第10話”アルマダ”浮上

 はぁい、こんにちは。前回はキャサリンが誘拐されたものの運良く難を逃れ、クロードは西方領域での初めての依頼を完了させたところまで語らせてもらったわ。今度は一方の帝国側。トリスタンによる次の一手はどう指すのか。では、始めましょう。冒険者達の物語を。


 セヴェルス王国皇都。皇帝ガリウスは、ガラーガによる領土拡張政策を一転し、遠方で怪物と戦う軍団を本国へ招集させる勅令を交付する。その意図は空洞化しつつあった帝国内の産業人口に軍団兵を充てる事で、冷え込んでいた帝国の内需を回復させる事が目的であった。“武器を鍬に”それがガリウスの狙いであった。だが、これまで軍団の消費する武器や兵糧で暴利を貪って来た軍属や商人にとっては、皇帝の勅令とはいえ到底受け入れられる内容では無かった。こうして、皇帝派と反皇帝派による内乱が幕を開ける事になる。ガリウスにとって、この時の為に育て上げたと言って良い特務隊の若き士官達、特にフレイ、ライルという最強の大駒を失っていた事は、彼にとって大きな痛手として、その最期の時まで尾を引く事となった。一方のトリスタンはフレイの調整の為、居城の研究室に籠る日々が続いていた。

 トリスタンの居城、訓練室。

「オラオラ、間合いに入れねぇと勝負にならんぜ!」

ディザの操る鞭が、ルビーの足元を弾く。対するルビーの武器は長剣だ。

「『炎の矢』よ、敵を焼き貫け!」

遠距離からルビーが攻撃魔法を放つ。

「甘いなぁ!」

ディザの鞭が、炎の矢を打ち払う。がその動きを先読みしたルビーが一気にディザの左側面へとその射程内に詰め寄る。

「良い動きだ、だがまだ遅い!」

ディザの左腕に装備された仕込み武器である鉤爪が伸び、ルビーに襲い掛かる。

が、次にルビーが起こした行動は、ディザの目の前での跳躍だった。

「チッ、“跳躍”魔法も仕込んでやがったか!」

ディザの背後を取ったルビーは長剣を彼の背に当て、勝利を宣言する。

「これで私の勝ちです。」

「いや、相討ちだ。」

ディザは既に鞭を捨ており、右腕から仕込み武器であるカタールを出現させ振り向く姿勢を取っていた。

「う・・・。」

「このまま行けばどっちも重傷だ。対人戦なら無傷を狙え。だが大将首相手ってなら、お前の勝ちだな。上出来だ。」

「あ、ありがとうございます。」

ルビーはディザの称賛を受け、満面の笑みを浮かべる。

「すっかり乙女の顔だな、あれは。」

二人の模擬戦を見つめるサファイアが呟く。

「“恋する”が抜けているよ、サファイア。」

エメラルドが呆れた表情でサファイアに声を掛ける。

「それにしても、あの冷徹さが売りだったルビーがねぇ。」

「何、サファイアも相手が欲しくなった?」

「面倒くさい男はこっちから願い下げだ。・・しかし、むしろ変わったのはディザの方か。」

「そうね。前皇帝のお気に入りとしてイキっていた時とは全くの別人。理解に苦しむよ。」

「こうして切磋琢磨してもらえるのは構わんが、戦場では私情を出されないようにしてもらいたいな。下らない巻き添えを食らうのは御免だ。」

「ディザ殿はこちらでございますかぁ?」

大声を出し通路から出てきたのは5人組の一人、トパーズだ。

「何だ?俺はまだ、ルビーとの模擬戦終えていないんだ。トリスタンの野郎はまだ研究室から出て来ねぇのかよ。」

「主君は、一度研究を始めると我々にも行動が全く掴めず・・・申し訳ありません。」

「あの野郎、俺にモメ事全部押し付けるつもりかよ。ルビー、戻って来たら再戦だ。次はオベリスク戦に切り替えるから着替えておけ。」

「了解しました!」

「サファイア、エメラルド、お前らもサボってんじゃねぇぞ。お前らの相手はステビア=ユーリカだ。トリスタンの推薦とは言え、伊達に特務中佐まで昇格した特務隊の女じゃねぇ事、よく覚えておけ。」

「了解です。」

「了解。」

「トパーズ、相手はどの部屋に居る?」

「あ、案内します、こちらです。」

トパーズに案内されてディザは練習場を去る。

「そういえば、ユーリカ特務中佐とは何度か実戦経験あったな、エメラルド。」

「私が特務隊曹長だった時で、彼女が大尉だったかな。彼女自身が回復魔法の使い手だから大事にはならなかったけど、ホント酷い目にあったわ。」

「彼女の得意範囲は、回復と水気か。オベリスク戦では余り脅威にはならなさそうに思えるが、お前はどう感じる。」

「オベリスクは、魔法の威力を強化するから、彼女が補助魔法として取得している“風”が厄介になるかもね。」

「“風”はお前の得意領域だろう?」

「いや、私はほら攻撃魔法としての得意領域だし。あの人くらいになると補助魔法も常人の得意領域と変わらない熱心に取得するから。」

「お前、その調子だと間違いなくディザ講師の次の生徒になるぞ。・・・まあ、頑張れ。」


トパーズに案内され、上座に座るディザ。

「クルーウェル特務中佐・・・?」

「ああ、その肩書は捨てた。今はディザで構わねぇよ、特使殿。」

「では改めて、トリスタン殿にお伝えを。皇帝陛下は先日の皇宮での件については不問にするとの事。反乱分子の暴動の輪は日増しに拡がる一方。帝国内における都市及び周辺農園への焼き打ち被害報告は絶える事がありません。どうか鎮圧にそのお力をお貸しください。」

「いい事じゃねぇか。」

「な、何と。」

「前皇帝ガラーガの治世が15年安定していたのは、有能な将軍がそのカリスマで配下の軍団兵を取りまとめて来た、のは一つの事実。だが有能な兵士に士官の道を与え軍閥貴族化させた事で彼らは前皇帝に忠誠を誓ってきた事もまた事実。今更、奴らに“鍬を持って畑を耕せ”と命令したところで従う訳は無い。あのオッサンの事だ、この反乱は想定内だったはず。ただ直前に子飼いの部下を多数失った事で、次の皇帝を狙う連中が続々と名乗り上げてしまい収拾が着かなくなった、ってところだろう。こんな面白い見世物、誰が止めるかよ。」

「帝国が滅ぶやも知れないのですぞ!」

「勝手に滅べや、タコ。」

「ならば、せめて陛下のご息女であるフレイ様をお返しください。フレイ様を失ってからの陛下の焦燥ぶりは臣下の者も見るに忍びません。」

「俺が知るかよ。おいトパーズ、お客様のお帰りだ。丁重にお見送りしろ。」

「はい、ではお客様、出口までご案内しま・・・」

特使は立ち上がったディザの左足に縋り付き、なおも懇願する。

「お願いでございます。どうかトリスタン殿に今一度お取次ぎを!」

「お前、俺様に泣き落としが通じると思ったか?」

次の瞬間、ディザの仕込み武器が特使の胸を貫く。特使は口から血の泡を吐き、そのままディザの前に崩れ落ちる。

「トパーズ、仕事が増えた。ザッカリンを使ってこの特使を届けろ、そして二度とこの城に来るなと伝えて来い。」

「ああ、絨毯が、絨毯が。トリスタン様にしかられてしまいます。」

「ったく、これだけ広い城で女中すら居ないのかよ。」

「そうですね。大抵の作業は『召使召喚(サモン・サーヴァント)』で片付けが済みますから。」

「なら、それを呼び出せば済むだろう。」

「でも替えの絨毯がありません。トリスタン様は工芸品にこだわりの深い方ですから。」

「なら他の連中と知恵を出して考えろ。代わりにコイツは俺が皇都まで持っていく。」

「ディザ殿、良いのですか?」

「その方が解決も早いだろう?」

ディザは特使の死体を担ぐとそのままテラスまで進み、帝国領域を見渡す。

「結構、赤く燃えてるな。いいぞ、どんどん派手にやれ。その血こそ、この星を弱らせる力となる。」

ギシリトールが起動し、特使の亡骸をその手に乗せる。そして高く飛び上がり皇都へと向かっていった。


 「戻ったぞ。」

ディザが戻ったのは、あれから3時間ほど後の事だった。

「お帰りなさいませ。あの血のシミの件なのですが、やはり完全に消すことは難しくて。」

困り顔のトパーズにディザは手荷物からロール状にされた厚手の布を渡す。

「・・・これは?」

「皇帝献上品の敷物だ。トリスタンの趣味に合うか分からんが、かなりの高級品のはず。」

「わぁ、勇猛な虎が見事に刺繍されていますね。これならトリスタン様の目に叶うはずです。

でも、このような高価な物、よろしいのですか?」

「小姓時代にガラーガから下賜されたモノを取り出して来た。俺にとっては金策にする以外不要なものだ、使っておけ。」

「はい、ありがとうございます。」

「ルビーは、いるか?」

「はい、ここに。」

「ピジョンブラッドに乗れ。オベリスクで模擬戦を行う。」

「了解です!」

「戻って来た早々訓練再開ですか?お忙しい事で。」

「サファイアか。ルビーは次期に卒業だ。空き次第相手になってやるぞ。」

「私は結構です。エメラルドの世話でもしてやったらどうです?」

「エメラルドか・・・。そういえば、ガーネットはどうした。全く見かけないが。」

「彼女なら食事当番です。というより、彼女以外満足に食事を作れる者がおりません。」

「どうなっているんだ、お前達の組織は。まあいい、先にルビーの指導からだ。サファイア、お前もザッカリンで見学しておけ。」

「了解しました。」


ディザの指示通り、ピジョンブラッドにてトリスタンの城上空にて待機するルビー。対してディザは、トパーズのザッカリンで上空に浮上する。

「ザッカリン?!」

「不満か、ルビー。」

「いえ性能差が大きいのでは無いか、と。」

「言うねぇ。確かに、ギシリトールを最高ランクのSS級とすると、お前のビジョンブラッドは、その下のS級、その下にフレイのラフィーノースがA級、最後にこのザッカリンがB級。お前とは二階級の格差がある。つまり、完勝して当然、負けた場合は搭乗者の能力差、という事になる。」

「しかし、万が一を考えた場合・・・。」

「俺の事は気にするな、と何度も言ってきただろう。それよりも、フレイが新たに加入すればお前の戦う敵はライル=オルトロスになる。もちろん、フレイと組んで、だ。」

「彼の実力は、今のディザよりも勝るとは思えませんか。」

「じゃあ、やってみようかい。」

「わかりました。」

ルビーのピジョンブラッドと、ディザのザッカリンが城のテラスから飛び上がる。二体は互いに向き合うと、それぞれの装備を構える。

「ディザ、その剣は?」

「オベリスクは搭乗者の持つ魔力の増幅器(アンプリフィア)としての意味合いを持つ。アニムスの力をソウルスティーラーを使ってギシリトールへ全て吸い取らせた事で、ヤツの搭乗者として認められた俺はアニムスの力を行使出来るって訳だ。ギシリトールを操縦するのであれば、最大出力も可能だが、ザッカリンでは機体の方が増幅の負荷で自壊する。つまり俺はザッカリンの持つ限界能力までしか使えない。この剣はザッカリンの最大出力で出現させた蛇腹剣“アニムス”。さぁ、稽古を再開しようか!」

ディザのザッカリンは“アニムス”を鞭のようにしならせ、ルビーのピジョンブラッドに攻撃を仕掛ける。ビジョンブラッドは、右側に旋回し、ザッカリンの左側面へ剣での攻撃を逆に仕掛ける。だが、蛇腹剣はピジョンブラッドに対し、正に蛇が獲物に嚙みつかんとするかの様に方向を変え、ピジョンブラッドの左わき腹に襲い掛かる。

「剣が曲がった?ぐあっ!」

「この剣は無機物じゃねぇぜ。知性(エゴ)を持った魔法剣だ。高次元のオベリスク戦では、その常識を捨てろ。」

「では、私のこの“ライフスティーラー”にも知性が存在する、と?」

「いや、その剣はピジョンブラッドが作り出した知性の無い武器だ。ピジョンブラッド自体にも知性はある。だが、それは主に機体制御を補助する為の微弱な知性だ。だから波長の合う搭乗者を求める。波長が合えば、より強い力をオベリスクは発揮する。さあ、期待に応えてみせろ、ルビー。」

「はい!」

一度距離を取ると、ピジョンブラッドは一度剣を収め、魔法を唱える。

「『炎の球』よ、爆散せよ!」

だが、火球はディザのザッカリンの左前方で止まり消えてしまう。

「何か仕込んだな、ならこちらも。“影の盾”よ、我を護れ!」

ザッカリンは左手に”影の盾“を出現させる。

ピジョンブラッドはザッカリンの右手方向から、再び剣で攻撃を仕掛ける。

「ライフスティーラーは使わせんぜ。」

ザッカリンは“影の盾”を使い、ピジョンブラッドの攻撃を喰いとめる。

「くっ!」

「良い動きだが、それではライルに反応されるぞ。“影の盾”はライフスティーラーの能力は発現しない事を覚えておけ。」

しかし、ピジョンブラッドは、推進を止めずある方向に押し込んでいく。

「『火球』よ、今こそ爆散せよ。」

「しまった、“遅延式呪文”か!」

轟音と共に爆風に包まれる二体。

その煙が晴れた後に残っていたのは、無傷のピジョンブラッドと、爆発で傷だらけとなったザッカリンだった。

「大丈夫ですか、ディザ!」

「ああ、生きてるよ。ピジョンブラッドの特性を生かした、いい攻撃だった。」

「あ、ありがとうございます。」

「しかしこれでこの機体も使い物にならなくなったな。降下する、手伝ってくれ。」

「了解です。」

ピジョンブラッドに支えられ、ザッカリンは無事着地に成功する。

「ディザ殿、大丈夫ですか?」

心配したトパーズが慌ててディザに駆け寄る。

「ああ、俺は無傷だ。だが、お前の機体はもう使い物にならねぇ。悪い事をした。」

「それよりも、トリスタン様が先程、研究室からお戻りになられました。ディザ殿にお話がある、との事です。」

「やっと出て来たか。案内しろ、トパーズ。」

「はい。」

トパーズに案内された部屋は、数刻前にディザがガリウスの使者を斬った部屋だった。

「お久しぶり。この敷物、アナタにしてはいい趣味しているじゃない。」

「どうせガラーガからの下賜品だ。好きに使えばいい。」

「それと、この子達の面倒を見てくれてありがとう。おかげでこちらもゆっくり取り組む事が出来たわ。」

「全員自由過ぎるだろ。こっちは最後まで振り回されまくりだ。」

「練習所では、サファイアとエメラルドが汗を流していたわ。アナタ、意外と教官に向いているのかもね。」

「冗談はよせ。それよりフレイの方は?」

「今、アナタを迎えに行ったついでにトパーズが呼びにいったはず。もうじき来るわ。」

トリスタンの言葉通り、以前と変わらない軍服姿のフレイがトパーズと共に姿を見せる。

と同時にピジョンブラッドを降りたルビーの方も、部屋に姿を現す。

「あれ、ディザ、だよね?」

「ああ、包帯の方が少し取れたからな。オベリスク内では自然治癒の速度も上がるらしい。」

「少し、雰囲気変わったね。」

「俺は変わったと思ってねぇよ。」

トリスタンがトパーズに残り3名の招集を命じる。こうして、トリスタン陣営8人の顔ぶれが揃う事になる。

「たった8人の軍隊に官職は不要と思うかもだけど、命令を速やかに実行する為、と思ってちょうだい。まずアタシが大将軍としてアナタ達の指揮官となる。次にディザが大佐、その下にフレイ、ルビーが中佐、フレイの下にトパーズ、ガーネットが少佐、ルビーの下にサファイア、エメラルドが少佐。以上、単純でしょう?」

「トリスタン大将軍、質問よろしいでしょうか。」

「何かしら、ルビー中佐。」

「ディザ大佐が不在の場合の指揮権は、私とフレイ中佐、どちらになるのでしょうか。」

「それは直属の上司に決めてもらおうかしらね。」

「ええっ、俺かよ?」

「ディザ大佐、お願いします。」

「ならルビー中佐一択だろ。」

「えー、フレイの方が強いのに何でさ!」

「統率力の問題だ。フレイ、お前とこの5人組とはまだ面識が浅い。だがルビーの方は、トリスタン大将軍の下、今まで4人を率いて来た実績がある。フレイの方が強さでは上回るかも知れねぇが、それだけじゃ集団戦は戦えねぇ。」

「強さでも劣るとは思っていません。」

ルビーの火に油を注ぐ発言に、ディザは思わず彼女を睨みつける。

「ルビー、てめぇなぁ・・・。」

ディザの顔にトリスタンは思わず笑い出してしまう。

「アナタも以前はルビーと同じだったでしょうに。それよりもアナタ、例の“アルマダ”起動の準備は出来ていて?」

「あ?そりゃもちろん、ピジョンブラッドを持って帰った時に・・・・あっ。」

ディザは思わず、その右手を額に当てて天を仰ぐ。

「起動シークエンス、やってねぇわ。」

「アナタ、一体何をしに行ったのよ。」

「ルビーが危うくアルマダの内壁を破壊しかねなかったからな、射出口開けて脱出させてから俺も本来の目的を忘れてた。」

「申し訳ありません、トリスタン大将軍。」

ひたすら謝り倒すルビーを制し、トリスタンはディザに確認する。

「それで、いつまでに稼働可能なの。」

「早くて3日、だな。」

「ならすぐに行動に移しなさい。大将軍の命令よ。」

トリスタンの冷たい声に、ディザは渋々立ち上がると配下全員に命令する。

「ルビーとフレイ以外は全員俺の後に付け。トパーズは俺とギシリトールに同乗。」

『了解!』

「それで、私達は何をお手伝いするのでしょうか?」

トパーズの問いにディザは楽し気に笑いながら答える。

「お前らに新型のオベリスクを受領させてやる。今度の戦いで、お前達の真価を証明して見せろ。」


ディザ達が去った後も、ルビーはじっとフレイを見続けていた。が、先に口を開いたのはフレイの方だった。

「アナタ、さっき強さでも私に劣らない、と言ったわよね。」

「ええ。」

「なら、勝負しなさい。対人、対オベリスク、選択肢はアナタにあげる。でもそれで負けたら私はアナタの指揮下には入らない。」

「大将軍、受けても問題ないでしょうか。」

「いいわよ。納得するまでぶつかり合うのも若さの特権ですもの。だけど、勝敗の裁定はアタシが下すわ。」

「分かりました。フレイ中佐、大将軍の許可を得ました。私は対オベリスクでアナタに勝負を挑みます。」

「二人とも、出撃前にルールを決めるわ。二人とも大事な戦力、という事を忘れないでね。まず魔法の使用は禁止。ただしオベリスクの召喚する武器に関しては不問とするわ。時間制限を設けるから、時間の許す限り闘いなさい。特に勝利条件は付けないけど、可能な限り相手の機体を損壊しないようにする事。何度も言うけど、二機とも大事な戦力である事を忘れちゃダメよ。」

『はい!』

二人は堰を切った様にテラスへ向かって走り出す。先に愛機で飛び上がったのはフレイの方だった。続いてルビー、最後にトリスタンのジアゼパムが上空に上がる。

「トリスタン大将軍、その右腕はどうしたの?」

「フレイ、アナタの相手は正面にいるルビーよ。ディザがずっと稽古付けていたそうだから、足元を掬われないようにね。」

「フン、曹長程度の武官に私が負ける訳ないでしょう?」

対して、フレイのラフィーノースをじっと見つめるルビーのピジョンブラッド。

「相手は特務隊の中でも最強格のエリート。でもこのピジョンブラッドなら勝ち目が無い訳じゃない!」

やがて、ジアゼパムがラフィーノースから離れ、トリスタンの合図が二人に飛ぶ。

「勝負、始め。」

ラフィーノースが二振りの長剣を手に一気に距離を詰める。

「ぐっ、躱せ!」

ピジョンブラッドは、ラフィーノースの突撃を間一髪で躱す事に成功する。

「まだまだ、勝負は始まったばかりだよ!」

遠距離攻撃の魔法が使えない以上、必然的に近接武器での戦闘となるが、空中戦となると、全ての方位が敵の攻撃方向となる。最初の数分は、フレイの攻撃に対しルビーが何とか躱す、という一方的な展開が続いていた。

「・・・見えてきた。この速さなら、迎え撃てる!」

ピジョンブラッドがライフスティーラーを抜き、ラフィーノースに対して迎撃姿勢を取る。

「あら、もう諦めたのかしら?」

射程範囲に入ったラフィーノースは、左手の長剣をピジョンブラッドの右わき腹に向かって打ち付ける。しかし、ピジョンブラッドは、文字通り“皮一枚”の距離で躱す。

「外した?!」

ピジョンブラッドは、空中での姿勢を崩したラフィーノースの左側面に回り込むと、その頭部目掛けて渾身の一撃を叩き込む。

「当たれぇ!!」

ライフスティーラーの一撃は、ラフィーノースの頭部左部分を損傷させる事に成功する。

「そこまで!」

トリスタンの声が二人の操縦席に響き渡る。

「ルビーの勝ちね。今後ディザ不在時の指揮権はルビーに一任。フレイも納得しなさい。」

「・・・。」

フレイは無言でテラスに降下すると、ラフィーノースを降り城の中へと走り去っていく。

「見事だったわ、ルビー。ディザの指導がよほど合っていたようね。」

「はい。今でも信じられません。」

「でも、この勝利は間違いなくアナタの実力よ。ただ、身内同士のいざこざは、今回限り。

いいわね。」

「了解です。」

トリスタンの言葉をうわの空に聞きながら、ルビーの目は遠くを見つめる。北の遺跡に向かうディザの背中を追う様に。


 一方、クロード達は大きなトラブルも無く、逃亡奴隷の収容を完了させていた。

そして今、彼らはキャサリン達に別れを告げ、南部の密林地帯に再び足を踏み入れていた。目的はただ一つ、戦艦“グロリアーナ”を手に入れる為である。

「しかし、思ったよりすんなり受け入れてくれたよな。」

イズの呟きにクロードは笑って返す。

「彼らの領内をオベリスクで飛び回ったからね。エグソン翁の書簡もあるし、断る、という選択肢は出なかったと思うよ。それよりキャサリンの護衛の件、結局シュロスさんに丸投げして良かったのかい?」

「他の軍閥貴族連中は静かになったし、しばらくはここの冒険者ギルドで護衛は出来る。何よりもまず、信頼できるパートナーがいる。」

「ジョダーユ君か。最初全く印象が無かったけど、別れる時はとても堂々としていた。結局、何を言ったんだ、イズ?」

「お前じゃ分からん話だよ。」

「どういう事さ?」

「いいから忘れろ。とにかく、オレ達、というかお前が請け負った依頼で残っているものはアニマちゃんの件だけ、でいいんだよな。」

「まあそれが、この世界の危機でもあったりするんだけどね。」

「全く、とんでもない依頼を引いてくれたものだぜ。」

やがて一行は、大瀑布の裏側、古代遺跡の入り口に到達する。

「この扉は、北の遺跡の?!」

「そうですね、私達が入った遺跡の扉と同じ文様です。」

「アニマ、どういう事が説明出来るかな?」

「アニムスが使う封印を私も使った。この星の“星の生命”が弱った時、アニムスは目覚める。だから私も目覚める必要があった。エリストリールを操れる勇者を待つ為に。」

「つまり、すでに君の言う“星の生命”は弱っている、という訳か。でも本来のアニムスに戻っていないから、その力を吸収出来ない、と。」

「そう。」

「俺達はアニムスに選別された、という訳か。」

「そういう事になりますね。」

「じゃあ、中へ入ろう。“ウィスプ”。」

クロードは“ウィスプ”の魔法を唱え、明かりを灯す。

先に進むと、アニマの眠っていた棺のある扉の前まで到達する。

「この絵は?!」

「私達の時は掠れて見れなかった絵ですね。確かにオベリスク、そして方舟の絵があります。」

「そして、この丸い絵こそボク達が済む世界、“星”です。」

「改めて聞いてもピンと来ないよなぁ。」

「この場合、神様はどこにいらっしゃるのでしょうか?」

「それを教えるのが仕事だぞ、姉。」

「じゃあ、アニマ、開けてもらえるかな。」

「うん。」

アニマが大きく手をかざす。すると扉は音を立てて沈み込んでいく。

「よし、先に進もう。」

クロード達が進んだ先、そこには、巨大な戦艦が、主の帰りを待つかのように鎮座していた。

「クロード。」

「あ、ごめん。ボクもちょっと驚いていた(笑)。」

クロードはセラに向かって話を始める。

「セラ、君にお願いがある。」

「はい。」

「この戦艦“グロリアーナ”の艦長をお願いしたい。」

「えっ?」

「クロード、ここからは私が話す。」

アニマが割って入った為、クロードは頷き席を譲る。

「この戦艦を起動、そして運用する為にはモモニ族という機械知識に長けた種族の力が必要。今、彼らは冷凍睡眠という形で長い眠りに就いている。彼らにとっての活力は人間の魔力。だから彼らを目覚めさせ職務に従事させるには、高い魔力を持った貴女が適任。どうか助けて欲しい。」

「・・・分かりました。私の力でお役に立つのであれば、喜んで。」

「ありがとう、セラさん。」

アニマは、セラの手を取り跪いて礼を言う。

「“グロリアーナ”のドックにエリストリール他オベリスクも収納されている。まずは、艦橋に上がり、起動シークエンスを作動させる。」

一行はアニマに従い、艦橋へと上る。

「ここが艦橋。この場所で“グロリアーナ”の制御を行う。セラさんは、その艦長席に。」

アニマが指差した先は、ひと際高い位置にある立派な玉座といえる席だった。

「あれに・・・座るのか。」

セラは緊張した面持ちで席に座る。

「深呼吸して、落ち着いて。」

「割と無茶を言う・・・。」

「起動シークエンス、開始。」

アニマが開始の言葉を唱えると、セラはスヤスヤと眠りに就く。

「セラちゃん、だ、大丈夫なのですか?」

「今はゆっくり魔力を吸い上げている段階。直に目を覚ます。」

しばらくすると、人間の半分ほどの大きさのハツカネズミに似た二足歩行生物が艦内を走り出す。

「おわっ、何だ、こいつら?」

「彼らがモモニ族。臆病なので余り騒ぎ立てないで欲しい。」

彼らは艦橋の席に座るとテキパキと目の前のコンソールに入力し始める。

「ふぁ・・・眠い。」

「お疲れ様、セラ。」

「まだ始まったばかり。イズ、整備ドックにお前が乗れそうなオベリスクがある。ミレイさんと姉には、そのゴバンと名乗るモモニ族が艦内を案内する。ライルさんとステビアさんは、各自のオベリスクを確認。クロードとアニマは私に付いてきて。」

セラは各自に指示を出すと、艦長席を降り、スタスタと艦橋を下りていく。

「何があるんだ、セラ。」

「体調は?動いても良いのか。」

「大丈夫、問題ない。」

セラが案内した先、それは冷凍睡眠中のモモニ族が眠る場所だった。

「まだ、こんなに眠っているのか・・・。」

「見せたいのは彼らじゃない。」

セラは奥のセキュリティエリアへと進む。

「これだ。」

「『!?』」

二人が見たモノは、セキュリティエリアで厳重に管理されて眠るアニマに似た女性。

「彼女の名前はシャルロッテ=エリクシル。亡国の王子の娘であり、アニマにとって元の肉体。亡国の王子クローヴィス=エリクシルは、肉体の存在をアニマに伝える手段としてこの起動シークエンスに情報を残した。」

「お父・・・様。」

アニマの顔から大粒の涙が溢れ出す。

クロードは、アニマの肩を抱き寄せそっと頭を撫でる。

「手に入れようアニマ。君の父上の願いも、君自身の願いも。」

「・・・はい。」


起動シークエンスを終えた“グロリアーナ”は発進の準備に入る。

「エリア1オールグリーン」

「エリア2オールグリーン」

「エリア3オールグリーン」

いつの間にか、流暢に自国語を扱うモモニ族に対し、イズは呆気にとられた表情で彼らを見つめる。

「何かすっげー負けた気分。」

「私の知識で学んだのだ。出来て当然。」

「モモニ族は強者に依存して生きてきた種族。結果、セラさんの言葉を必死で覚えただけ。」

「それでは私が暴君みたいではないか。」

「大して変わらんだろ?」

「イズ、グロリアーナの艦長は誰かな?」

「セラ様です大変申し訳ございません。」

「分かればよい。」

セラとイズのやり取りに、アニマは思わず笑顔をこぼす。

「セラ艦長、発進準備完了です。」

「全員、席に着きベルトを装着。衝撃に備えよ。」

大瀑布が揺れ、大地が裂ける。密林をなぎ倒し現れたのは、白と金の縁取りに飾られた戦艦。

「“グロリアーナ”発進!!」


今日はここまで。また会える日を楽しみにしているわ。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部よ。

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