっくりするくらい大きな咳払いをしたので、ぼくたちは振り返った。


「あー、もう一つ報告がありますが…」


 あ、はい。すみません。存在を忘れてはいないです。お願いします。


「吉報です。実は数日前に国境でグレゴリー派の一団を捉えていました。そいつらの情報を元に本日、薬草園近辺で動いていた同派の者数名も捕縛しました。これで国内に潜伏する脅威勢力は無力化できたものと思われます」

「それって、もう隠れてなくていいってこと!?」

「はい。お祈りとか魔法とかも解禁です。さぞお辛かったろうと思ってましたが…」


 オリバーさんはちらりとぼくを見た。というか、ぼくたちの間にあるものを見た。


「!!」


 シリーンはまだぼくの手を握ったままだった。あわててぶんぶんと振りほどかれた。


「お伝えしないままでも別に困らなかったみたいですね」

「そんなこと! 外へ出られるんだから有り難いです!」


 オリバーさんがちょっとニヤつきながら言うと、彼女は首筋まで真っ赤にして言い返した。

 シリーンは、いつもは素敵なお姉さんだけど、時々可愛いお姉さんになる。

 ぼくはと言えば意外と赤くもならず、そんな彼女を微笑ましく見守っていた。

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