第8話 トリスタン、動く

 はぁい、こんにちは。前回はライルとステビアが王国へ亡命、クロードとの初めての接触まで語ったわね。この二人の亡命、そして持ちえた情報は、果たしてクロード達にどの様な影響を与える事になるのか。では、始めましょう、冒険者達の物語を。


 セヴェルス王国上空、大河の近くで浮遊する三体のオベリスク。

「さすがに、『はい、そうですか。』と聞く訳には行かない。まずは、そのオベリスクから降りてもらう。」

クロードの指示に従い、オベリスクを降下させる二人。彼らの行動を見て、クロードもまたエリストリールを降下させる。

「アニマ、彼らをどう思う?」

「私たちと争う意図が無いのは確か。でもその意図までは私には分からない。」

「結局、直接聞くしかない訳か。」

クロードとアニマもまた、エリストリールを降り、先に待っていた二人と対面する。

「お前、エルフ族か。」

ライルの問いにクロードは答える。

「ボクはハーフエルフ。純粋なエルフ族では無いよ。」

「そうか・・・。では、改めて紹介させてもらおう。私がライルだ。隣にいるのが、同僚のステビア。」

「クロードです。そしてこの子がアニマ。アニムスが狙う、彼と同じ力を使う少女です。」

「同じ力?」

「オベリスクを強化する力です。彼女自身がエリストリールの中核(コアユニット)になる事で、アニムスの乗機ギシリトールと同格の力を引き出せます。その力の制御を搭乗者であるボクが補う訳です。ああ、それとボクは現時点において、お二方の敵ではありません。お気楽にお話ください(笑)」

「それは助かる。君の言う言葉を信じるのであれば、俺達だけでアニムスの搭乗するギシリトールには勝てない、という事だな。」

「アニマがアニムスからどれだけの力を奪い取ったのか未知数ですから。残念ながら、エリストリールの記録からも読み取れていません。」

「記録・・・?」

「ええ、少し話が長くなりますが・・・。」

こうして、クロードは、エリストリールの記録である亡国の王子の話、そしてアニマを形成する人格がその娘である事を告げる。

「つまり、自身の力を奪われたアニムスが、アニマを追ってこの世界に辿り着き、力を取り戻すまでの間、眠りについた、と。」

「ボクが得た知識からは、そう考えています。ではライルさん、ステビアさん、お二方の経緯を教えていただけますか。」

「ライルで構わない、クロード君。では、話そう。事の発端は単純だ。俺の上官であった、ガリウス=ヴァルザックなる者が、軍事クーデターを引き起こし帝位を簒奪した。」

「ガリウス・・・ひょっとして、ガリウス大将軍と呼ばれる方でしょうか?」

「その通りだ。」

ライルの答えに、クロードは思わず頭を抱える。

「大丈夫ですか?」

心配するステビアの言葉に、クロードは一言礼を言うと、ライルに話の続きを促す。

ライルは、これまでの経緯を簡潔にクロードに説明する。

「では、事の発端は15年前の皇帝暗殺未遂から始まっていた、と。」

「ガラーガの弟に対する憎しみは帝国民に知らぬ者は居ないほどだからな。強力無比な兵器が眠っている可能性のある古代遺跡の扉が開いた事で、彼が是が非でも手に入れようと、それまで大切に育てた特務隊を派遣してまで手に入れようとした。」

「その遺跡の奥、アニムスが待っていた扉に、オベリスクが描かれた壁画を見かけませんでしたか?」

「いや、掠れて俺にはよく見えなかった。」

「そういえば、あの時トリスタンはじっと壁を眺めていたような気がします。」

「じゃあ、そのトリスタンという人物は以前から知っていた可能性があるね。オベリスクと、空を飛ぶ戦艦の存在を。」

「この地に降り立った船は2隻だけ。私の乗る“グロリアーナ”、そしてアニムスの乗る“アルマダ”。」

「船が空を?」

疑問を投げかける二人に対し、クロードは慌ててアニマに助けを乞う。

「ボクもこの世界の人間なんで、何で船が空を飛ぶのかなんて分かってないです。魔法の力で浮かすにも限度があるからね。」

「その船はもっと高い空。夜空に似た世界。私達は“宇宙”と呼んでいた。アニムスの力の源は、“星の生命”。喰らいつくされた星は爆発し、宇宙の塵となる。」

「しかし、アニムスが星の生命に手を掛ける為には条件がある。それがさっきも話をした大きな戦争だ。」

「逆にヤツが弱っているのであれば、喰らう事が可能な訳か。」

「逆に喰らう、とは?」

「ああ、ソウルスティーラー。あらゆる怪物の魂を吸い取り、使用者の力に変える、魔剣。

アニマ嬢、先程、貴女がこのエリストリールの中核(コアユニット)となる、という話をしていたが、俺のアゼルファームにティアマトを中核(コアユニット)として組み込む事は可能か?」

「その剣には、貴方を護る魂が宿っている。貴方が望むならその魂はアゼルファームの新たな力となる中核(コアユニット)となる。でも・・

「でも?」

「魂が人として戻る方法は潰える。」

「方法がある、というのか!」

アニマはゆっくりとステビアを指差す。

「貴方を慕う、女性の命と引き換えで良いのなら。」

ライルは思わずアニマの胸倉を掴み、恫喝する。

「ステビアを犠牲にしろ、というのか貴様は。」

「ライル、手を引け!彼女は、君の言う可能性に対する答えを示したに過ぎない。」

「そ、そうですよ。私とライル殿はかつての同僚であって、その様な関係では・・・。」

ライルから引きはがし、クロードに抱きかかえられたアニマはなおも言葉を続ける。

「私には人の波長が見える。クロードはワタシを大事に考えてくれる。ライルはワタシを不気味に感じている。だからステビアがライルに強い愛情を持っている事も見える。それはライルの持つティアマトからも同じ。波長が似通えば、魂を肉体という器に入る可能性はより強くなる。でも、ステビアの魂の力では、ティアマトに潜む魂の力の前に食い潰される。」

「まだ言うか、この娘!」

アニマに今にも飛び掛からんとするライルをステビアが必死に制する。

「止めて下さい、彼らと争っては亡命した意味が無いではありませんか。」

「あの娘は、君を侮辱する言葉を発した。それは許される行為ではない。」

「彼女の言葉は本当です、本当の事なんです!」

「えっ?」

ステビアの目に浮かぶ大粒の涙。

「・・・本当に気が付いていなかったのですね、ライル。」

ライルが落ち着くのを見計らって、クロードが声を掛ける。

「そろそろ、オベリスクに搭乗してもらっていいかな(笑)。悪いけど行動の制御はアニマの方で行う。さすがに王都近辺でオベリスク二体に暴れられる訳に行かないのでね。」

こうして三体のオベリスクは、一路王都近郊へと向かったのであった。


一方、ほぼ同時刻、セヴェルス帝国皇都地下牢。いわゆる“政敵”を封殺する為に造られた監獄は、一度入れば二度とは出られぬと評されるほど、帝国民から恐れられる牢獄であった。その牢獄に踏み込む一組の集団。ディザとトリスタンの部下5名。彼らは警護兵を次々に薙ぎ払い、奥へと進んで行く。

「俺一人で十分、と言っておいたはずだが?」

「主君の命令ですので。」

「まぁ、足手まといにならない分は助かっているか。」

最後の警備兵を倒すと、最奥への鍵を取り、ディザ一行は牢獄の扉を開く。

「よぉ、生きていたかい。アニムス君。」

アニムスは牢獄の隅で鎖に繋がれ横たわっていた。ディザの声を聞き、むくり、と起き上がると自らの手で枷を外す。その足で牢の格子まで進み、ディザの前に立つ。

「まさか、あの爆発で生きていたとはね。ギシリトール含めオベリスク16機も破壊されてよくもボクの前に現れたものだ。」

「強がりはよしな、ボウズ。あの150機の誘導及びライルとフレイとの130機を誘導した戦闘で貴様の魔力は相当量に消費しているんだろう?まぁ、あの時実際に15機を俺の限界、と見立てたのは正解だったよ。が、それ以上に相手のオベリスク、エリストリールがバケモノだったって事。」

「ボクの計算では、貴様の方が勝つ予定だったんだ。それもよりによって皇都付近で撃破されるとは!アレでボクの計算が全て狂ってしまった!」

「何の計算だ?ガリウスに先に決起された事か?」

「ガラーガを骨抜きにするには、あの男は最初から邪魔だった。」

「俺は眼中に無しって訳か。」

「当然だろう、貴様の様なプライドだけが高い小僧に何ができ・・・?!」

アニムスの腹部を貫く、一本の剣。

「うあ・・・何、力が吸いと・・・。」

「流石にこの一振りじゃあ持たねぇか。おい、手伝え。」

ディザの命令に応じ、ルビーの剣が牢の鉄柵を破壊する。ディザに引き出され、牢屋から飛び出したアニムスの背中を残りの4人が串刺しにする。

「うあっ。」

「お前ら、魔力の負荷に抵抗するんじゃ無ぇぞ。無理に感じたらすぐに手を離せ、アニムスに乗っ取られる!」

その言葉を聞き、4人は慌てて剣を手放す。

「ルビー、空のソウルスティーラーを貸せ。」

「しかし、ディザ殿の負荷も限界では・・・。」

「いいから貸せって言ってんだよ!」

ディザの怒声に、ルビーは剣を投げ渡す。

「なぁ、アニムス。ソウルスティーラーで吸い取った力は5本。この力があればギシリトールは、すぐにでも再生可能だ。後はお前が俺の僕(しもべ)となるかどうか。このままギシリトールの中枢(コアユニット)となるか、それとも狂気の沼に溺れるか。選ばせてやる。」

「わ、わかった、お前に従う。従うからボクを解放しろ。」

「誰が解放するか、ボケ。俺の狂気、存分に味わえ!」

ディザはソウルスティーラーをゆっくりと撫で、自らの血を吸わせる。

「これより後、汝の目は全てが疑である、その音は全てが幻である、ただ主の言葉のみが真実なり。永遠の狂気を味わいやがれ、『狂気の沼(スワンプ オブ マッドネス)』!」

詠唱の完了と共に、ディザはアニムスの頭に剣を打ち付ける。次の瞬間、ディザを憑り殺そうと魂魄となったアニムスがディザに手を掛けようとするも、虚しくソウルスティーラーに吸い込まれていく。

「バカが。狂人が狂人に憑り殺されるかよ。これでおまえはっ!」

ディザがアニムスから剣を抜き取ると、地に伏していたアニムスだったものは、牢獄の床のシミとなって消えた。

「俺の一部だ。」

「ディザ殿、ガラーガの処置は?」

ルビーの言葉に、ディザは牢獄の奥へ一瞥をくれると牢獄の外へと歩み始める。

「処置は不要だ。トリスタンの元へ戻る。」

「よろしいのですか?」

「ああ。この力を得て、ようやくあの男の意図が読めた。確かにこの力を鞘に納める事が出来るのは俺だけだ。俺とアニムス本来の思いが合致するからこそ、俺はこの力を制御出来る。」

「本来の思い・・・?」

「ああ、ギシリトールはエリストリールには一度たりとも勝ってはいない。あのアニムスに至っては、力を奪われたあげくに自身最強の武器である光線銃(ビームライフル)も奪われた。あのアニムスでは使い物にならない、ギシリトールはそう判断したのさ。」

「ディザ殿は、次は必ず勝つ自信がある、と?」

「さぁな。それにまず、エリストリールの前に片付けねぇとならないヤツがいる。」

「フレイ=ヴァルザック、ですね。」

「本当は、お前ら5人で何とかして欲しいところだが、ザッカリンじゃまともな勝負にならんか。」

「申し訳ありません。」

「機体性能だけは、どうにもならねぇさ。それにアニムスの記憶だと、まだ他にオベリスクはある、と言っている。少なくともフレイのラフィーノースと同性能の機体が、な。」

「では、我々にも勝機はあるのですね。」

「後は、トリスタンがどう動くか、だ。俺の知識を生かせるのはヤツしかいない以上、ヤツの指示に従うしかねぇ。」

「では、急ぎ居城に戻りましょう。」

「ああ、こんなカビ臭い場所に長居は無用だ。」

ディザは5人を従え、牢獄を後にする。かつてあれほど崇拝した皇帝を残して。


トリスタン居城。ディザからの報告を受け、トリスタンは満足げな顔を見せる。

「アナタにしては、よく自制したわね。ガラーガの生存はガリウスにとって大きな楔になるわ。」

「単なる時間稼ぎだよ。アニムスが逃げ出した、となればフレイを手元に置きたがるはず。その間に、俺はギシリトールを目覚めさせる。」

「そのギシリトールを目覚めさせる場所は?」

「当然、あの爆心地だ。悪いがルビーを借りていく。どの道、動く予定が無いなら構わんだろう。」

「いいわよ。随分と男の子らしくなって、アタシも嬉しいわ。」

トリスタンの誉め言葉には反応すら示さず、ディザはルビーを連れてザッカリンと共に居城を後にする。


ルビーの操るザッカリンの手に乗り、ディザは南方の爆心地へと向かう。

「あれが爆心地ですか。確かに周辺の木々が消し炭になっていますね。」

「瞬間的なエネルギーの拡散となった事で爆風だけで済んだことが、まだ幸いしたな。燃えた機体が拡散していたら、この辺一体の森はまだくすぶっていただろうよ。」

「どの辺りで降下されますか?」

「もう大体の辺りで構わん。」

降下後、ルビーから計6本のソウルスティーラーを大地に突き刺す。

「待たせたな、相棒。そのアニムスの力はお前に捧げたものだ。存分に味わうといい。」

ディザがギシリトールに呼びかけた瞬間、6本のソウルスティーラーは砕け散り、緑と白の破片となる。

「破片が、成長している?」

「ソウルスティーラーに吸い込んだアニムスの力を媒介にして、自らの機体を再生している、そういう事か。」

やがて破片は巨大な甲冑となり、白い機体に緑で縁取られたオベリスク、ギシリトールとなった。

「ルビー、お前は先に帰れ。俺は、コイツと少し遊んでから帰る事にする。」

「そうは行かない。兼ねてより、トリスタン様よりお前のお目付け役を命じられている。」

「そうかい。なら、付いてきな。最後まで付いて来れたら、いいモノ見せてやるよ。」

そういうと、ディザはギシリトールに乗り込み、起動させる。

「こんなところで見失ってたまるか。」

ルビーも同じく、ザッカリンに乗り込み、ギシリトールの後を追う。

「以前よりはっきりとお前の声が聞こえるぜ。エリストリールとの戦いの記録も。無能な指揮官を持つと苦労するよな。・・・だが!」

ギシリトールが旋回し、北への方角を取る。

「今からは、この俺がお前の指揮官になる。虎の威を借りる狐だったディザは死んだ。ディザ=アニムス、それが俺の新たな名だ!」

ギシリトールは、正に風を切るが如くの速さで、空を駆け抜ける。

「くっ、は、速い。このままでは機体が持たない!」

ギシリトールを追うルビーだが、機体性能の差が次第に耐久度にも表れ始める。

「速度が、落ちる?!」

ドゥン、という爆発音がザッカリンの背面から起きたかと思うと、機体の限界を超えたザッカリンはそのまま地上へと落下していく。

「く、これまでか。」

「だから帰ってろって言っただろうが。」

「ディザ殿?」

ギシリトールは、落下するルビーのザッカリンを手に取り、そのまま抱きかかえるようにして飛行を再開する。

「助けていただき、ありがとうございます。」

「どの道、そのオベリスクじゃどの敵も相手にならねぇ。乗り換え時って事だ。」

「どういう意味でしょうか?」

「元々、トリスタンの野郎は、お前達5人組にオベリスクの操作を覚えさせる為に、ザッカリンを奪取させたって事。別に本命がいるんだよ。だがその為には、アニムスの力を奪う事が絶対条件だった訳。」

「私の・・・オベリスク?」

「お前、自分はトリスタンの為の捨て石だと思ってるだろう?」

「当然です。私はあの方に救われたのですから。」

「アイツはそんな事、毛ほど思っちゃいないぜ。ただ、最後には自己を優先する、それだけの野郎だ。人間、皆そんなもんだろ?」

「そうですね。」

「と、目的地だ。」

「ここは、北の遺跡?」

「そう、ギシリトールらが眠っていた、あの古代遺跡だ。」

二人はオベリスクから降り、遺跡へと進む。

「敵はいない。暗ければ“明かり”の魔法を使え。」

「ディザ殿は見えるのですか?」

「ああ、このアニムスの目のお陰でな。」

ルビーは明かりの魔法を唱え、足元を確認する。

「随分と、足跡が多く残っていますね。」

「まだ、調査隊の件から時間は経っていないからな。おい、ここだ。」

「酷い惨状。ディザ殿もここで戦われたので?」

「いや、ここに到達した時点で意識朦朧さ。そこの巨人を倒したのはフレイとライル。生身でも十分バケモノクラスだよ、あの二人は。さあ、扉の奥だ。」

ディザは以前アニムスが座っていた棺の奥へと進む。

「主の帰還だ。姿を現せ、“アルマダ”!」

「え、何ですか、これは・・・方舟?」

「アニムスの言葉で言う戦艦、というものだ。着いて来い。」

ルビーは、ディザに手を掴まれ、そのまま艦橋へと昇っていく。

「オベリスクがここにも?」

「こっちは正真正銘の主戦級。オベリスク単体の強さで考えれば、フレイやライル達のオベリスクの強さを遥かに凌ぐ。だが、オベリスクは、搭乗者の魔力がそのまま戦闘力に反映される。勝つか負けるかは、お前の能力次第。」

ルビーは魅かれるように、一体の赤いオベリスクへと向かう。

「お前か、私を呼んだのは。」

「良い機体に認められたじゃねぇか、ルビー。そいつの耐火性能ならフレイの火炎魔法にも十分抵抗できる。そして、こいつの主武器“ライフスティーラー”『ネメシス』があれば、相手の生命力を使って戦局の維持もできる。前線で戦いたいお前に丁度いいじゃねぇか?」

「お前の名は・・・『ピジョンブラッド』。私の名はルビー。今日からお前の主だ。」

ピジョンブラッドが腰を落とすと胸の搭乗口が開き、ルビーを招き入れる。

「ディザ、ここから出るには、この鉄の壁を破壊すれば良いのか?」

「バカ、そこは開閉式なんだよ。今、上の射出口を開けさせるから、そこでじっとしてろ。」

「そうか、これが『手に入れる事』なんだな・・・。」

「フン。」

こうしてルビーは新たなオベリスク『ピジョンブラッド』を手に入れた。ギシリトールと二体、踊るように空を飛びながら、トリスタンの居城へと帰還するのであった。


再び、クロード達へと時は戻る。ライル達のオベリスクは一旦、アニマが預かる事で彼らの承諾を得る。

「しかし、あの質量を一瞬で転送するとは。」

「彼女が使うのは魔法とは違うからね。」

「どう違うというのです。」

「うーん、ボク達の使う魔法は、自分自身の引き出しから使うもので大小の差はあれ入る量には限界値がある。でも彼女の場合、星の生命というとんでもない大きさの引き出しにある力を使っているから、そもそも比較の対象にならない、というね。」

「クロード君、そろそろ、君の言うエグソン邸に到着するが、我々の件についてどう説明するつもりか?」

「一番の問題は、アテにしていたガリウス大将軍がクーデター起こして皇帝位を簒奪した件なんですよね。帝国で一番良識ある人物だと聞いていたので。」

「それは俺も同じだ。だからこそ、俺は帝国を捨てざるを得なかった。」

「現皇帝の義娘さん、でしたか。」

「もう一つの不安要素は、帝国からの亡命者にはガリウス派が大多数を占めている点だ。彼らがガリウス決起の事実を知れば、母国への帰還の為に王国に弓引く者も現れかねない。」

「頭が重い話ばかりだ。まずは、ボクの仲間たちと話してみましょう。彼らなら何らかの糸口を見つける事が出来るかも。」

クロードが、エグソン邸に入ると、キャサリンを始めとしたイズ達一行、そして軍閥貴族と思える元帝国民の姿があった。

「ごめん、皆。色々あって遅くなった。」

「まずは無事で何よりだぜ、兄弟!・・・その後ろの帝国民は捕虜、では無いよな?」

「ああ、帝国からの亡命者二名だ。」

『亡命?!』

クロードの言葉に、部屋の一同は思わず声を上げる。

「お、オルトロス特務中佐、それにユーリカ特務中佐まで。一体、帝国で何が起きたのです?」

「アークライト大尉?!俺は君が戦死した、とガラーガから聞かされていたぞ。」

「ええ、部下と共に亡命しました。貴方と違い、私の部隊はさほど強くはありませんでしたからね。総意の上での大脱走ですよ。」

「アーサー殿、お知り合いの方でして?」

キャサリンがアーサーと呼んだアークライト大尉に声をかけると、大きく頷き二人を紹介する。

「彼ら二名は、皇帝ガラーガの肝いりで創設された特務軍学校出身で怪物退治のエリート、

ライル=オルトロス特務中佐、並びにステビア=ユーリカ特務中佐であります。」

「その階級は既に捨てた。以前のライルで構わないよ、アーサー。」

「なら、改めて聞かせてもらおうじゃないか。帝国に何があった?」

ライルはその言葉を受け、クロードの方を見る。クロードは頷き、ライルに話の続きを促す。

「ガリウス大将軍が軍事クーデターを起こし、皇帝位を簒奪した。俺はガリウスのやり方に納得できず、身を隠すため、オベリスクを使い王国に亡命した。」

「どういう事だ?お前がガリウス大将軍にとって一番の懐刀じゃ無かったのか?」

「あの男は・・・フレイを・・・最後まで政争の道具に扱うつもりでいた。俺は彼女を連れて亡命するはずだった。でも、彼女は俺の手を振り払って・・・フレイをこの馬鹿げた政争から取り返す、その為に俺は帝国を捨てた。」

悔しさを絞り出すように、ライルは誰に語るでもなく、言葉を吐き出す。

「・・・随分と情けないセリフを吐くようになったなぁ、ライルよ。親父さんが生きていた時の、あの尖ったライルはどこへ行った?」

「何だと?」

「あのフレイってガキ一人の為にステビアまで巻き込んで亡命か?ガリウス殿の教えはそんな甘い教えだったか考えてみろ。ガリウス殿にとって今一番必要なのはお前だろうが!」

「お前はガリウス派だったな。なら今ここで裏切り者の俺を斬るか?」

熱くなる男二人の間に割って入ったのは、当主のキャサリンであった。

「この館を血で汚す事は当主である私が許しません。少しは頭をお冷やしなさい。」

「面目ありません、お嬢様。」

「とんだ無礼をお許しください、キャサリン嬢。」

その様を見て、イズはクロードに呟く。

「すげぇ、あの軍人二人を一言で黙らせたよ。」

「いや、お前もよくやる手だろう?」

「ところでさ、さっきのライルって男の話が事実ならさ。」

「うん?」

「オレの計画、ご破算なんだけど。」

「うん・・・。」

「明日までに、何かいい案考えておいてくれ、クロード。」

「ゴメン、それムリ。」

クロードとイズは、柱にもたれ掛かり、そのまま座り込む。

帝国、王国を担う若者達の宴会は、深夜まで熱い討論を交わすのであった。


再び、帝国トリスタンの居城。

ギシリトールとピジョンブラッド、2機のオベリスクは、4機のザッカリンが待機するテラスへと着陸する。

「ディザ殿、戻られましたか。それと・・・ルビー?」

「ああ、目的のブツは見つけた。トリスタンは?」

「今でしたら、皇都にいらっしゃっております。」

「皇都だぁ?アイツのオベリスクでフレイのラフィーノースに勝てるのかよ。」

「ディザ殿にも動かぬよう、とのご命令です。」

「ヤツの力は絶対に失う訳にはいかねぇ・・・どうする?」

「良いではないですか、ディザ。」

「・・・誰だ、お前。」

「ルビーです。ピジョンブラッドを操縦し、改めて貴方の技量の高さを知る事が出来ました。」

「そりゃ、よかったな。」

「まだまだ語り足りませんわ。居城の主君が居ぬ間、私の主君はディザ、貴方です。」

ルビーに腕を組まれ、ディザは成すがまま奥の間へと連れられて行った。

呆然と見送る4人組の一人、サファイアがエメラルドに問う。

「何があった?」

「私が知るか。」

そして皇都。宮殿に姿を見せたのは、護衛も無くただ一人で歩む軍装姿の男。

「と、トリスタン大将軍。」

「あら、まだ将軍と呼んでくれる子もいたのね。皇帝陛下にお目通りを願えるかしら。」

宮殿内、謁見の間。玉座の横には、近衛隊長の軍服に身を包んだフレイの姿があった。

「馬子にも衣裳、ってところかしらね。」

だがフレイはトリスタンの皮肉には応じず、ただ直立して皇帝の着座を待つのみであった。

やがて、呼出しの号令と共に、皇帝位を示す紫のマントを羽織ったガリウスが姿を見せる。

「陛下の前である、拝礼を。」

近衛兵がトリスタンに拝礼を命じるが、トリスタンは応じず直立したままガリウスを見据える。

「よい、私が許す。」

先にガリウスが玉座に座る。

「どんな気分かしらね。皇帝の玉座に座る気分って。」

「私の目的は玉座では無い。」

「そう?でもライルを失った今、貴方にどれだけの力があるのかしら。」

「要件は何だ。」

「アニムスの力は私たちの手で有効に活用させてもらうわ。だから、もう一つ我儘を言わせて頂戴。」

「貴様、ソウルスティーラーを使ったか!」

「何を今更。ガラーガを処刑した後にアナタも使うつもりだったでしょうに。それよりも今日ここに参上した要件は一つ。フレイのアカシックレコードをお渡しなさい。オベリスクを扱えないアナタにとって彼女は無用の長物だわ。」

「近衛兵、この不届き者を斬れ。」

ガリウスの指示が発せられるやいなや、近衛兵達がトリスタンに襲い掛かる。が、それよりも早くトリスタンの抜く大剣の斬撃が彼らを叩き伏せる。

「まだ衰えぬか、その太刀筋は。」

「有望な若者をまた失ってしまったわね。」

二人の会話に沿うかのように滑り込む一陣の影。二振りの紅蓮の刃がトリスタンを襲うも、トリスタンはその二つとも受け止め躱してみせる。

「二つとも躱した?!」

「やる気になってくれて嬉しいわ。じゃあ始めましょうか、フレイ。」

宮殿前に突如姿を見せる一体のオベリスク。トリスタンの乗機ジアゼパムだ。

「さあ、ラフィーノースにお乗りなさい、フレイ=ヴァルザック。」

トリスタンの挑発に応じ、フレイはラフィーノースの元へと走る。

「皇帝ガリウス、貴方はその玉座に座った以上、この混乱の始末を着ける義務があるわ。」

「義務、だと?」

「そう、このオベリスクという玩具で遊んだアタシ達の後始末。」

次の瞬間、ラフィーノースが上空からジアゼパムを襲う。

「随分と上達の早いこと。」

「ラフィーがいれば、大佐にだって負けない!」

ジアゼパムの武器は巨大な三叉槍(トライデント)。この距離間(リーチ)の不利をラフィーノースの加速で埋める事が可能となるか、が勝負の鍵となった。

ガリウスは宮殿のテラスへと上がり、二体の闘いを見つめる。

「フレイが加速力で押している。百戦錬磨の男とはいえ、老いは必ず訪れる。ヤツを倒せるぞ、フレイ。」

終わりの見えないトライデントの連撃、しかしその攻撃の間隙を遂にラフィーノースが捉える。

「もらったぁ!」

ラフィーノースの右手にある紅蓮の刃がジアゼパムの右上腕部を切り裂き、残る左の刃がジアゼパムの首元を焼き切らんとするも、ジアゼパムの左手がそれを阻止する。

「今ならヤツを倒せる。フレイ、我、汝の真名を解き放せし。」

ガリウスは、耳障りな音を喉の奥から吐き出すように“何か”を唱える。

「待ってたわよ、この時を。フレイ、貴女の感情、一度消させてもらうわ。『感情緩和(カーム エモーション)!』

トリスタンの呪文が発動すると、ラフィーノースの体勢は崩れ落ち、宮殿へ落下しそうになるもジアゼパムがそれを支える。

「やっと吐き出したわね。フレイのアカシックレコード。これで彼女はアタシの忠実な武器となったわ。」

「何故だ、何故あの時発動しなかったのだ。」

「彼女の強さの源泉は怒り。常に理不尽が付きまとう戦場で、この子はその怒りを力に変えて戦ってきた。だから、彼女が一番感情を爆発させる瞬間を作ってあげた。アタシが彼女の感情をほぼゼロにした事で彼女は気絶、アナタのレコードによる命令が届かなかった訳。」

「最初から・・・計算ずくだったのか。」

「じゃあ、彼女は頂いていくわ。その宮殿の玉座で、伝令の急報を楽しみにでもしていなさい。」

ラフィーノースを連れたまま、トリスタンは悠然と居城へと飛び去っていく。宮殿前に刺さった、ジアゼパムの右腕だけが、その戦闘の跡をまざまざと残していた。


今日はここまで。また会える日を楽しみにしているわ。

私の名は≪アンノウン≫。誰も知らない物語を語る、語り部よ。

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