第9話 キャサリン誘拐

 はぁい、こんにちは。前回はトリスタンがフレイを手中に収めたところまで語らせてもらったかしら。一方のクロードは、この大事の前に、主義主張の異なる血気盛んな若者達の間に挟まれる事となってしまう。では、始めましょう。冒険者達の物語を。


 セヴェルス王国エグソン邸周辺。男は邸宅の警備状況を調べ終えると、待機中の仲間が待つ茂みへと潜り込む。

「中の様子はどうだ?」

「ほとんどの連中は酔いつぶれている。決行するなら、やはり今日をおいて他に無い。」

「しかし、あのオルトロス中佐が亡命、とはな。」

「その二人、例のオベリスクとかいう巨大甲冑兵に乗って来たんだろう?」

「ああ、むしろ願っても無い好機。あのエリストリールとかいうオベリスクだけでなく、奴が強奪したオベリスクも奪回したとなれば、我らにも上級士官への道が拓ける!」

「その為にもキャサリン=エグソンの誘拐に失敗は許されない。全員、“隠遁”の魔法の効果時間を忘れるな。」

彼らは全員帝国から亡命した下級士官達であった。下級士官とはいえ、帝国では下級貴族と呼べるほどの地位は保証されていた。しかし、ガラーガの度重なる領土拡張の為の怪物討伐は彼らに命の危険を感じさせるほどの回数を重ねていた。こうして部隊を見捨てた指揮官の多くが亡命を決意し、セヴェルス王国に入国する。キャサリンは、この亡命者の情報を冒険者ギルドを介して知る事となり、帝国との交渉材料のカードとして彼らの保護者を名乗り出る。だが、華やかな皇都の暮らしに慣れた彼らにとって、悪く言えば“田舎暮らし”の王国は退屈な生活となり、やがて帝国民に返り咲く日を画策するようになっていた。エリストリールの出現は、まさに彼らにとって好機であった。あの巨大甲冑兵を手に帝国に凱旋したならば、如何に皇帝ガラーガといえども、古代兵器を持ち帰った自分たちを罰する事はしまい、と。方法は『キャサリンを誘拐し、身代金としてエリストリールを要求する。』さらに幸運な事にキャサリンの方から、帝国への護衛依頼を申し込んできた。決行日は、顔合わせの祝宴後の深夜と決めていた。大きく変わってしまったのは、会場が彼女の実家になった事で、クロード達も泊まってしまった事、そしてライルからもたらされた帝国でのクーデター情報だった。亡命者の大半は“ガリウス派”である。そのガリウスが皇帝に立ったのである。

彼らの逸る想いを止める者は、誰一人いなかった。

 彼らは館の裏口へ回ると、宴の参加者に対し、あらかじめ開けておくように指示をした入口から順次入り込んでいく。

「いいか、我々の目的はキャサリンのみ。交戦は、可能な限り回避せよ。」

「ここで戦闘を起こし、相手の態度を硬化させる訳にはいかない。全員速やかに作業に入れ!」

キャサリンの部屋まで侵入者達は、家人と遭遇する事も無く到達した・・・はずだった。

「軍人さん方、ここで何をお探しですかぁ?」

侵入者達は運悪く、トイレに行く途中のソニアに遭遇してしまったのだった。ネグリジェ姿の彼女は、その豊満な身体のラインを露わにさせ、日中の清楚な司祭姿と違う魅力を侵入者に与えていた。思わず言葉を失う侵入者に対し、先にソニアが笑顔で言葉を返す。

「そうですか、まだ飲み足りなかったのですね。さすが、軍人さんはお酒もお強いのですねぇ。私はもう眠くて、眠くて。」

トイレはキャサリンの部屋の前を通過しなければならない。当然、彼女がトイレに向かえば潜伏している仲間の存在が発覚してしまう。

「深き眠りを汝に与えん、『眠れ(スリープ)。』」

侵入者の一人がソニアに眠りの呪文を唱える。次の瞬間彼女は、がくり、とその場に崩れ落ち眠りこけてしまった。

「呪文が効いてくれたか。だがこのまま目撃者を放置する訳にも行くまい。」

「わかった、ここは俺が引き受けよう。」

「いやいや、ここは力自慢のこのオレの出番。」

「貴殿の役目はキャサリン嬢の確保であろう。ここは私に任せてだな。」

眠りの呪文を唱えた男が頭を抱える。

「能天気なお坊ちゃん連中が。そんな事だから、ガラーガに見限られるのだ。もういい、この女は俺が運ぶ。お前達は部屋に侵入しキャサリンを捕縛、そのまま窓から脱出しろ。念のために忠告しておくが、ここは二階だ。“浮遊”魔法も忘れずに唱えておけ。」

「お、おう。」

「放っておけ。帝国にさえ戻れば、尉官は俺達の方が上だ。ヤツの命令に従う事も無い。」

「ああ。私達はあくまでもアークライト大尉の計画に従っているだけに過ぎないのだ。」

下級士官の中には、跡継ぎから外れた貴族の子供が多く存在し、彼らは少尉からの配属という特権が与えられていた。当然このような指揮官の部隊で怪物の討伐など行えるはずも無い。アークライト大尉が怪物と戦う部下を見捨て、王国への亡命を決意した事は自分の生命を優先する上で当然と言えた。大尉の誤算は、今ここに立つ男のような有能な武官の多くが、無能な指揮官を生かすために自ら犠牲となっていった事だった。

「では、計画を実行に移す。」

こうして下級士官を指揮する男の指示により、計画が実行された。


 翌日、エグソン邸。クロードとイズが起きたのは、エグソン邸に仕える執事の呼びかけによるものだった。それはモーニングコールと呼ぶには余りにも悲壮感を漂わせる声でもって二人を揺り起こす。

「お二方、緊急事態でございます!」

「あったまいて・・・。結局、この大広間で寝てたのか、オレら。」

「ボクはどちらかと言うと疲労による爆睡かな(笑)。で、どうなされました、血相を変えて。」

「お嬢様が、キャサリンお嬢様が誘拐されたのです。」

『何ぃ?!』

朝からのとんでもないニュースに、さすがの二人も血の気を失う。

「イズ、ミレイさんをキャサリンさんの警護に付ける件は?」

「話をする前に、シュロスの兄貴としけ込みやがった。」

「道理で、ボクがライル達と一緒に来た時に居なかった訳だ・・・。」

「が、そう考えるとライル達を疑うしか無いな。」

「うん。逆にライル達がまだ館にいるのであれば、彼らはシロに近い。」

二人は急いでライルの泊まった部屋へと向かう。

「ライルさん、起きていますか?」

「ああ、今開ける。」

扉が開くと、昨日と同じ軍服姿のライルが出迎える。

「実は、ここの当主であるキャサリン嬢が、昨夜何者かに誘拐されたようなのです。」

「何?」

「その驚き方だと、本当に何も知らないようですね。」

「俺を疑っているのか?」

「疑うな、という方に無理があるでしょう?」

「確かにその通りだ。だが、生憎と俺とステビアは無関係だ。」

「ですよね・・・。」

「クロード、それにイズ君。今から俺とステビアがすべき事は、君達からの信用を回復させる事だと考えている。出来る限りの協力はしよう。」

「そういっていただけるとボク達も助かります。」

「オレ達も、元々部外者だから怪しまれるのはお互い様。どうにかしてキャシーを助け出そうぜ。」

三人が扉の前で話している最中、執事が急ぎ足で寄って来る。

「おお、丁度ようございました。お三方、前当主から至急お呼びするように申し受けまして。」

「キャシーの爺様が?」

三人は、その足で前当主モーリス=エグソン翁の部屋へと向かう。エグソン翁は、ベッドから起き上がったばかりの状態で三人を迎える。

「すまんな、この様な姿で。」

「いえ、心中お察しします。それでボク達を呼んだ件とは?」

「キャサリンの机に置かれておった。読みたまえ。」

クロードは、残されていたという書置きを女中より受け取る。

「“脅迫状 我らセヴェルス帝国軍は、セヴェルス王国四公が一つ、エグソン家当主キャサリン=エグソン公をここに誘拐した旨を記す。交換条件は、エリストリールと呼ぶ巨大甲冑兵。期日は追って通達する。尚、要求を拒否した場合、人質の処刑を持って返答とする。

セヴェルス帝国軍大尉アーサー=アークライト“」

「軍閥貴族が!?」

「キャシーが保護していた連中かよ!」

「アーサー・・・。」

「ワシは、軍閥貴族を匿う事には反対じゃった。生まれながらの貴族と言えど、畑を耕して富を蓄えた王国貴族と、敵を討ち滅ぼす事で成り上がった帝国貴族では思想がかみ合う事は難しい。帝国には選民思想が根付いておる。帝国軍人で無ければ、その扱いは奴隷と差はない。そうじゃろう?帝国軍の男よ。」

「翁がいつの時代のお話をされておられるのか、推測しかねますが、ガラーガが失脚しガリウスが皇帝に立った事で、帝国軍人である事の特権は解消されると思われます。アークライトは熱心なガリウス派でした。私が昨日ここに現れなくとも、元より決行する手筈だったのでしょう。」

「君が本当に、偶然この屋敷に訪れた事がはっきりしたよ。・・・これを読みなさい。」

エグソン翁は、ライルに一枚の書置きを渡す。

「・・・“追記 キャサリン他一名、ソニアと名乗る東方の冒険者も併せて誘拐した。よって要求にライル=オルトロス、ステビア=ユーリカが持ち帰ったオベリスク2体を追加する。無論、人質の生命は貴殿らの行動一つで失われる事は承知したまえ。 以上。”」

「・・・ソニア?」

「何か巻き込まれたっぽいですね。」

「済まない、これは完全に俺が原因だ。」

「・・・終わったな。」

「・・・終わったね。」

沈痛な表情を浮かべていたライルは、余りに平然とする二人に思わず尋ねる。

「いや、ソニアってあの女神の女官だろう?仲間が心配じゃ無いのか。」

「まぁ、むしろ・・・。」

「ライル、このアーサーって人、やっぱり君にとって特別な人かい?」

「アイツは、結局最後まで俺に追いつけなかった男だ。俺にとっては嫉妬の塊でしかなかったが、逆に俺には無い人望はあった。確かに生かしておけば厄介な敵になるが、決して無能では無いぞ。」

「うん、それなら十分だ。君が傷つかないのならそれでいい。」

「な・・・。」


時同じく、軍閥貴族達の隠れ家。

キャサリンは以前から亡命した軍閥貴族達の救済に積極的に動いていた。多くが同年代だった事もあるが、何より彼らがもたらす新しい知識、思考は彼女にとって形式的な習い事で満足する王国の貴族達との会話より刺激的なものだった。だが、才知あふれる彼女にも弱点はあった。帝国では皇帝が絶対的な権力者である。そして軍閥貴族達は、その権力に“媚びへつらう”事を最も得意とする集団であった。そして彼らは、その立場が逆転した瞬間からひた隠しにした牙をむくのである。

バシャン!水桶の水が二人に浴びせられる。

「ゲホッゲホッ!」

「いやあっ、ネグリジェが透けるですぅ。」

「攫われたにしては元気のいい姉ちゃんだな。」

二人が攫われた先は、煉瓦造りの家にある部屋の様だった。窓は封鎖されており、ランタンの灯りがほのかに部屋を照らしている。テーブルが一卓あり、食事らしきパンと水が置かれている。

「これは一体何のつもり?アーサーの命令ですか?」

キャサリンはあくまでも強気の姿勢を崩さず、男に問い詰める。

「お呼びですぜ、大尉。」

男が背後を向き、声を掛ける。姿を見せたのは、アーサー=アークライト。しかしいつもの好青年の表情は消えており、悪辣な笑顔を浮かべていた。

「アーサー・・・本当に貴方なの。」

「ああ、そうだ。お前はエリストリールとの交換材料に使わせてもらう。」

「正気?私は貴方を正当な方法で帝国へ返そうと、今まで交渉を続けていたのよ?」

「そうだな、お前は自分の仕事を全うした。だから何だ?」

「最初から、利用していたの?」

「当り前だろう。セヴェルス王国などという片田舎の娘に、この私が何の共感を持たねばならんのだ。」

「私が嘆願しなければ、貴方達は全員処刑されていた。その結果がこれだというつもり?!」

バシィ!と、痛烈な平手打ちがキャサリンを襲う。反動で吹っ飛ばされたキャサリンは煉瓦の壁に強く叩きつけられそのまま気を失ってしまう。

「これが貴様のいう“その結果”だ。奴らが大人しくオベリスク三体を渡せば良し、拒むなら

部下共の慰み者にするだけだ。」

その言葉に、部下の男は楽しげに頷く。

「叩きましたね、彼女を。」

「何だ、貴様も同じ目に会いたいのか。」

「『感情変化(シフトチェンジ)』。」

ソニアが一言、言葉を発した瞬間、彼女の表情は無へと変わる。それを見たアーサーは何かを察したか、男に命令し護身用の短剣を抜く。

「フレデリックを呼べ!敵襲だ、と。」

「て、敵ですか?」

「いいから呼べ!」

「は、はい!」

縛られていたはずの縄はほどけ、ソニアは召喚された華美で無い白き司祭服をまとう。

「【コード:ハーベスター】障害を排除する。」

アーサーは短剣を手にキャサリンを盾にしようと彼女に掴みかかる。しかし、その動きを読んでいたかのようにソニアの飛び蹴りがアーサーを襲う。アーサーは、キャサリン同様に壁に叩きつけられる。

「鎌よ、出でよ。」

ソニアの手にはいつも間に手にした大鎌。彼女は躊躇無くアーサーの首に鎌の刃を当てる。

「わ、わかった、私の負けだ。お前たちは解放する!」

「私はハーベスター。女神に代わり汝らを断罪する者なりや。」

斬!ソニアは一刀の元、アーサーの首を刎ねる。

フレデリックを始めとした軍閥貴族の者達が駆け付けた時には、既にソニアがアーサーの首を持って待ち構えていた。大将首を取られた一団は、烏合の衆と同じである。いや、それ以前にソニアと対等に戦えた者がいたかどうか。こうして最期は語るも無残な骸と化した軍閥貴族達によるキャサリン=エグソン公誘拐事件は、一人の女司祭の手によって解決したのだった。


その日の昼過ぎ、キャサリンを抱えた血染めの女司祭はエグソン邸へ帰還した。

「皆さま、ご心配をお掛けしました。」

ソニアの何事も無かったかのような笑顔に、エグソン邸の女給たちは怯えながらも、キャサリンを受け取る。

「その様子だと、アーサーとその徒党は・・・。」

クロードの言葉にソニアは笑顔で返す。

「はい、一人も漏らさず処分しておきました。大将首は、このサックに入れておきましたので、後で確認してください。」

「キャシーの様子、かなり良くない感じだけど、ソニアの戦いぶりを見ちゃったか。」

「いえ、その時はアーサーの平手打ちを受けて気を失っていたと思われます。それよりも、王国と帝国の平和安定の為、身体を張って処刑から救った軍閥貴族に裏切られた事がとてもショックだったのかと思われます。」

「政治に裏切りは付き物だけど、彼女自身がリベラルな思考だったからな。アーサー一味がボロを最後まで出さなかった分、ショックも大きいか。」

「話の途中で済まないが、本当に彼女一人であのアーサー一党を殲滅したのか?」

「はい。キャサリンさんや私を誘拐し、交渉の道具にしようと目論んだ彼らは罪深き存在。

女神は私に彼らへの罰を与える事を許可されました。」

「“豊穣の女神”は我々の世界にも干渉しうる存在だというのか・・・。」

「王国にも彼女の説法は少しづつ浸透しているようですね。」

「やり過ぎると、民衆反乱の火種になるんで、程ほどにしておいてくれな。オレ達は最終的には東の統一王国に帰還するんだからよ。」

「そうですね。残念ですが、イズさんに従いますです。」

「じゃあ、ソニアには着替えをしてもらって、ボク達の方で首見分を行おう。」

「悪ぃ、クロード。そっちはお前とライルに任せるわ。」

「分かった。イズ、キャサリンの方を頼む。」

イズとソニアはそれぞれ館の方へ進み、一方の二人はソニアから渡されたアーサーの首を見分する。

「・・・間違いない、アーサー本人だ。しかし見事な切り口。彼女は剣の使い手には見えなかったが?」

ライルの疑問に対して、クロードはやや慎重に答える。

「ライルに動揺が感じられず、少し安心しました。先程、神の存在について吐露されていましたが、信仰は自由です。信じる人から見れば存在しますし、信じない人から見れば存在しません。例えば、ボク達の統一王国には二つの宗教が存在します。一般的に言う回復魔法や強化魔法の一部は彼らの独占知識として“目に見える神の奇跡”という形で信者を増やしていきました。その結果が25年前に起きた南北統一戦争でした。」

「クロード君自身は、神の存在は信じていない、と。」

「ボクは“神の奇跡”を信じるほうなので(笑)」

「現実的なのだな。」

「そうでも無ければ、エリストリールなんてオベリスクを操縦出来ませんよ。」

「言われてみれば、そうかも知れないな。」

「ソニアの件は、少し複雑なので今は伏せさせてください。少なくとも、彼女はその力を制御可能な強い意志を有している事は信じて下さい。そうでなければ、ボク達も彼女とパーティーを組む事はありえません。」

「分かった、君を信じよう。」

「・・・。」

「どうした、クロード君。」

「一度、部屋に戻ってもらえますか。何時でも出立可能なように。」

「了解した。」

クロードはライルと別れ、アニマの部屋へと向かう。

「アニマ、いるかい?」

「・・・どうぞ。」

アニマの姿は、以前と比べて明らかに異性を意識した雰囲気に変化していた。

「ちょっと驚いたな。もう“可愛い”、じゃなくて“美しい”だ。」

「女中の方に色々教えてもらっていたら、つい楽しくて。」

「いや、良い事だよ。君はいずれ元の人間に戻れる。ボクは、それこそが君との本当の契約だと思っている。」

「・・・ありがとう。」

「話がそれちゃったな(笑)ところでアニマ、もし“グロリアーナ”を起動させた場合、あの大瀑布周辺で生活する『黒の一団』はどうなると思う。」

「たぶん、誰も助からない。助ける手段も私には無い。」

「だよなぁ。アニマ、オベリスクを使う。着替えを用意して準備してくれるかな。」

「うん、分かった。」

アニマと別れたクロードは、次にエグソン翁に面会を求める。

「孫を助けてくれて感謝するよ、クロード君。」

エグソン翁は、先程と同じベッドから起き上がったままの姿勢でクロードと対面する。

「実はお願いがあってここに参りました。」

「願い、と?」

「はい。逃亡奴隷達が南部の密林で集落を形成している実態はご存じでしょう。密林に最も近いのはフィリップス領です。そこでフィリップス公にこの逃亡奴隷達の保護をするよう、エグソン翁に一筆取って頂きたいのです。」

「・・・理由は?」

「彼ら『黒の一団』の指導者ジャーダは、各集落をまとめ上げ大きな反乱を計画しています。ボクは彼らに安全な居住地を探す約束を結んでいます。当初キャサリン嬢の力をお借りする予定でしたが、事態は帝国も含めた大きな動乱へと変わっています。」

「ならば逃亡奴隷を狩ればよいだけだ。」

「実際、狩れましたか?密林での戦闘は、地形を熟知した守る側か有利です。軍隊を持たず冒険者と言う傭兵のみで、この王国を15年安堵させた翁の治世は尊敬します。しかし、奴隷問題に関して貴方は問題を先送りにした。」

「奴隷は貴重な労働力だ。その働きで王国は豊かになった。」

「ボクはその事実を否定していません。しかし、キャサリン誘拐の件、軍閥貴族が起こした蛮行は、彼女が保守的な貴方に反発した事が大きく関わっています。そして今、彼女はアーサーらに利用された事に酷く傷ついています。その責任を彼女の自業自得、と切って捨てるおつもりですか?」

「ワシに筆を取らせ、その後に一体何を望む?」

「想いは、エグソン翁と同じです。この王国に住む人々が豊かで平和に暮らす事。ボクは部外者ですから王国の方針に口を挟む権利はありません。ですから、これからの王国を支える若者の後ろ盾になってください。貴方が死ぬ最期の時まで(笑)。」

「面白いエルフよ。ここまで人間の業に干渉するとは。」

「ボクはハーフエルフです。エルフではありますが人間でもあります。ですので『一方が絶対に正しい』という妄信に陥る事が無いのでしょう。」

「良かろう、ワシが知る知己の者へ、書ける限りの書状を送ってやる。全く、今更ながら死にそびれた思いだ。」

「その割には顔が綻んで見えますが。」

「それはお主の気のせいだろう。おい、誰か筆を持て。後、配送屋の手配もだ。」

「今回の件で、キャサリン嬢も翁の苦労を知ったと思います。きっと今まで以上に強くなられますよ。では、ボクはこれで。」

クロードは、そう言い残しエグソン翁の部屋を去る。彼が去った後の扉を見つめつつ、翁は呟く。

「面白い小僧よ。後100年、これで生きる気力が沸いてきたわ。」


一方、キャサリンを見舞いに向かったイズは、手当を終えるまで部屋の前で待ち続ける。

「イズ様、お嬢様がお目覚めになりました。」

中に入ると、手当を行ったソニアに寄り添うキャサリンの姿があった。

「ソニア、彼女の容体は?」

「鎮静魔法をかけていますので、フラッシュバックでパニックに陥る事は無いはずです。ですが、記憶自体を消去した訳ではありませんので、後は彼女自身の精神力に賭けるしかありません。」

キャサリンは、イズの姿を見ると怯えるようにソニアにしがみつく。

「まぁ、そうだろうな。信用していたヤツらの本性をまざまざと見せつけられたんだ。だからオレはここからキャシー、お前に伝える。人を頼れ。お前を誰よりも愛おしいと思っている、あの男を頼れ。」

「イズ、貴方では無いの?」

「バァカ、オレは異邦人。この王国にとっては部外者だ。仕事が終わったら二度と会う事の無い関係だよ。」

「・・・分からない。」

「自分で答えを出せなきゃ、その恐怖から抜け出す事は出来ねぇ。キャシー、お前は相手を利用する事に長け過ぎて“頼る”意味を忘れちまった。だから利用されている事に最後まで気づけなかった。」

「・・・ジョダーユ?」

「そう、タルジーズ公ジョダーユ。アイツなら四公解体後、様々な改革を進める指導者となりえる。理由はただ一つ、お前を裏切る行為は絶対にしないからだ。」

キャサリンは、何かを思い出したかの様にその場に泣き崩れる。

「ソニア、キャサリンを頼む。」

「イズはどこへ?」

「こうやって焚きつけた以上、本人を呼び出して来ないとよ。確かまだ王宮に滞在していたはずだから、声かけてくるわ。」

そう言い残し、イズは部屋を後にする。

キャサリンは一通り泣くと、再びベッドに横になる。

「ソニアさん、いるはずも無い神を信じるのは何故ですか?」

「へっ?そ、そうですねい・・・。正直私にもよく分かりません。」

「分からない?」

「ええ、私も女神様をこの目で見た事はありませんから。」

「でも信仰するにも理由はあるはず。」

「私は、子供の時に重い病に罹って生死の境を彷徨いました。でも教会の人たちの治療もあって私はこの様に元気な姿に戻りました。そして年を重ねるうち、この命は神様が救ってくださったと感じるようになり、女神様の信徒になったのです。・・・って、あれ?」

気が付くと、キャサリンは安らかな寝息を立て眠っていた。

「ようやく緊張の糸が解れたようですね。おやすみなさい、キャサリン様」


クロードはライルとステビアに声を掛けるとテラスに向かい、そこで二人に話を持ち掛ける。

「ボク達で一度南部の「黒の一団」に会いに行こうと思う。同行をお願いしたい。」

「俺達が同行しても問題は無いのか?」

「むしろ、ここにずっと居る方が居心地は良くないだろう?」

「そうですね、今朝あのような事件が発覚したばかりですし。」

「それで、その逃亡奴隷の集落に行く理由は?」

「以前約束した事があってね。今後、王国は逃亡奴隷を自由民として受け入れる。」

「よく王国民が許したな・・・。」

「いや、許可は出てないよ?」

「クロードさん、全く意味が分からないのですが・・・。」

「エグソン翁が、逃亡奴隷受け入れ要請の書簡を王国全土の諸侯へ送る。王国には配送屋、というテレポーターが存在するから、程無く全土へ通達が届く。諸侯にとって、未だ国王に匹敵する権威の保持者からの書簡だから無下にする事は出来ない。身分社会の辛いところだね(笑)。」

「酷い男だな、君は(笑)。」

「本当に酷い話です(笑)。」

「アニマを呼んだら、昨日オベリスクを降下させた場所へ移ろう。オベリスクの飛行速度なら、南部までは時間を掛けずに着ける。密林は逃亡奴隷が仕掛けた罠で一杯だから、オベリスク3体を降下させれば勝手に出て来てくれるよ。」

「なるほど。了解した。」

「同じく、了解です。」

こうしてクロード達四人は、それぞれのオベリスクを駆り、南部密林地帯へと向かう。


 南部密林地帯。突如現れた三体のオベリスクに木々で寛いでいた鳥たちは驚いて逃げ去って行く。

「そんなに時間経っていないはずなのに、随分久しぶりな気がするなぁ。」

「クロード君、このまま待機するつもりかね?」

「アニマ、音量を最大にして、あの村まで届くかな?」

「やってみないとわからない。」

「二人は念の為、離れておいて下さい。」

「了解した。」

「同じく、上で待機しているわ。」

二機が離脱した事を確認し、クロードは声を上げる。

『ジャーダさん、並びに集落の皆さん、冒険者の“大剣のクロード”です。ご依頼の件についてご報告に上がりました。どうかこちらまでご足労願います。』

エリストリールから発せられたクロードの声は木々を震わせ、動物たちは大慌てで非難を始める。

「うーん、やり過ぎたかな。」

しばらくすると、集落の住民が顔を見せ、石を投げつけ始める。

「アニマ、音量は元に戻して。」

「うん。」

『この甲冑兵は敵ではありません!皆さんの味方です。』

「ならば姿を見せて証明してみせろ、“大剣のクロード”。」

ジャーダの声を確認すると、エリストリールは片膝を付き、ジャーダに頭を垂れる姿勢になる。

「アニマはこのままで。ボク一人で行く。」

「気を付けて、クロード。」

エリストリールの搭乗口が開き、クロードはそのまま草むらへと着地する。

「お待たせしました、ジャーダさん。」

「お前の答えは、この巨大な甲冑兵か。」

「いえ。セヴェルス王国は、皆さん逃亡奴隷の罪を問わず、自由民として受け入れる事になりました。」

クロードはエグソン翁が記した書簡を懐から取り出し、ジャーダに手渡す。

「これで我々の命が保障される、というのか。」

「当面は保証されます。それともう一つ大きな問題があってここに来ました。」

「問題?」

「はい。この巨大甲冑兵、エリストリールはアニマと遭遇した場所に保管されていました。」

「つまり、あの時お前が言った『武器は無い』という言葉は嘘だった、と。」

「その通りです。理由は単純にあの時のジャーダさんに伝えるべきでない、と判断したからです。」

「それで、問題、とは何じゃ?」

「その場所にもう一つ、このエリストリールに似た巨大甲冑兵オベリスクを収納、運搬する為の浮遊する大型船が眠っているのです。そしてその船と同じモノが帝国のどこかに眠っており、誰かが所有している可能性が極めて高い状況下にあります。なので、ボク達も対抗する手段として大瀑布に眠る船を目覚めさせる必要に迫られています。」

「つまり、大瀑布に眠る船が動けば、この周囲一帯は瓦解し地の底に飲まれる、そう言いたいのじゃな。」

「はい。ボクの願いは皆さんの身の安全を確保する事です。しかし、敵の狙いがこの世界そのものである以上、この船を動かす事にためらいは出来ません。」

「いいだろう。これで契約完了だ、冒険者。」

「お聞きいただけますか?」

「婆達の遺言もある。“東方からの冒険者の言葉を信じよ”と。」

「お亡くなりなられたのですね。」

「二人仲良く、な。」

「そうでしたか。」

「クロード、三日待て。四日目の朝日が昇る時、ここに集った者を私の同士として認める。」

「分かりました。ご決断、感謝します。」

そう言い残すとクロードはエリストリールに再び乗り込む。

「対談はうまくいったようだな。」

「ありがとう、ライル。君達の存在も、彼らへの良い威圧感になったと思う。人は“巨大な何か”を畏れ敬う生き物だからね。」

「じゃあ、一旦エグソン邸に戻りましょう。」

三体のオベリスクは、旋回し、エグソン領への帰途に就く。そしてこの日の夜、クロードは西方領域に来て以来、初めてゆっくり熟睡する事が出来たのだった。


今日はここまで。また会える日を楽しみにしているわ。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部よ。

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